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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第2章 - 5/25
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side Karen - 10

「まぁ、そういうことならちょうど良かったじゃん」私は続けた。「知ってる? 浅倉が異動して来てからマーケティング企画部のフロア周辺に来る女子社員が、すっごい増えたんだよ?」

「なんで?」

「浅倉が来たからでしょ。前は鈴木さん目当てだった人が多かったけど、鈴木さんはもうすぐ結婚しちゃうし」

「なんだそれ? オレは動物園のパンダかよ」

「浅倉って、部長とか部署メンバーのことはよく見てるのに、あの子たちのこと気づいてなかったわけ?」

あ、あの子って言っても、年上のお姉さま方も混じってるか……。まぁいいや、この際、細かいことは。言葉のアヤってやつだ。

「何が?」

「浅倉のことが好きだったり憧れてたりして、見に来てるんだよ、女の子たちが。今日、万里ちゃんも高田さんも言ってたでしょ? 『強力なライバル』とか『怖いお姉様方』とか。確かに、ほとんどの人は害がないから放っておいてるんだけど、中にはちょっと厄介な人もいてさ、私なんか、睨まれるんだよね。必要以上に浅倉に近づくなって……」

「ちょい待ち。今のって、マジで?」

私が頷くと、浅倉は視線を落とした。

「そっか。知らなかった。ゴメンな」

「いいよ、別に。全然気にしてないし。ま、気は使うようにしてるけど。あの感じじゃ、そのうち誰かが告白してくるよ。覚悟はしときなよ」

「どーだか。オレはお前の方がよっぽどカッコイイと思うけどな」

「素直に喜べないなー」

私は苦笑した。

「褒めてんのに」

「浅倉が言うと、全っ然そんな風に聞こえない」

「オレって信用ねぇのな」

浅倉はそう呟くと、頭を掻いた。

「あ~あ。私、男に生まれたかったなぁ」

そう言いながら、私は、起こしていた上半身をまたソファの背に沈ませた。

前からたまに思っていたことだ。

そうしたら、男とか女とか気にせず浅倉とも話せるし、テニスだって思いっきりできるのに。

あ、本当に万里ちゃんに惚れられたりして。

「そぉか? オレはお前が女でよかったって思ってるけど」

「なんで?」

「っつーか、そうじゃねーとオレが困るし」

「は?」

浅倉は、顔を逸らせて拗ねたように口を尖らせた。

「オレ、お前に勝てそうにねーもん」

「ぷっ……あっはははは、何それ!?」

あまりに子供じみた答えに、私は我慢できずに吹きだした。

身体を『く』の字に曲げて、お腹を抱えて笑ってしまう。

浅倉は憮然とした表情で私を見ている。

「くっくっくっ、お腹痛い……。確かに、浅倉が『カッコイイ』って言ってくれるほどだから、私が男だったら、浅倉よりモテたかもね」


そう、高校時代はすごかった。

当時既に170センチ近かった私は、何も考えずに女子高に進学した。

学力に見合った学校だったということもあるし、翔と別の学校に行ってみたかったというのもある。

結果、どうなったかと言うと、まぁ想像通りで。

そりゃまぁモテたモテた。同級生にも、後輩にも、先輩にも。

それまでずっと男扱いされてて、恋愛には全く縁がなかったから、何がどーなってそーなっちゃったのか、さっぱりワケがわからなかったなぁ。

それにしても、人生最大のモテ期が同性相手ってどうなのよ、自分。


「そんなに笑うなっての」

浅倉は相変わらずの表情でそう言って、背中を起こした。

両肘を自らの腿に乗せ、前に屈むような姿勢になると、視線を南の窓の方へ移した。

同時に、浅倉の表情が半分しか読み取れなくなる。


ようやく落ち着いてきた私は、ココアを一口飲んだ。

休憩室の電気をつけていなかったこともあって、西から差し込む光が妙に明るく感じる。

浅倉の大きな身体の向こうから入るその光は、私を隠すように影を作りながらも、たった2人しかいない休憩室の中を茜色に染め上げた。

浅倉の横顔は、窓の向こうにある一点を見つめ、微動だにしない。

その雰囲気が、私に声をかけるのを躊躇わせた。

何かに、想いを馳せてるように見えたから。


何に?

何だろう……?


私の視線を感じたのか、浅倉が姿勢を変えずに目だけで私を見た。

夕焼けが、浅倉の彫りの深い横顔の輪郭だけを見事に浮き出させる。

その光と影の成す艶っぽさに見惚れて、気がつくと私は息をするのも忘れていた。

ほとんど逆光になってしまって、浅倉の表情はよくわからない。

なのに、その瞳が私を捉えているのは何故かわかった。

なんだか目が離せなくて、私はそのまま浅倉を見つめ返す。

それは一瞬だったのか、それとももっと長かったのか。

ふっと、浅倉の表情が緩んだ気がした。


  ――どきん


ん?

何、今の?


「そ、そーだ。浅倉、何でこんなところまで来たの? 何か用があったんでしょ?」

何焦ってんだ、私。

落ち着け。

「あぁ、書庫にね、ちょっと資料を探しに。でも、欲しかった資料は、もう残ってねーんだってさ。で、せっかくこの階まで来たし、どうせなら街を見下ろしながら休憩しようと思って休憩室に寄ってみたら、お前がいたってワケ。電気もついてねーし、まさか人がいるとは思わなかったから、マジで吃驚した。

そういや、お前こそ、なんでこんなとこにいんの?」

浅倉の言葉に、また少し焦る。

『隠れ家』なんて言ったら、コイツ、大笑いしそう。

かと言って、下手に言い訳すると、マーケティング企画部と同じ階にある休憩室を使わなかった理由にならなくなるし。

仕方ない、正直に言っておこう。

「別に……ちょっと疲れたから、静かなところで休みたくなっただけ。この階の休憩室、いつもほとんど人がいないからさ」

「その言い方だと、結構頻繁に来てんだな」

「そうでもない、と思う」

「ふーん……」

覗き込むような視線が、なんだか信用されてないもののような気がして、私は浅倉から視線を外した。


実は、浅倉が異動してきてから、週に1回くらい来ている気がする。

前は月に1回ずつくらいしか来ていなかったのに。

それを頻繁って言うのかどうかわからない。でも、確実に増えているのは確か。

休憩室がもうかなり暗くなってしまったことに気付きつつ、私はココアをまた一口飲んだ。

点けようかな、電気。

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