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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第3章 - 5/28
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side Daichi - 16

「なんか張り切ってるなぁ。そうだ、どっか行きたい店ある? 私、飲めないし、お店も全然知らないよ?」

永野が飲めないのは知ってる。だから『夕飯』って言ったのに、やっぱり気づいてねーか。

「行ってみたい店ならある」

この前、正紀に教えてもらった店がある。

酒も料理もたくさんあって、しかも安くて美味いらしい。

そんな夢のような店、あるなんて信じられねーけど、正紀はそういうことで嘘をつくような性格じゃない。

「どこ?」

「秘密」

っつーか、オレも場所知らねぇや。正紀に聞いておかねーと。

「恐いなぁ。浅倉のことだから、平気で高い店を指定しそうだし」

「さぁ、どーだか。それよりも、お前こそ、明日中に終わらせろよ? オレが終わってもお前が終わらなかったら、オレが今頑張ってる意味ねーし」

「あ、その方法があったか。そうしたら、奢らなくて済むし♪」

「もしそーなったら、そんときは来週末に倍返ししてもらうから覚悟しとけよ?」

「それは嫌」

「じゃあ何が何でも終わらせるんだな」



「浅倉、どう?」

昼休みが終わってすぐ、永野がオレに声をかけてきた。

鈴木さんは未だ帰ってきてねーけど、ま、締め切り時間だからな。

オレはディスプレイから身体を離して、スライドショーの最終確認をしていた。

「んー……スライドショーの方はなんとか」

あーちくしょー。紙資料にまで手が回らなかった。悔しい。

永野がオレの後ろに立った。オレはそれを見上げる。

「見る?」

椅子から立とうとしたら永野が片手をちょっと上げた。そのままでいろってことらしい。その目はすっげぇ真剣だ。

「ちょっと離れて見た方が、全体のバランスがわかるから。初めからオートで再生してもらえる? あ、1枚3秒ね」

スーパー仕事モードの永野。有無を言わせぬ物言いでちょっと怖かったりする。

オレはプレゼンテーション・ソフトを操作し、オート再生を仕掛けた。

永野は腕を組み、真剣な眼差しでディスプレイを見つめている。


こんなときに不謹慎極まりないのはわかってるんだけど、オレはその永野の姿に見惚れた。

長い睫毛、スッと通った鼻、滑らかな肌。

見れば見るほど、永野は綺麗だと思う。

なんでそれを活かそうとしないのかが不思議だ。

まぁ、そのお陰で、永野が他の男どもに目を付けられていないというのも否めない。


スライドショーが終わったが、永野は何も言わない。

オレはだんだん不安になって来た。

「どう?」

「……5枚目のパターンB。折れ線グラフの線の太さをもうちょっと太く。今のままだと、スクリーンから遠い人が見えない。それと、11枚目の箇条書きだけ、文末に句点がなかったから入れておいて。そのくらいかな」

永野が自分の記憶を確認するように、ゆっくりと言う。

オレはすぐに永野に言われた箇所を確認し始めた。

本当だ、指摘された通りになってやがる。気を付けてたつもりだったんだけどな。

「すっげぇ。よくそんな細かいとこまで見てんなぁ」

「そりゃ、私は慣れてるもん。あ、それと、もう1つ」

「げっ、未だあんの?!」

これ以上言われると、へこむ……。

「8枚目だったかな? 5種類くらい比較表あったよね?」

「ああ」

オレはごくりと唾を飲み込んだ。

「あれ、わかりやすかった。製品の図面を入れてたでしょ? あんなの思いつかなかった。さすがだなぁって感心したよ」

あれ? 誉められた。

嬉しいくせにそれを正面に出すのもなんか恥ずかしくて、オレの口はついついこんなことを言ってしまう。

「――煽てても何も出ねーぞ?」

「浅倉って、普通に返すと怒るクセに、褒めると信じないんだね。本当にそう思っただけなんだけど」

そんな大真面目に言われると、マジで照れるからやめてくれ。

永野は組んでいた腕を解いて、ため息をついた。

「あーあ。浅倉だったらきっと、すぐに私なんかよりもいいもの作れるようになるんだろうなー」

「そんなことねーよ。今回のだって、前にお前の作ったファイルがなかったら絶望的だったし。それに、紙面の方までは結局手が回らなかったし」

「ここまでできれば十分。もともとスライドショーと紙面の2種類を作るには時間が足りないと思ってたし。紙面の方は今から作ればいいよ。

 鈴木さんのプレゼン予定日は再来週の木曜日だし。それに、鈴木さんが未だ帰って来てないから、どっちにしてもチェックしてもらえないし」

「そういや、鈴木さん遅いな。11時には帰るって言ってなかったっけ?」

オレと永野で、顔を見合わせる。

永野はすぐに鈴木さんの席へと視線を移した。

「鈴木さん、ホント遅いね。お昼も取ってないはずだし、大丈夫かなぁ? トラブってなきゃいいんだけど」

そう言う永野の表情が、どこか寂しそうで、すごく心配そうで、オレはいたたまれなくなる。

今後、オレが今の鈴木さんみたいに外出するようになったとき、オレが予定通りの時間に帰らなかったりしたら、永野は今みたいな表情をしてくれるんだろうか。

――そうなりたい、と思う。

「そうだな。まぁ、鈴木さんのことだから大丈夫だろ」

根拠は何もないけど、とりあえずオレはそう言った。

「冷たいなぁ」

「鈴木さんの仕事を信用してんだよ。お前もそうだろ?」

この言葉は、オレ自身を納得させるためな気もする。

「うん、まぁ……」

奥歯に物が挟まったような答えの永野。


そんなに、鈴木さんが心配なのか。

そんなに、お前は、鈴木さんのことが好きなのか。


「ただ今戻りました」

ちょうど、鈴木さんが帰って来た。

高田さんと万里さんが、「おかえりなさい」と声をかける。

鈴木さんはそれに笑顔で頷くと、すぐに課長と部長の席の方へ行ってしまった。

「ホラ、な? お前も早く自分の仕事に戻れよ」

「うん、そうだね。そうする」

一気に明るい表情になった永野は、頷いて、自分の席へと戻っていった。


オレの中に、重いしこりを残して。

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