side Karen - 17
浅倉といるのは、楽しい。
何より、気を使わなくて済む。話すだけで笑っていられる。
一仕事終えたという満足感もあって、お互いに饒舌になる。
開発部の仕事も聞いたし、マーケティング企画部の仕事も話したし。
テニスのことに話が及ぶと、浅倉が私のショットが強すぎると言い出した。
「私、結構、筋肉あるんだよねー」
そう言いながら、私は目の前に腕を伸ばした。
今は七部袖のカットソーを着てるから、隠れてちゃってるけどね。
浅倉がおもむろに突き出した私の二の腕を掴んだ。
「細っせぇな。こんな細ぇのに、どこにあんな力があんだか」
「こないだ、電器屋さん行ったんだけどね。ほら、ああいうところって、健康グッズコーナーってあるじゃない。なんとなく、体脂肪率量ったんだよね」
「おぉ」
「そしたらね、体脂肪率、15パーセントだった」
「マジで? それって男性並みじゃね?」
「そうなの?」
「一般的な成人女性は、20~24パーセントだって聞くけどな。男で10~15パーセント」
「そーなんだ」
「まぁ確かに、柔らかくはねーな」
浅倉が、私の二の腕をむにむにと摘む。
「うるさいなぁ」
私は腕を引っ込めた。浅倉がそんな私を見てまた笑った。
「何よ?」
「いや、なんでもねーよ」
そう答える浅倉の手元にあるグラスは、もう少しで空になる。
もう何杯目だろう? 浅倉はアルコールに強いんだよね。ホント、羨ましい。
「浅倉、まだ飲むでしょ?」
「ん? おぉ」
私は暖簾から外に顔を出し、手を挙げて店員さんを呼んだ。
浅倉が飲み物専用のメニューを眺める。すぐに決まったらしく、私の方へメニューを開いた状態でよこした。
「お前も、何か飲む?」
浅倉の目は、私のウーロン茶のジョッキに向けられている。
私は1杯目のウーロン茶がようやく空になったところだ。ウーロン茶なんて、がばがば飲むものじゃないしね。
浅倉から渡されたメニューを見ると、ソフトドリンクのページが開かれていた。
アルコールの一切載っていないページ。
浅倉、私に、気、使ってくれたのかな。
また少し、浅倉の優しさに触れた気がした。
そう言えば。
今日のことを誘われたときも、確か、『夕飯』って言ってた。
『飲みに』じゃなかった。
何故か、飲んでもいないのに身体が火照る。同時に、暖かい気持ちに包まれた。
なんだろう、この感じ。
「永野は?」
浅倉に声をかけられてはっとする。
いつの間にか店員さんが来ていた。私の方を向いて、注文を待っている。
「あ、ごめん。じゃあ……この『柚子水』っていうの、お願いします」
店員さんが去って行く。
「お前、大丈夫か? 疲れてんじゃね?」
「ううん、そんなことないよ。だいじょーぶ」
体調が悪いわけじゃない。でも、なんか、熱い。それだけ。
「ならいいけど。お前、ただでさえ仕事が忙しそうだからな。いろんなヤツにいろんなこと頼まれてるだろ? オマケに、今度は鈴木さんの2次会受付まで」
「それは浅倉だって一緒じゃん」
「それは……」
暖簾が開いた。店員さんが顔を覗かせる。さっき頼んだ飲み物を持ってきてくれたんだ。
店員さんが、何か私の聞きなれない単語を言うと、浅倉が軽く手を挙げた。
大きな氷と透明なお酒の入ったガラスのコップが浅倉の目の前に置かれた。
あ、今のって、お酒の名前だったの?
飲めないから、私はお酒の名前にも詳しくない。
店員さんは、もう一つ、柚子水を私の前に置くと、また暖簾の向こうに姿を消した。
私は早速柚子水のグラスに口を付けた。
あ、美味しい。甘くなくて、爽やかで、後味がスッキリしてる。
「――お前さ、本当に、いいのか?」
突然、浅倉が私に問うた。
「何が?」
何の話? 何かよくないことあったっけ?
その質問じゃ、何の脈絡もないから、答えられないよ。
「いや、だから、鈴木さんのヤツ」
「え?」
そういう煮え切らない言い方されると、よくわかんないんだけど。
「2次会の受付。本当にやるのか?」
「は?」
やるに決まってるじゃない。浅倉ってば、何を言いたいの?
「だから、大丈夫なのかって」
だから、そんな抽象的な言い方じゃわかんないんだってば。
「ごめん、何の話?」
「何の話って……。お前、鈴木さんのこと、さ。その…す……」
「?」
す? 酢? まさかね。
「す、好き…なんじゃ……ないのか?」
――はい?
「違うのか?」
浅倉が重ねて聞く。その目はいつになく真剣なんだけど。
でも、あれ? もしかして、浅倉、ちょっと酔ってる?
心なしか、浅倉の顔が赤い気がする。
「えっと、ちょっと待った。何がどーなったら、そーなるの?」
しまった、質問返ししちゃった。
でもそれくらい、浅倉の質問は私の予想範疇をを超えていて。
「いや、別に、なんとなく……」
浅倉が目を逸らせた。何か聞かれたくないことでもあるわけ?
私はため息を付きながら、答えを考える。
「違うよ」とりあえず、否定しなきゃね。「確かに、鈴木さんのこと、カッコイイと思うよ? 仕事もできて、優しくて、みんなに頼られて。憧れてるって言うのかなぁ? だけど、それだけ。第一、鈴木さんには豊田さんがいるじゃん。あの2人はセットがいいの。豊田さんに惚れ切ってる鈴木さんがいいの」
「あっそ。……そう言うもん?」
あ、浅倉、呆れてる。
「そーいうもんなの」
私はまた柚子水を口に含んだ。




