side Karen - 15
とうとう昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ってしまった。
フロアに続々と人が戻ってくる。
「浅倉、どう?」
「んー……スライドショーの方はなんとか」
浅倉は椅子の背もたれに身体を預け、目を細めてディスプレイを睨みつけている。
マウスのホイールを回しているってことは、最終確認をしてるみたいね。
私は浅倉の後ろに立つ。
「見る?」
浅倉がまた席を譲ろうとしてくれたが、私はそれを制した。
「ちょっと離れて見た方が、全体のバランスがわかるから。初めからオートで再生してもらえる? あ、1枚3秒ね」
浅倉は、マウスを動かして編集モードからのスライドショーモードに設定すると、再び身体を椅子に預け、頭の後ろで手を組んだ。
私は腕を組んで、ゆっくりと切り替わっていく画面を見つめた。
3秒ずつ、1枚1枚、じっくりと確認する。
午前中に一度見せてもらっているから、だいたいの状態は覚えている。今度は細かいところまでチェックすることにした。
2分ほどで、スライドショーが終わる。
浅倉のスライドショーは、初めてにしては本当に驚く程上手く作られていた。
午前中に見せてもらったときよりも、格段に完成度が上がってるし。もうちょっと時間あれば、もっといいものになっただろうな。
なんだか、もったいない気までする。
「どう?」
「……5枚目のパターンB。折れ線グラフの線の太さをもうちょっと太く。今のままだと、スクリーンから遠い人が見えない。それと、11枚目の箇条書きだけ、文末に句点がなかったから入れておいて。そのくらいかな」
「すっげぇ。よくそんな細かいとこまで見てんなぁ」
浅倉は早速ファイルを編集モードにして私が指摘した箇所を確認し始めた。
「そりゃ、私は慣れてるもん。あ、それと、もう1つ」
「げっ、未だあんの?!」
「8枚目だったかな? 5種類くらい比較表あったよね?」
「ああ」
「あれ、わかりやすかった。製品の図面を入れてたでしょ? あんなの思いつかなかった。さすがだなぁって感心したよ」
「――煽てても何も出ねーぞ?」
「浅倉って、普通に返すと怒るクセに、褒めると信じないんだね。本当にそう思っただけなんだけど」
「……」
「あーあ。浅倉だったらきっと、すぐに私なんかよりもいいもの作れるようになるんだろうなー」
私が何年もかかって体得してきたことを、浅倉はいとも簡単にやってのける。
それを目の当たりにするたび、悔しいけど、同時に浅倉のポテンシャルの高さを感じる。
浅倉は、今後間違いなく、マーケティング企画部の戦力になっていくはず。鈴木さんの片腕にだってなれると思う。
製品開発を知っていて、マーケティングもできるなんて人材、周りを見回しても私の知っている中にはいないし。
前に鈴木さんが『マーケティングの業務を覚えたら開発に戻ってもらう』って言っていたけど、開発部に戻してもらえなくなったりしてね。
「そんなことねーよ。今回のだって、前にお前の作ったファイルがなかったら絶望的だったし。それに、紙面の方までは結局手が回らなかったし」
「ここまでできれば十分。もともとスライドショーと紙面の2種類を作るには時間が足りないと思ってたし。紙面の方は今から作ればいいよ。
鈴木さんのプレゼン予定日は再来週の木曜日だし。それに、鈴木さんが未だ帰って来てないから、どっちにしてもチェックしてもらえないし」
「そういや、鈴木さん遅いな。11時には帰るって言ってなかったっけ?」
浅倉と、顔を見合わせた。
鈴木さんの席は午前中からずっと空のままだ。
それにしても、机の上にまで性格が出るなぁ。
鈴木さんの机の上は、スッキリしていてとてもきれいだ。電話器とノートパソコン用のACアダプタ、そしてデュアル設定用のディスプレイ以外には何も置かれていない。書類や筆記具は、いつも机の中に入れているらしい。
ノートパソコンは、今、外出先に持って行っているはず。
机の中にしまわれた椅子の上には、お弁当の入った紙袋が乗っているらしい。取っ手だけが見える。
そういえば、鈴木さんってもう豊田さんと同棲してるんだっけね。
手作り弁当かなぁ。早く食べたいだろうな、鈴木さん。
「鈴木さん、ホント遅いね。お昼も取ってないはずだし、大丈夫かなぁ? トラブってなきゃいいんだけど」
今日の取引先さんとの打合せで使っている資料は、先週に私が作ったものだ。
もしそれが原因でトラブルが発生してたら、嫌だなぁ。
「そうだな。まぁ、鈴木さんのことだから大丈夫だろ」
「冷たいなぁ」
「鈴木さんの仕事を信用してんだよ。お前もそうだろ?」
「うん、まぁ……」
言葉を濁す。
もちろん、鈴木さんは大丈夫なはず。どんな状況に陥っても、必ず打開策を見つけて、相手の首を縦に振らせる手腕を持ってる。
私が心配なのは、私が作った資料が迷惑をかけていないかってことだ。
書類の正確さも信用の内だし。
ちょうどそこへ、鈴木さんがフロアに入って来た。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさい」
高田さんと万里ちゃんがはもる。
鈴木さんはいったん自分の席に立ち寄り、椅子の上に鞄を滑り込ませると、その足で、課長と部長の下へ行ってしまった。
きっと、今日の打ち合わせの報告だ。
「ホラ、な? お前も早く自分の仕事に戻れよ」
「うん、そうだね。そうする」
私は席へと戻った。
机の上は未処理の書類が溢れ返っていて、よくまぁ紛失せずに済んでるなぁと自分でも感心してしまうほどの散らかり様だ。
鈴木さんほどではないにしても、これでも普段は結構綺麗にしている方だ。書籍はブックエンドを使って机の奥の方に立てているし、書類は仕事別にクリアフォルダでまとめてトレイに入れている。今は業務量に整理が追いついてないけど。
ふぅ。
ため息を付き、手近な書類から内容を確認していくことにした。
あ、これは納品書。物は届いてたし、確認もした、と。処理済フォルダへ。
こっちは、製品カタログの見積書ね。結構高いなぁ。相見積り取った方がよさそう。その返信を待って、鈴木さんと相談ね。
残りは、ほとんどが請求書処理用の資料作成かぁ。
私は重ねられた書類を、親指を使ってパラパラ漫画をめくるようにする。いい感じの厚さだわ。
今日中に全部は無理だ。今日できるだけやったら明日に回そう。




