side Karen - 14
「で? なんで浅倉までここにいるの?」
昼休み。私は席で食事を取っていた。
食事って言っても、食堂には行ってないから、休憩室にある自販機で買ったパンと飲み物のみ。
隣の席には、なぜか浅倉がいる。
私が送ったメールの5分後には、浅倉が『オレも』と全員に送っていたのだ。
「スライドショー、なんとしても昼休み終了までに終わらせなきゃいけねーだろ? 紙面の方もまだ手を着けてねーし。時間がねーんだ」
浅倉は、右手にパン、左手にコーヒー、という状態のまま、大げさに両手を広げた。
「お手上げ?」
私が意地悪く聞く。
「まさか。全っ然、余裕ー」
と、浅倉はパンに噛り付いた。
「嘘ばっかり。無理だって思ったら、すぐに私に言ってよ? そっち手伝うから」
いつもはみんなとのんびり取る昼食。
でも今日はさっさと済ませて、仕事の残りに取り掛かった。
ただ黙々と、各々の作業を続けていく。
紙をめくる音と、キーボードを叩く音、それとマウスのクリック音が、人のほとんどいない広々としたオフィスに遠慮がちに響いていた。
しばらく経ったとき、それ以外の音が近づいているのに気づく。
ちょっと顔を上げると、手にお盆を持った1人の女子社員だった。
確か、受付の子だ。田中さん……だっけ。
前に男性社員さんたちがカワイイって噂しているのを聞いたことがある。
確かに、男の人が放っておかないだろうなって容姿をしてる。そして、それを本人も熟知している感じ。
彼女の持つお盆の上にはお湯呑みが乗っていた。
あぁ、浅倉目当てね。納得。
休憩時間とはいえ、なんで受付の子がこのフロアにいるのかと思ったら。
予想通り、田中さんは浅倉の脇で立ち止まり、ちょっと科を作った。
「浅倉さぁん、よろしかったらぁ、お茶、いかがですかぁ?」
こういう子たちって、なんでみんな揃って言葉の語尾が伸びるんだろ?
恋する女の子ってみんなこうなの?
だとしたら私には絶対に無理。
そこまで考えて自分の中の違和感に気がついた。
なんだろう、この感じ。また、この前みたいに、なんか胸がもやもやする……。
浅倉は、田中さんの方をちらりと見て、左手を軽く上げた。その手にはさっき休憩室で買ったコーヒーが握られている。
「いや、いいや。コレあるし。悪いな」
そしてすぐ仕事に戻ってしまう。
それだけ? お礼の一つくらい言ってあげなよ。
田中さんは硬直したように動かない。
私は2人のことが気になりつつも、自分の仕事に視線を戻した。
浅倉は田中さんを無視して鈴木さんの資料を確認しながらパソコンを操作しているようだ。でも、一向に彼女が動く気配はない。
そんなところに立たれてると、なんか気が散る……。
「何? まだ何か用?」
浅倉も同じ気持ちだったらしい。それにしても、何? その冷たい態度。
「あ、えっとぉ……」
田中さんにとって、浅倉の言葉は予想外だったみたいだ。
「お茶、余ってるんならコイツにやって」
浅倉の声がした。何か不穏なものを感じてまた顔を上げると、浅倉が持っていたボールペンで私を指していた。
こら、浅倉、人をそんな風に指すな。失礼な。
「――ッ!」
田中さんはキツイ目つきになって、乱暴に私の机にお茶を置くと去って行ってしまった。
ありがとう、と言う私の言葉が、彼女に聞こえていたかどうか……謎だ。
確かに、お昼食べた後だし、お茶飲みたいなとは思ってたけどね。
田中さんが行ってしまったことを確認してから、私は彼女の置いていったお茶に手を伸ばす。
既にぬるい。あの子、お湯呑みを温めずにお茶注いだな?
「もうちょっと、優しい言い方あるでしょうに」
私は、手元の書類の文面に目を落としながら小声で囁いた。もちろん、浅倉に対してだ。
浅倉のキーボードの音は止まらない。でも答えだけ返ってきた。
「何か飲みたくなったら、お前の貰うからいい」
「もしかして、私のこと、水筒代わりとか思ってんじゃないでしょーね? そんなこと言うヤツには、砂糖たーっぷりのコーヒー用意しといてやる」
「そんなことすっと、お前が困るんじゃねーの? 確か、お前も甘いの苦手だったよな」
「だから、浅倉にあげる専用のヤツを用意しとくの」
「お前、性格わりぃなぁ」
「それをアンタが言う?」
言いながら、私は手を休めて浅倉を見た。浅倉は相変わらずディスプレイを見つめたままだ。
「ったく。……今は時間がねーの。永野もわかってんだろ? だから、ハイ、この話題は終わり。余分なことに時間割かずに手を動かす!」
「何よ、急に真面目になって」
「なんたって、明日の夕飯がかかってるしな」
浅倉はそう言って、横目で私を見ながらニヤリとした。
あ、覚えてたんだ。
あれから一度も話題に出さないから、あのときだけの方便か、忘れてるかだと思ってたのに。
「もしかして、お前、忘れてた?」
浅倉の声に、私は、自分が呆けた顔をしていたことに気付く。
「え? あ、ううん。逆。浅倉、覚えてたんだって思って。ちょっと驚いたよ。冗談だと思ってたし」
「おいおい、冗談でもねーし、忘れるわけねーだろ? せっかく夕飯奢ってもらえるっつーのに。ま、お前が嫌だっつーんなら、無理強いはしねーけど」
「そんなことないよ」
浅倉は忘れてるかもしれない、そうは思いながらも、金曜の17時までに仕事が終わるようにって計画してはいたし。
もし浅倉が忘れてたとしても、家に早く帰ればいいだけだしって思って。
約束したからね、一応。
「それじゃあ、あとはオレは頑張るだけだな」
「なんか張り切ってるなぁ。そうだ、どっか行きたい店ある? 私、飲めないし、お店も全然知らないよ?」
「行ってみたい店ならある」
「どこ?」
「秘密」
「恐いなぁ。浅倉のことだから、平気で高い店を指定しそうだし」
「さぁ、どーだか。それよりも、お前こそ、明日中に終わらせろよ? オレが終わってもお前が終わらなかったら、オレが今頑張ってる意味ねーし」
「あ、その方法があったか。そうしたら、奢らなくて済むし♪」
「もしそーなったら、そんときは来週末に倍返ししてもらうから覚悟しとけよ?」
「それは嫌」
「じゃあ何が何でも終わらせるんだな」
言い込められてどうするんのよ、私!
ため息をつく。そして、気付いた。
あれ? いつの間にか、もやもや感が消えてる。
本当に、何なんだろう、あの感じ。変なの。




