side Daichi - 16
「なんか張り切ってるなぁ。そうだ、どっか行きたい店ある? 私、飲めないし、お店も全然知らないよ?」
永野が飲めないのは知ってる。だから『夕飯』って言ったのに、やっぱり気づいてねーか。
「行ってみたい店ならある」
この前、正紀に教えてもらった店がある。
酒も料理もたくさんあって、しかも安くて美味いらしい。
そんな夢のような店、あるなんて信じられねーけど、正紀はそういうことで嘘をつくような性格じゃない。
「どこ?」
「秘密」
っつーか、オレも場所知らねぇや。正紀に聞いておかねーと。
「恐いなぁ。浅倉のことだから、平気で高い店を指定しそうだし」
「さぁ、どーだか。それよりも、お前こそ、明日中に終わらせろよ? オレが終わってもお前が終わらなかったら、オレが今頑張ってる意味ねーし」
「あ、その方法があったか。そうしたら、奢らなくて済むし♪」
「もしそーなったら、そんときは来週末に倍返ししてもらうから覚悟しとけよ?」
「それは嫌」
「じゃあ何が何でも終わらせるんだな」
「浅倉、どう?」
昼休みが終わってすぐ、永野がオレに声をかけてきた。
鈴木さんは未だ帰ってきてねーけど、ま、締め切り時間だからな。
オレはディスプレイから身体を離して、スライドショーの最終確認をしていた。
「んー……スライドショーの方はなんとか」
あーちくしょー。紙資料にまで手が回らなかった。悔しい。
永野がオレの後ろに立った。オレはそれを見上げる。
「見る?」
椅子から立とうとしたら永野が片手をちょっと上げた。そのままでいろってことらしい。その目はすっげぇ真剣だ。
「ちょっと離れて見た方が、全体のバランスがわかるから。初めからオートで再生してもらえる? あ、1枚3秒ね」
スーパー仕事モードの永野。有無を言わせぬ物言いでちょっと怖かったりする。
オレはプレゼンテーション・ソフトを操作し、オート再生を仕掛けた。
永野は腕を組み、真剣な眼差しでディスプレイを見つめている。
こんなときに不謹慎極まりないのはわかってるんだけど、オレはその永野の姿に見惚れた。
長い睫毛、スッと通った鼻、滑らかな肌。
見れば見るほど、永野は綺麗だと思う。
なんでそれを活かそうとしないのかが不思議だ。
まぁ、そのお陰で、永野が他の男どもに目を付けられていないというのも否めない。
スライドショーが終わったが、永野は何も言わない。
オレはだんだん不安になって来た。
「どう?」
「……5枚目のパターンB。折れ線グラフの線の太さをもうちょっと太く。今のままだと、スクリーンから遠い人が見えない。それと、11枚目の箇条書きだけ、文末に句点がなかったから入れておいて。そのくらいかな」
永野が自分の記憶を確認するように、ゆっくりと言う。
オレはすぐに永野に言われた箇所を確認し始めた。
本当だ、指摘された通りになってやがる。気を付けてたつもりだったんだけどな。
「すっげぇ。よくそんな細かいとこまで見てんなぁ」
「そりゃ、私は慣れてるもん。あ、それと、もう1つ」
「げっ、未だあんの?!」
これ以上言われると、へこむ……。
「8枚目だったかな? 5種類くらい比較表あったよね?」
「ああ」
オレはごくりと唾を飲み込んだ。
「あれ、わかりやすかった。製品の図面を入れてたでしょ? あんなの思いつかなかった。さすがだなぁって感心したよ」
あれ? 誉められた。
嬉しいくせにそれを正面に出すのもなんか恥ずかしくて、オレの口はついついこんなことを言ってしまう。
「――煽てても何も出ねーぞ?」
「浅倉って、普通に返すと怒るクセに、褒めると信じないんだね。本当にそう思っただけなんだけど」
そんな大真面目に言われると、マジで照れるからやめてくれ。
永野は組んでいた腕を解いて、ため息をついた。
「あーあ。浅倉だったらきっと、すぐに私なんかよりもいいもの作れるようになるんだろうなー」
「そんなことねーよ。今回のだって、前にお前の作ったファイルがなかったら絶望的だったし。それに、紙面の方までは結局手が回らなかったし」
「ここまでできれば十分。もともとスライドショーと紙面の2種類を作るには時間が足りないと思ってたし。紙面の方は今から作ればいいよ。
鈴木さんのプレゼン予定日は再来週の木曜日だし。それに、鈴木さんが未だ帰って来てないから、どっちにしてもチェックしてもらえないし」
「そういや、鈴木さん遅いな。11時には帰るって言ってなかったっけ?」
オレと永野で、顔を見合わせる。
永野はすぐに鈴木さんの席へと視線を移した。
「鈴木さん、ホント遅いね。お昼も取ってないはずだし、大丈夫かなぁ? トラブってなきゃいいんだけど」
そう言う永野の表情が、どこか寂しそうで、すごく心配そうで、オレはいたたまれなくなる。
今後、オレが今の鈴木さんみたいに外出するようになったとき、オレが予定通りの時間に帰らなかったりしたら、永野は今みたいな表情をしてくれるんだろうか。
――そうなりたい、と思う。
「そうだな。まぁ、鈴木さんのことだから大丈夫だろ」
根拠は何もないけど、とりあえずオレはそう言った。
「冷たいなぁ」
「鈴木さんの仕事を信用してんだよ。お前もそうだろ?」
この言葉は、オレ自身を納得させるためな気もする。
「うん、まぁ……」
奥歯に物が挟まったような答えの永野。
そんなに、鈴木さんが心配なのか。
そんなに、お前は、鈴木さんのことが好きなのか。
「ただ今戻りました」
ちょうど、鈴木さんが帰って来た。
高田さんと万里さんが、「おかえりなさい」と声をかける。
鈴木さんはそれに笑顔で頷くと、すぐに課長と部長の席の方へ行ってしまった。
「ホラ、な? お前も早く自分の仕事に戻れよ」
「うん、そうだね。そうする」
一気に明るい表情になった永野は、頷いて、自分の席へと戻っていった。
オレの中に、重いしこりを残して。




