side Daichi - 21
6月に入ったからって、すぐに雨の毎日になるわけじゃねーし。
雨が降ったって、オレの気持ちまで暗くなるもんでもねー。
むしろ、今週のオレは、かなり調子がいい。
それは、仕事に一番よく現れている。と思う。
重役プレゼンの件で、鈴木さんは新人と同等のオレにも全然容赦なんてしてくれねーけど、いろいろと注意やら指摘やらされるたびに、ますます鈴木さんを尊敬する気持ちが強くなる。
すごく、やりがいを感じる。
この1週間、重役プレゼンのために、鈴木さんと永野とで全力を尽くした。
随分と完成度が高くなってきたと思う。それはそのまま、プレゼンへ臨むための自信に繋がった。
こんなに順調なのは、やっぱり、永野に鈴木さんのことをハッキリと聞いたからかもしんねーな。
自分のしたことに後悔はしてないけど、あの後、家に帰り着いてから、オレは急に焦燥感に襲われた。
次に永野に会うとき、オレ、どんな顔すりゃいーんだよ?
あのときの永野は、すごく、不思議そうな顔をしてた。
だから、多分、気づいて、ない。はず。だ――よな?
そうは思っても、土日は2日とも、正直言って全然心休まるどころじゃなかった。
月曜日の朝は、周りに聞こえるんじゃねーかってほど心臓がバクバクしてた。
なのに。
「おはよー」
永野の声がした。本当に、いつもと同じ言い方で。
なんっつーアッサリ。
すぐにオレは、永野がオレのしでかしたアノコトに気づいてないって確信できた。
「おぅ」
オレは何食わぬ顔で返事する。
いつもと変わらないオレたちの関係に安心した。
未だ普通に、永野の隣にいられる。
片想いして5年。一緒に過ごして4年。
全然変わりばえしねーオレたち。
それが、永野の「おはよー」に凝縮されてる気がして、オレは寂しさを感じた。
そろそろ、何か変わりたい。変えたい。
重役プレゼンが終わって、鈴木さんの披露宴を終わらせて、そしたら。
オレは密かに、一つの決心をした。
週末の日曜日。オレは正紀と渋谷に出てきていた。
たいした用があるわけじゃねーんだけど。たまにはワカモノらしく、な。
コーヒーショップに入ってオレと正紀は向い合せに座った。ローテーブルとソファが用意されている席だ。
「――で、どうだったの? こないだの週末は」
正紀が何の前触れもなく、突然話を振ってきた。
「ん?」
「行ったんだろ? 永野さんと。僕の教えた店」
確かに、オレは正紀に永野と一緒に行った店を教えてもらった。
でも、オレは「いつ行く」とか「誰と行く」とか、一言も言った覚えはねーんだけど。
そういや、金曜日の朝、コイツにがんばれって言われた気がする。そのときは、夜のことで頭がいっぱいで特に疑問にも思わなかったけど……。よくよく考えてみりゃ、なんでコイツが知ってんだよ?
やっぱりコイツ、侮れねー。
「あぁ、行った」
オレは正紀の様子を窺いながら、事実だけを言った。
正紀がにっこりする。ソファに深く座って、すっげぇ余裕のあるように見える。
実際、オレは正紀が焦っていたり怒っていたりする姿を見たことがない。コイツの神経、どーなんてんだ?
「そっか。あの店、安い割りには美味しかったろ?」
正紀が当たり障りのない質問をする。
確かに旨かった。でも安いかどうかは……オレにはわかんねーんだよ。永野のヤツが払っちまったから。
「ん? あぁ」
オレは自然に言ったつもりだったのに、正紀は何か引っかかるものを感じ取ったらしい。答えが曖昧すぎたか? 正紀がオレに問うた。
「――何かあった?」
その言葉に触発されて、またあの日のことがオレの頭をフラッシュバックする。
永野の笑顔、澄んだ瞳、不思議そうにオレを見上げたあの表情……。
そして最後に、オレの唇が感じた柔らかい素肌を思い出すのと同時に、全身が熱くなる。
この一週間ずっと、この現象がふとした瞬間にループする。オレを悩まし続けやがる。
ったく。ウェルテルかよ、オレは。
「浅倉のことだから、まさか、送り狼になったりはしてないだろうけどね」
おどけて付け加えられた正紀のことばに、オレは口の中にあったコーヒーを吹き出だしかけた。
「浅倉? まさか……」
正紀が確認するようにオレを覗く。
オレに何と言えと?
襲ったワケじゃねー(と思う)。そんな永野に嫌われるようなこと、オレがわざわざするわけねーだろ?
「――何もしてねぇよ」
ただ、おでこにキスしただけだ。それに、あれは不可抗力だ。永野が、あんなかわいい顔するのが悪い。
だいたい、永野自身が自分のされたことに気づいてねーし? いや、それも寂しいんだけど。
「そう?」
そんな咎めるような目でオレを見るな。
正紀がため息をついた。
「なんだ、残念」
は? 残念?
「どーいう意味だよ?」
「これを機に、浅倉と永野さんがいい感じになるんじゃないかなって、ちょっと期待してたんだけどな」
正紀め。オレの気持ちを知ってて、そーいうコト言うか。まさか、面白がってんじゃねーんだろうな?
「正紀、お前なぁ……。無責任にそんなコト言うんじゃねーよ」
「無責任とはひどい言い方だなぁ」
正紀が苦笑する。オレにはその表情までが余裕に見えて、全っ然面白くねー。
「無責任じゃねーんなら、何なんだよ」
オレは軽く正紀を睨みつつ、コーヒーを飲んだ。
ダメだ。正紀のヤツ、オレが睨んだ所で何とも思っちゃいねー。軽く受け流されちまってる。その証拠に、正紀は相変わらず微笑みを絶やさない。
まったく。どこからそんな余裕が生まれてくるんだよ、コイツは。
一喜一憂してるオレがバカみてーじゃん。




