side Daichi - 19
「ごめん、何の話?」
コイツ、本当にわかってねぇ……。
「何の話って……。お前、鈴木さんのこと、さ。その…す……」
ダメだ、言えねー。
永野が不思議そうな顔でオレを見る。
オレは目を合わせていられなくなって、自分の手元に視線を移した。
言え、オレ。
今聞けなかったら、きっと後悔する。
「す、好き…なんじゃ……ないのか?」
……。
オレは、静かに待った。どんな返事でも受け入れるつもりで。
――永野からの返事はない。
「違うのか?」
オレはもう一度聞いた。そっと永野を窺うと、呆けた顔でオレを繁々と眺めていた。
そして。
「えっと、ちょっと待った。何がどーなったら、そーなるの?」
ようやく永野の口から出て来た言葉がコレだ。
オレ、相当勇気出して聞いたんだけど。
「いや、別に、なんとなく……」
オレは再び永野から目を逸らす。
本当は『なんとなく』なんかじゃねーよ。
いつもお前を見てるからだよ。だから、お前が鈴木さんを目で追ってるのが嫌でも目に入んだよ。
永野がため息をつくのが聞こえた。
「違うよ。確かに、鈴木さんのこと、カッコイイと思うよ? 仕事もできて、優しくて、みんなに頼られて。憧れてるって言うのかなぁ? だけど、それだけ」
オレは永野を見た。永野はあっけらかんとしている。本気らしい。
「第一、鈴木さんには豊田さんがいるじゃん。あの2人はセットがいいの。豊田さんに惚れ切ってる鈴木さんがいいの」
「あっそ。……そう言うもん?」
「そーいうもんなの」
永野はそう断言すると、再び柚子水に口を付けた。
――オレの勇気を返せ。
でも。嬉しい。
オレは、にやけそうな顔をなんとか抑えつつ、話題を別に移した。
永野といるのが楽しくて、オレはときどき腕時計に目をやりつつも、時間のことを口に出せずにいた。
また時計を見る。12時前。さすがに、やばいよな。
永野を見ると、テーブルに肘を乗せ、頬杖をついてちょうどオレの方を見ていた。
あ、やべぇ。かわいい。
オレは慌てて目を逸らせた。
アルコールには強い方だけど、一応オレも酔ってるからな……。これ以上一緒にいると、オレ自身が何をするかわかんねー。
「そろそろ帰るか?」
オレの言葉に、永野が自分の腕時計を見てちょっと驚いた顔をした。全然時間を考えてなかったらしい。
「そうだね」
永野が身体を起こした。
「――すまん、ちょっと、行ってくる」
店を出る前に、オレはちょっと用を足しに席を立たせてもらうことにした。
今夜中に何回か行っていたから、場所はもう覚えていた。
店の中は、随分客が減っていた。それでも未だ3割くらいは席が埋まってそうだ。
繁盛してるんだな、この店。
料理の味も良かったし、酒の品揃えもオレ好みだったし。また来れたらいいと思う。
永野を待たせるわけにもいかないから、オレはすぐに済ませて席に戻った。
ちょうど永野が帰り支度を終えたところだったらしい。
「お待たせ。じゃあ、行くか」
「うん」
永野は開いていたバッグを閉じると立ち上がった。
オレは先に会計を済ませちまおうと思って、レジへと向かう。
財布を取り出してレジにいた店員に話しかけようとすると、背中をポンと叩かれた。
「浅倉、もう終わってるよ」
永野はそう言って店の出口へ向かう。
「は?」
オレは意味が分からずにその場で固まった。
レジの店員が申し訳なさそうに、小声でオレに告げる。
「あの、先ほど、あちらのお客様がお会計を済まされまして……」
はぁ?!
何勝手に支払いとかしてんだよ、永野のヤツ!!
っつーか、気を使わせないように相手がいない間に支払うとか、ベタな方法してんじゃねーよ。
そういうのって、普通、男がするもんだろ? とことん男前なヤツだなお前は!!
オレは店員に例を言うと、急いで永野の後を追った。永野は既に店を出ている。
店を出ると開口一番にオレは永野に詰め寄った。
「お前なぁ、勝手に支払とかしてんじゃねーよ」
「だって、奢るって約束だったじゃん」
たいして気にしている様子もなく、永野が平然と言う。
「だからってなぁ」オレはため息をつく以外にない。「いくらだった?」
「まぁいいじゃん。気にしない気にしない」
永野は笑顔でオレの肩をポンポンと叩くと、駅の方向へ歩き始めた。
お前はバカか!? 気にするわ!
好きな女に奢れられる男ってどうよ?
はぁ……。
顔を上げると、永野の背中が見えた。振り返りもせず、一人でのんびりと歩いて行く。その距離が広がっていくのが嫌で、オレは走って追いかけた。
追いつきざま、オレは永野の肩に腕を回す。
「じゃあ、せめて家まで送らせろ」
「そんなのいいって……」
永野が少し眉根を寄せた。そんな顔するなよ。
「また即断かよ。お前なぁ、ちょっとは学習しろって」
オレはそう言うと、組んでいた肩を外した。
やばい、やばい。オレ、ちょっと酔ってるな。いきなり肩組んだりして。
気づかれないように、隣を歩く永野を窺う。
よかった、特に機嫌を損ねたとかはないらしい。
永野がそれ以上何も言わなかったから、オレは勝手に永野を家まで送ることに決めた。
下心とかじゃなくて、ただ単に、深夜に永野を1人で歩かせるのが、すっげぇ嫌なだけだ。
週末だし、電車だって混んでるだろうし。




