side Daichi - 15
昼休みに入ってすぐ、オレと永野は一緒に休憩室へ向かい、コーヒーとパンを買い込んだ。
手っ取り早く昼飯済ませて、さっさと仕事に戻らなきゃなんねーしな。
席について、パンの入った袋を開ける。
あーもぉめんどくせぇ。食いながら仕事しちまおう。
右手にパン、左手にコーヒーを持ち、それをキーボードやマウスに持ち替えながらスライドショーの仕上げを進めていると、隣で食事していた永野が唐突に言った。
「で? なんで浅倉までここにいるの?」
わざわざ聞くな。
「スライドショー、なんとしても昼休み終了までに終わらせなきゃいけねーだろ? 紙面の方もまだ手を着けてねーし。時間がねーんだ」
オレは両手を広げる。それを見た永野は、ちょっと意地悪に笑った。
「お手上げ?」
ムカっ。
「まさか。全っ然、余裕ー」
余裕なんて全然ねーのに。オレってバカ。
「嘘ばっかり」永野がクスリと笑った。「無理だって思ったら、すぐに私に言ってよ? そっち手伝うから」
それだけは、意地でも絶対にさせねー。
ったく。余計な心配はいいから、お前はお前の仕事してろっつーの。
でも、その永野の言葉に奮い立たされたおかげで、オレは集中力を高めることができた。
すぐにスライドショー作りに没頭し、周りのことが一切目に入らなくなる。
だから、そいつの存在に全然気づかなかった。
ようやく気づいたのは、声をかけられたとき。
「浅倉さぁん、よろしかったらぁ、お茶、いかがですかぁ?」
ん? 浅倉……ってオレの名前じゃん。
声のした方を見る。どっかで見たことのある女子社員が立っていた。
なんだ、コイツ? 誰だっけ?
マロンブラウンの髪はウェーブがかかっていて、化粧もきちんとしている。
綺麗な人だとは思う。多分、モテるタイプだろうと勝手に想像した。
首に下げられているIDをちらりと見ると、田中と書かれていた。
田中? 田中、ねぇ……。
どっかで会ったことあると思うんだけど、全然思い出せねーや。
田中さんは、オレの横で湯呑みの乗ったお盆を手に立っている。
湯呑みの数は1つ。ふぅん。
オレはさっき買ったコーヒーを持ち、軽く上げた。
「いや、いいや。コレあるし。悪いな」
それだけ言って、オレは再びパソコンへと向かった。
ったく、せっかく集中してたのに。
一回集中力が切れると、また前の状態まで戻すのに大変なんだぞ?
えっと、さっきやってたのは……あ、ココか。グラフからだっけな。
スライドショーにグラフを挿入し、その見た目や数値を編集していく。
ラベルの位置やタイトル、数字の桁数、色分け、文字の大きさ。気にしなきゃなんねーことが山ほどある。
んーと。ま、こんなもんかな。次は、と。
手元にある、鈴木さんの資料へ目を移した。
そのとき、目の隅に何かが映る。顔を上げると、田中さんが未だ立っていた。
「何? まだ何か用?」
オレは言った。
そんなところに立たれてると、気が散るんだよな。わかんないかな。
「あ、えっとぉ……」
田中さんが口ごもる。
「お茶、余ってるんならコイツにやって」
オレは右手に持っていたボールペンで永野の方を指し、資料に目を戻した。
田中さんの動く気配がして、永野の「ありがとう」という声が聞こえてきた。
ようやく行ったか。これでまた集中できる。
「もうちょっと、優しい言い方あるでしょうに」
隣から、永野の声が聞こえてきた。
その言葉が、オレに向けられたものだとわかるのに、少し時間がかかった。
永野は仕事の手を止めていないみたいだが、ここにはオレと永野しかいない。
「何か飲みたくなったら、お前の貰うからいい」
オレも、キーボードを叩きながら答えた。
「もしかして、私のこと、水筒代わりとか思ってんじゃないでしょーね?」
永野の憤慨したような物言いに、オレは密かに我に返った。
ん? オレ、今なんて答えたんだっけ?
あぁ、思い出した。
意識はスライドショー側に向いてるから、ほとんど脊髄で答えてる感じだ。
ヤバいヤバい。意識してねーと、とんでもないこと言いそうだ。
永野が続けた。
「そんなこと言うヤツには、砂糖たーっぷりのコーヒー用意しといてやる」
「そんなことすっと、お前が困るんじゃねーの? 確か、お前も甘いの苦手だったよな」
「だから、浅倉にあげる専用のヤツを用意しとくの」
「お前、性格わりぃなぁ」
「それをアンタが言う?」
永野の方から物音がなくなった。なんか視線を感じるから、多分こっちを見てんだな。
「ったく」オレはため息をついた。「……今は時間がねーの。永野もわかってんだろ? だから、ハイ、この話題は終わり。余分なことに時間割かずに手を動かす!」
「何よ、急に真面目になって」
永野の声は不服そうだ。
オレは手を休め、目だけで永野の方を確認した。
「なんたって、明日の夕飯がかかってるしな」
オレの言葉に、永野はキョトンとしている。
おいおいオイオイ、まさかとは思ってたが、本当に忘れてたんか、こいつ?
あーショックだ。盛り上がってたの、オレだけかよ。
いや、薄々感じてはいたけど。
「もしかして、お前、忘れてた?」
諦め半分で聞いてみた。でも、返ってきた答えは意外で。
「え? あ、ううん。逆。浅倉、覚えてたんだって思って。ちょっと驚いたよ。冗談だと思ってたし」
「おいおい、冗談でもねーし、忘れるわけねーだろ?」
勢いだけでオレは反論する。
いかん、必死になるな、オレ。永野に逃げ道を用意しておいてやらねーと。
「せっかく夕飯奢ってもらえるっつーのに。ま、お前が嫌だっつーんなら、無理強いはしねーけど」
永野が嫌な思いするくらいなら、オレは行かねー。
とは思いつつ、本音では期待してるんだけどな。
「そんなことないよ」
永野の答えはすぐに返ってきた。
それって少なくとも、オレと一緒に食事行くのは嫌じゃないって事だよな。
「それじゃあ、あとはオレは頑張るだけだな」
オレは肩をほぐし、またパソコンへと向かった。




