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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第5章 - 6/07
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side Daichi - 21

6月に入ったからって、すぐに雨の毎日になるわけじゃねーし。

雨が降ったって、オレの気持ちまで暗くなるもんでもねー。

むしろ、今週のオレは、かなり調子がいい。


それは、仕事に一番よく現れている。と思う。

重役プレゼンの件で、鈴木さんは新人と同等のオレにも全然容赦なんてしてくれねーけど、いろいろと注意やら指摘やらされるたびに、ますます鈴木さんを尊敬する気持ちが強くなる。

すごく、やりがいを感じる。

この1週間、重役プレゼンのために、鈴木さんと永野とで全力を尽くした。

随分と完成度が高くなってきたと思う。それはそのまま、プレゼンへ臨むための自信に繋がった。

こんなに順調なのは、やっぱり、永野に鈴木さんのことをハッキリと聞いたからかもしんねーな。


自分のしたことに後悔はしてないけど、あの後、家に帰り着いてから、オレは急に焦燥感に襲われた。

次に永野に会うとき、オレ、どんな顔すりゃいーんだよ?

あのときの永野は、すごく、不思議そうな顔をしてた。

だから、多分、気づいて、ない。はず。だ――よな?

そうは思っても、土日は2日とも、正直言って全然心休まるどころじゃなかった。

月曜日の朝は、周りに聞こえるんじゃねーかってほど心臓がバクバクしてた。

なのに。

「おはよー」

永野の声がした。本当に、いつもと同じ言い方で。

なんっつーアッサリ。

すぐにオレは、永野がオレのしでかしたアノコトに気づいてないって確信できた。

「おぅ」

オレは何食わぬ顔で返事する。


いつもと変わらないオレたちの関係に安心した。

未だ普通に、永野の隣にいられる。

片想いして5年。一緒に過ごして4年。

全然変わりばえしねーオレたち。

それが、永野の「おはよー」に凝縮されてる気がして、オレは寂しさを感じた。


そろそろ、何か変わりたい。変えたい。

重役プレゼンが終わって、鈴木さんの披露宴を終わらせて、そしたら。


オレは密かに、一つの決心をした。



週末の日曜日。オレは正紀と渋谷に出てきていた。

たいした用があるわけじゃねーんだけど。たまにはワカモノらしく、な。

コーヒーショップに入ってオレと正紀は向い合せに座った。ローテーブルとソファが用意されている席だ。

「――で、どうだったの? こないだの週末は」

正紀が何の前触れもなく、突然話を振ってきた。

「ん?」

「行ったんだろ? 永野さんと。僕の教えた店」

確かに、オレは正紀に永野と一緒に行った店を教えてもらった。

でも、オレは「いつ行く」とか「誰と行く」とか、一言も言った覚えはねーんだけど。

そういや、金曜日の朝、コイツにがんばれって言われた気がする。そのときは、夜のことで頭がいっぱいで特に疑問にも思わなかったけど……。よくよく考えてみりゃ、なんでコイツが知ってんだよ?

やっぱりコイツ、侮れねー。

「あぁ、行った」

オレは正紀の様子を窺いながら、事実だけを言った。

正紀がにっこりする。ソファに深く座って、すっげぇ余裕のあるように見える。

実際、オレは正紀が焦っていたり怒っていたりする姿を見たことがない。コイツの神経、どーなんてんだ?

「そっか。あの店、安い割りには美味しかったろ?」

正紀が当たり障りのない質問をする。

確かに旨かった。でも安いかどうかは……オレにはわかんねーんだよ。永野のヤツが払っちまったから。

「ん? あぁ」

オレは自然に言ったつもりだったのに、正紀は何か引っかかるものを感じ取ったらしい。答えが曖昧すぎたか? 正紀がオレに問うた。

「――何かあった?」


その言葉に触発されて、またあの日のことがオレの頭をフラッシュバックする。

永野の笑顔、澄んだ瞳、不思議そうにオレを見上げたあの表情……。

そして最後に、オレの唇が感じた柔らかい素肌を思い出すのと同時に、全身が熱くなる。

この一週間ずっと、この現象がふとした瞬間にループする。オレを悩まし続けやがる。

ったく。ウェルテルかよ、オレは。


「浅倉のことだから、まさか、送り狼になったりはしてないだろうけどね」

おどけて付け加えられた正紀のことばに、オレは口の中にあったコーヒーを吹き出だしかけた。

「浅倉? まさか……」

正紀が確認するようにオレを覗く。

オレに何と言えと?

襲ったワケじゃねー(と思う)。そんな永野に嫌われるようなこと、オレがわざわざするわけねーだろ?

「――何もしてねぇよ」

ただ、おでこにキスしただけだ。それに、あれは不可抗力だ。永野が、あんなかわいい顔するのが悪い。

だいたい、永野自身が自分のされたことに気づいてねーし? いや、それも寂しいんだけど。

「そう?」

そんな咎めるような目でオレを見るな。

正紀がため息をついた。

「なんだ、残念」

は? 残念?

「どーいう意味だよ?」

「これを機に、浅倉と永野さんがいい感じになるんじゃないかなって、ちょっと期待してたんだけどな」

正紀め。オレの気持ちを知ってて、そーいうコト言うか。まさか、面白がってんじゃねーんだろうな?

「正紀、お前なぁ……。無責任にそんなコト言うんじゃねーよ」

「無責任とはひどい言い方だなぁ」

正紀が苦笑する。オレにはその表情までが余裕に見えて、全っ然面白くねー。

「無責任じゃねーんなら、何なんだよ」

オレは軽く正紀を睨みつつ、コーヒーを飲んだ。

ダメだ。正紀のヤツ、オレが睨んだ所で何とも思っちゃいねー。軽く受け流されちまってる。その証拠に、正紀は相変わらず微笑みを絶やさない。

まったく。どこからそんな余裕が生まれてくるんだよ、コイツは。

一喜一憂してるオレがバカみてーじゃん。

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