side Daichi - 20
オレの予想は的中して、電車はかなり混んでいた。
都心からちょっと遠いところに住んでるヤツらにとっちゃ、この時間帯が終電だからな。
電車に乗り込むと、オレは永野をドアの脇の壁際に立たせた。
オレはそれに向かい合わせで立ち、ドアと壁の境目にあるスタンションポールを握った。
こうすれば、永野が他の人に潰されたりしないからな。
それにしても。
結構な至近距離。しかもオレ、酔ってる。
永野は、知ってか知らずか――いや、コイツのことだから絶対にわかってねーけど――さっきから上目遣いでオレのこと見てくるし。
それ、かなりキツイんですけど。
残った理性を総動員して耐えてるオレ、自分でもすげぇと思う。周りの人の目がなかったら、何をしでかすかわかったもんじゃねー。
永野が降りる駅に着くと、幸いにもオレたちがいる側のドアが開いた。
「じゃあ、おやすみ」
永野がそう言って電車を降りる。オレもその後に続いてホームに降りた。
オレの背中の後ろで、電車の扉が閉まった。
永野の表情が「え?」っつってる。ホント、わかりやすいなー、コイツ。
「ちょっ、浅倉!?」
永野の焦っているのがよくわかる。
「家まで送るっつったろ?」
オレは笑顔で言い、永野の背中を押して階段へ向かった。
「そんなのよかったのに。私の家、すぐそこだよ?」
押されるがままに歩きながらも、永野が反論する。
「そうは言ってももう夜遅いからな」
「だからって、なんで?」
なんでって……この状況で、普通聞くか? だいたい、もうすぐ1時だぞ?
「オレ、一応男だし。女が一人で歩くよか、安心だろ?」
あ、今はオレに送られる方が安心じゃないかもしれねーけど。まぁ、敢えてそれは言わなくていいか。
「そうじゃなくてっ!」
「『まぁいいじゃん。気にしない気にしない』」
未だ永野が何か言いたそうだったから、オレはさっきの永野の口真似をしてやった。
案の定、面白くなさそうな顔してやがる。ホント、わかりやすいのな。
他愛もないことを話しながら、永野と一緒に歩いた。
酔った身体に、夜風が気持ちいい。
時間も遅いから、そんなに大きな声じゃ話せねーけど、なんだかそんなどーでもいいことまで楽しい。
ずっと気になってたんだ、鈴木さんのこと。
オレの中で、ずっと重く圧し掛かってた。
でも、永野が鈴木さんのことを好きじゃないって断言した。
今はこうやってただの同僚として隣にいるけど、つまり、オレにもそれ以上になれる望みが出てきたってことだ。
10分ほどして、永野があるマンションの前で立ち止る。
「ここか?」
確かに駅から近い。オレはそのマンションを見上げた。結構いいトコに住んでるみてーだ。
「うん。ここの、303号室」
「へぇ。いいとこじゃん」
「送ってくれてありがと」
「いーえ。結局奢られちまったしな。せめてこれくらいはしねーと」
「奢るのは約束だったでしょ?」
「オレは奢られるつもりなかったんだよ。『奢れ』とは言ってねーだろ?」
「そーだっけ?」
「そーなの!」
「……」
「……」
なんとなく、会話が止まった。
このまま帰るべきなんだろうけど、なんとなく、足が動かない。
いや、違うよな。動きたくねーんだよな。
永野の隣が、心地よくて。永野の隣にいたくて。
「――電車、なくなっちゃうよ?」
永野が言った。
「あぁ、そうだな」
「駅まで、戻れる?」
「あぁ」
そう返事をしたときオレはふと気付いた。永野の左目の下のところに、ゴミ付いてら。
「あ、永野? ――ゴミついてる」
「ん?」
オレは手を伸ばして永野の顔に触れる。永野が目を瞑った。
化粧も何も施していない、素肌の頬。すごく、柔らかい。
一瞬、理性が飛んだ。
気がついたとき、オレは。
永野の額に一つ、唇を落としていた。
オレが頬から手を離すと、永野がゆっくりと目を開き、不思議そうな表情でオレの方を見た。
「それじゃ、おやすみ」
オレはとっさにそう言い、永野に背を向けた。
「あ、うん。おやすみ……」
背中越しに永野の声が聞こえた。
オレは逃げるように足早に来た道を歩き出した。――振り返れなかった。
多分、人生でこんなに早歩きしたことないってくらいのスピードで歩き続けた。
そして、角を曲がったところで今度はピタリと足が止まる。
オレ、今、何した!?
ふっとその瞬間を思い出し左手で口元を覆う。そのままオレは、力尽きたようにその場にしゃがみ込んだ。
あ、あぶねー!
なにしてんだ、オレ。
別れ際の、永野の表情が思い出された。
オレの事を見上げる澄んだ瞳。
一瞬で頬が熱くなる。っつーか、身体中が熱い。
オレは頭を抱えた。そうしてないと、気持ちが溢れちまいそうだった。
永野の隣にいたい。
永野と一緒に笑っていたい。
永野をずっと守っていきたい。
もう充分知ってたけど、改めて再自覚する。
――オレは、永野が好きだ。




