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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第2章 - 5/25
23/92

side Karen - 9

「はぁ、疲れたぁ……」

私はソファに座って足を伸ばす。

弾みでパンプスの踵が取れた

いいや、ついでに靴も脱いじゃえ。えいっ。

コトンコトン、とパンプスが床に落ちた。

浮腫んでいた足が開放されて、ちょっとだけ楽になる。


ここは会社のビルの最上階から1つ下の階。

私の勤務している会社は自社ビルで、一階から最上階まで全部うちの会社が何らかの用途で使っている。

1階はエントランスと応接室。2階と3階は会議室。4階から上と最上階から2つ下の階までがオフィス。そして、最上階とその1つ下の階が書庫。

各階には、南西の角に休憩室がある。

それも、たくさんの座り心地のいい一人掛けソファ付き。

清潔で居心地のいい、モデルルームのリビングのような雰囲気だ。

南側と西側にある窓が大きいのは、眺めがいいようにとの配慮らしい。

実際に、ビルの場所も相まってどの階であってもかなりいい眺めだったりする。

夕日だって眺められるし。

社員はそこで、会社が福利厚生で用意してくれた飲み物を自由に飲むことができる。

自動販売機みたいな機械なんだけど、お金を入れる代わりに社員証をセンサーに当てると欲しい商品が出てくる仕掛け。

パンや栄養調整食品といった食べ物の自販機もあって、そちらは有料。

この休憩室自体が、『いい仕事は、いいコンディションから』という、社長の考えに基づいて設計されたそうだ。


この階と最上階は、書庫と休憩室とトイレ以外に何もない。

もともと書庫って言うのは、用がない限り人が来る場所じゃないから、各階に休憩室があるのに、わざわざこんな遠いところにある休憩室に来る人なんてほとんどいないわけで。

来るとしたら、外を眺めに来る人たちだけ。

「いい景色」を見ようとしている人は、普通なら、最上階に行く。

だから、わざと最上階には行かない。


ここは、私が会社の中で唯一、安らげる場所。

基本的に男っぽい私は、『女だから』とか『女の癖に』とか言う言葉がキライだ。

でも会社っていうのは女性社員にそういうものを求めるんだよね。だから私が『私らしく』い続けようとすると、どうしようもなく疲れてしまう。

それに耐え切れなくなったとき、密かにここに来ている。

仕事に疲れて休みたいとき、1人になりたいとき、それと、泣きたくなったとき。


初めてここを見つけたのは、本当に偶然。

入社して間もない頃、先輩に書庫から資料を取ってくるように言われて最上階に行った。

そうしたら、同じように休憩室があるのを見て、そこで初めて各階に休憩室が設置されていることを知った。

それから数日後、私のミスで先輩方にすごく迷惑をかける失態をしてしまった。

もちろん新入社員だからミスもある。

先輩も上司も私を責めなかった。それが逆に辛くて。悔しくて。

人前では、決して泣きたくない。

そう思ったら、自然とここに来ていた。最上階じゃなくて、ここ。

――ここは誰にも教えていない、私にとっては、隠れ家みたいな秘密の場所だ。


もう19時前。ほとんどの社員は既に帰宅している。

5月下旬、ようやく日が地平線に沈み始める時刻。

地平線が見えるような場所じゃないけど、外はまだまだ明るい。

ふぅ。

私はまたため息をついて、さっき自販機から出したココアを一口飲んだ。

やっぱり甘いなぁ。

実は、甘いものはちょっと苦手。今は糖分が必要だから『摂取』してるだけ。

だから、一気に全部飲めなくて、こうして少しずつしか飲めない。

とは言え、頭を使うときは、やっぱりココアがいい。

疲れで頭が回らなくなって行くのがわかるんだよね。

これは明らかに血糖値が足りないぞって思ったときは、私は迷わずココアを飲むことにしている。

そうすると不思議なくらいに頭がスッキリするから。


あと10分くらい休憩して、20時まで働いたら、今日はもう帰ろう。

今週はあと4日ある。初めから飛ばし過ぎても週末まで持たないし。

そう思って、またココアを口にしたとき、休憩室のドアが開いた。


「あれ? 永野?」


浅倉だった。

「こんなところにいたんか」

そう言いながら、そのまま休憩室に入って来る。

「なぁんだ、浅倉か。部長かと思って一瞬焦った」

「部長はとっくに帰った。それに、あの人はこんなところまで来ねーだろ。いつも難しい顔でパソコンの画面見てるだけだし」

「こー、眉間に皺寄せて、でしょ? 言えてる。浅倉、よく見てるね」

私は自分の眉間にも皺を寄せて笑った。

「まーな。開発部と全然雰囲気が違うから、面白くってつい観察しちまう」

浅倉は私の隣のソファに腰を下ろした。そのまま肩を背もたれに付け、沈み込む。

私は、肘掛越しに浅倉の方へ身を乗り出した。

「私、開発のフロアって1回しか入ったことないんだ」

「マジで? いつ?」

「入社直後の研修のとき。人事部の人がこのビルの中を案内してくれたじゃん? あのときが最初で最後」

「あーあのときね」

「そんなに違う? もう5年も前のことだから、ほとんど忘れてるんだよね」

「なんっつーか、開発ってもっと異様な感じ? みんな無言でじーっと画面見ながらキーボード打ってんだぜ? 女の子もほとんどいねーし」

「へー。なーんかね、あのフロアってIDで入退室の管理もされてるし、用のない人間が気易く立ち入れない感じが漂ってるんだよね。エレベーターの扉があの階で開くと、すっごい構える」

「確かに、あの雰囲気じゃ、他の部署のやつらは寄りつかねーよな。でもさ、正紀のヤツ、『その方が静かで仕事が捗る』とか言うんだぜ?」

「でも、その通りじゃん」

「確かにそーなんだけどさ、少しは女の子がいた方が、モチベーションが保てるじゃん?」

「『じゃん?』って言われても知らないよ。私は女なんだから」

「はいはい、そーでした。スミマセン」

浅倉のおどけた表情に、私はまた笑った。

「そーだよ。何度も言わせるなっての」

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