side Karen - 11
「何飲んでんの?」
突然、浅倉が手を伸ばして私の持っていた紙コップを取り上げた。
抵抗する暇もない。
「あっ」
私が声を出したときには、既に浅倉はもうコップに口を付けていて。
「ッ!? なんだ、これ? 甘っ!」
予想外の味だったらしい。
慌てている浅倉。その姿があまりにも普段と変わらなくて、逆に落ち着いてきた。
ごめん、浅倉。アンタの不幸を笑ってるわけじゃないんだけど。
「何って……ココア」
「ココアだぁ?」
「血糖値が足りなくなっちゃって」
「お前、そういうことはもっと早く言え。オレが甘いの苦手だって知ってんだろ?」
「私が言う前に、浅倉が勝手に飲んじゃったんじゃん」
浅倉は、甘いものを食べたとは思えないような渋い表情で、私にカップを差し出した。
それを受け取るとき、一瞬、浅倉の指に自分のそれが触れた。
どきん
その瞬間、心臓が大きく脈打った。
身体が熱くなり、鼓動も早まる。
だから、何なのよ?
どーしちゃったのよ、私?
相手は、浅倉だよ? いつも一緒にいるじゃん。
何を今更ときめいてんのよ?
? ときめいて???
ないないない。絶対にない。
あり得ないから!
私は、言うことを聞かない身体を落ち着かせようと、またココアを一口飲んだ。
「珍しいな」
「何が?」
「永野、いつもペットボトルとかをオレが勝手に飲むと、その後絶対に、口付けねーか拭くかするだろ? あれ、実は結構傷ついてるんだよね、オレ的には」
「――ッ!!」
浅倉の言葉に、思わず咽返った。
しまった。
身体がおかしくて、そっちの方に気を取られてた。
口に手を当て、ケホケホと咳をする私の背中を、浅倉がさすってくれる。
ってゆーか、気安く触れるな。
なんでかわかんないけど、身体が熱くなるから。
「ん、ありがと、もう、大丈夫だから」
息を整えてなんとか言い切る。
「無理すんなって」
「大丈夫だからッ!」
私は浅倉の手を撥ね除けた。浅倉が驚いて目を見開く。
その隙に、急いでソファから立ち上がった。
今は、これ以上ここにいたらいけない気がする。
このままだと、なんか私、変になっちゃいそうだ。
「私、もう戻るよ。未だやらなきゃいけない仕事がたくさんあるし」
言いながら、足下に落ちていた靴を履く。
そのまま振り返らずに立ち去ろうとした――
「ッ、ちょっと! 浅倉?」
動けない。
私の腕を、立ち上がった浅倉が掴んでいた。
私は振りほどこうともがいた。でもびくともしない。
浅倉は無言だ。
なんか、雰囲気が怖い。私、怒らせた……?
「お前さぁ、無理しすぎじゃねぇの?」
深いため息と共に吐き出された浅倉の声は、言葉の乱暴さからは信じられないほど優しくて。
自然と、抵抗を止めてしまう。
同時に、腕を掴む力が緩んで、外れた。
「無理だったら無理って、大丈夫じゃなかったら大丈夫じゃないって言えよ」
「……」
「オレの前でくらい、肩の力抜いてくれてもいいんじゃねぇの?」
「でも……」
「『でも』じゃねーの」
私は俯いた。浅倉の視線が痛い。
それに、なんか身体が変だ。全身が熱い。
「仕事じゃ未だ全然頼りにゃなんねーだろうけど、なんか体調がおかしいときとか、不調なときとか、そんくらいならオレでもちょっとは役に立てると思うんだよね」
私は恐る恐る顔を上げる。
浅倉が優しく微笑みかけてくれていた。
その表情に私はほっとすると同時に、自分の中に落ち着かないものを感じた。
そして、その感覚がまた私の身体をさらに熱くさせる。
「ほら、オレ一応、お前の同期だし?」
浅倉はそうおどけた調子で続けた。
私も、何か言わなきゃ。
「――あ、浅倉?」
私が声を発する。
「ん?」
「さっきはごめん」
「別に。気にすんな」
「もう取り乱したりしないから、安心していいよ」
「……」
「浅倉って、優しかったんだね」
「知らなかったんか? ったく、気づくのおせーよ」浅倉は肩を落としてため息をつくと、私に背を向けた。「――帰るか」
「そうだね」
歩き出した浅倉が、休憩室を出る直前に立ち止まる。
通せんぼされた。
なんでそこで止まるかな?
「――永野」
浅倉が声を発した。
私からは、浅倉の背中しか見えなくて、その表情はわからない。
「何?」
「オレ、がんばるからさ。お前からしたら今は全然仕事もできねーし、頼りないだろうけど、ちゃんと全部覚えるからさ。鈴木さんみたいになるからさ。そしたら、本当に、オレんとこ頼って来いよ」
それだけ言うと、浅倉は私の方を振り返らず休憩室を出ていった。




