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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第4章 - 5/29
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side Daichi - 17

金曜日の夕方。オレは永野と街を歩いていた。


昨夜、半分以上意地になって、紙面の資料を完成させたオレは、今朝すごく軽い気持ちで出勤した。

これで何の後ろめたさもなく、永野と食事に行ける。

足に羽が生えたみたいな気分で歩いていたら、たまたま会社の門の前で会った正紀に笑われた。

「その分だと完成したんだね。今夜がんばって」

――って、よけーなお世話だっつーの。


出社直後、今度は鈴木さんに呼ばれた。

直感的にプレゼンの件だと悟る。その予想は間違ってなかった。

永野とオレと鈴木さん。資料の出来についてのフィードバックを鈴木さんがしてくれた。

オレの仕事は、鈴木さんの期待に応えられていたらしい。

そしてその後、鈴木さんがとんでもないことを言い出した。

「浅倉、お前、一緒にプレゼンやってみる気ないか?」

「オレが?」

「何事も経験だぞ」

「浅倉、せっかくだしやってみたら?」

永野の後押しがオレの中での決め手になった。

でも、後から気づいたんだが、プレゼンって、重役プレゼンだよな?

オレ、大丈夫か?


でも。

そんな不安が針の先程の大きさに思えるほど、今のオレは浮かれまくっている。

なんたって、永野がオレの隣を歩きながら楽しそうに笑ってるし。

傍から見たら、もしかしてオレたち、付き合ってるように見えるんじゃね?


正紀に教えてもらった店に着いた。

店の中は既に賑わっていて、空席が見当たらない。

正紀のアドバイスもあってあらかじめ予約しておいたから、名前を告げるとすぐに席へ通してくれた。

店内は各テーブルを背の低い壁と暖簾で囲まれていて、個室風にしてある。

さすがに声まで遮ることはできないが、それでも十分だ。

オレと永野は、4人がけのテーブル席に向かい合って座った。

「実はオレもこの店初めてなんだよね」

早速出されたおしぼりで手を拭きながら言う。

「そうなの?」

「あぁ。ちょっと前に正紀に教えてもらった。料理も酒も豊富で旨い店があるって聞いてて、一度来たいと思ってたんだよな」

「あー……確かに、この店は1人じゃ入りづらいかもね」

永野がぐるりと個室内を見回しながら言う。

確かに、一人で個室に入って酒と飯をいただくとなると、居心地が悪そうだ。

「うるせー」

やって来た店員に生ビールを頼む。永野はウーロン茶を頼んだ。

2人で一つのメニューを見ながら、飲み物を待つ。

本当に料理のメニューが豊富で驚いた。

それに酒の種類も豊富だ。日本酒と焼酎。オレは日本酒派だからありがたい。

ある程度頼む料理を決めた頃、店員が飲み物を持ってきてくれた。

受け取った後、料理の注文もしてしまう。

店員の姿が、暖簾の向こうへ消えた。

オレはジョッキを持ち上げ、永野の方を見る。

永野もウーロン茶の入ったジョッキを持ち上げた。

「「かんぱーい」」

お互いのジョッキを打ちつけると、オレはすぐさまビールに口を付けた。

旨い。

そのままジョッキの半分を飲み干してしまう。

ジョッキを口から離したとき、永野がオレを、苦笑のような、面白いものを見るような表情で眺めていることに気づいた。

「何?」

オレは聞いてみた。

他人が飲んでる姿なんて、見てて楽しいもんでもねーと思うんだけど。

「ううん、なんでもない。すごいなぁって思って」

永野は感心したように言った。

あ、そうか。永野って全然飲めねーから、この旨さがわかんねーんだな。

「オレは味覚がオトナだからな」

「うるさいなぁ。そういうのじゃないもん。私、アルコール全然ダメなの!」

ちょっと永野の頬が膨らむ。

そんな表情でさえ可愛いと思っちまうオレは相当イカレてるのかもしんねーな。

「失礼します。特製ぱりぱりサラダと出汁巻き卵になります」

暖簾がひらりと開いて、店員が両手に皿を持って現れた。

途端に、永野の顔が輝く。

コイツ、わかりやすい……。

テーブルの上に置かれたサラダと出汁巻き卵は、シンプルな見た目ながら美味しそうだ。

サラダは、色とりどりの野菜がふんだんに使われ、その上に揚げたスライスオニオンが振り掛けられている。出汁巻き卵は、一体卵いくつ分だ? と思うほど厚く大きく、キツネ色に焼き上がっていた。傍らにはたっぷりの大根おろしが添えられている。

「おぉ、美味そうじゃん」

「食べよ食べよ。私、お腹空いてるんだー」

永野がそう言いながら、慣れた手つきで2人分のサラダと卵を取り皿に取り分けた。その内の一方をオレの前に置く。

「サンキュー」と言ったオレの声は、永野の「いただきまーす」にかき消された。

永野は早速、箸を手に取り卵の上に醤油のかかった大根おろしを乗せている。

それを口に運ぶと、すごく幸せそうな表情をした。

はぁ。色気より食い気かよ。

本当に旨そうに食いやがる。

まぁいいけど。

オレはちょっとため息をつくと、永野と同じように箸を手に取った。

出汁巻き卵、確かに旨かった。

箸を入れると、表面に一瞬ふわっと出汁が出て、口の中でそれが広がる。

一人暮らしだし、普段は弁当とかファミレスで済ましちまってるからなぁ。

久しぶりにまともな夕飯かもしんねーや。

「こうやって、会社以外で2人で会うのって、久しぶりだね」

ふと、永野が言った。

「ん? あぁ、そうだな。どれくらいぶりだっけな?」

突然『2人で会うの』とか言い出すなよな。

ちょっとドキドキする。

「んーと、真由子に彼氏ができたときだから……一昨年の冬、かな」

あぁ、あの、クリスマス・イブの。

「じゃあ、あれから、もう1年半くらい経つのか?」

「そうなるね」

「早ぇもんだなー」

せっかくサンタクロースがくれたプレゼントを活かせないまま、もうそんなに経っちまったんか。

本当に、早い。

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