side Daichi - 13
なんとなく2人一緒にエレベーターで降りる。
さすがに階段で降りるには、ちょっと距離があるし。
それにしても、この沈黙が重い。
こないだの、鈴木さんと豊田さんの仲睦まじい姿を見せ付けられたとき以上。
永野と2人でいて、こんなの初めてだ。
だいたいいつも、オレか永野か、どっちかが話してんのに。
エレベーターの中で、2人、微妙な間。
あー耐え切れねーかも。
っつってもなー。さっきあんなクサイこと言っちまったしなー。
オレから声かけるの、躊躇われるよなー。
オレは、休憩室を出る直前の、自分が言った言葉を思い出す。
『オレ、がんばるからさ。お前からしたら今は全然仕事もできねーし、頼りないだろうけど、ちゃんと全部覚えるからさ。鈴木さんみたいになるからさ。そしたら、本当に、オレんとこ頼って来いよ』
あー。なんっつーこっ恥ずかしいことを言っちまったんだか。
もちろん、冗談のつもりはねーけど。
ちらりと横目で永野を見やった。永野のヤツ、全然こっちを見ねぇし。
さすがに今回は、永野にもオレが気をかけてること伝わったかな。
マーケティング企画部のあるフロアに着く。
オレが永野を探しに出たときのままだった。だーれもいやしねぇ。
オレと永野の席のあたりだけ、煌々と明かりが灯っていた。
「今日はもう帰るだろ?」
オレが問うと、永野は壁の時計を見た。
「うん、そうするよ。明日もあるし」
素直で大変よろしい。
ま、どっちにしても、未だやってくなんつったら、拉致してでも帰らせるつもりだったけどな。
「お前も電車通勤だったよな。駅まで送る」
「え? 別にいいよ。すぐそこだし」
おい、即答で断るな。
オレは、ため息をつく以外にない。
「お前なぁ、男が『送る』っつってんだから、『ありがとう』って素直に送られときゃいーんだよ」
永野が不思議そうな顔をしてオレを見ているのを感じながら、オレはパソコンをシャットダウンさせていった。
フロアを出て、ロッカールームの前で永野といったん別れる。
携帯電話を取りに行かなきゃなんねーし。
オレのロッカーは、出入り口近くにある。
また廊下に戻ったとき、まだ永野はいなかった。
とりあえず、携帯電話をチェックする。メールも電話も特に入ってはいないみたいだった。
「お待たせ」
永野の声がして顔を上げた。
「それじゃ、行くか」
オレは携帯電話をしまい、永野を促して歩き出した。
外に出てしばらく歩いた時、急に永野が立ち止った。
振り返ると、永野が俯いていた。
まさか、泣いてるんじゃねーだろうな……。
「永野? どうした?」
平然を装って、声をかける。
内心、すっげードキドキしてんですけど。
「浅倉」
「ん?」
「あの……『ありがと』」
言いながら顔を上げた永野は、あの時と――オレが一目惚れしちまったたときと――まったく同じ笑顔で。
あーヤバい、なんか顔が熱い。
ここでその笑顔は反則だろ。
永野に今のオレの表情を見られたくなくて、オレはまた前を向く。
「ま、気にすんな」
後ろで、永野が歩き出す気配がした。それが追いつくのを待って、オレもまた歩き始めた。
そして唐突に、オレは思いついた。
何で永野にお礼言われたのか、イマイチよくわかんねーんだけど。でも、せっかくのチャンスだ。使わせてもらう。
「そーだ、そんじゃ、お礼してもらおうかな」
我ながら、己の狡猾さに呆れる。
「はい?」
あ、永野のヤツ、明らかにうろたえてる。
まぁ、そりゃそうか。
突然、『お礼しろ』なんて言われりゃ、誰だって驚くわな。ヤクザじゃあるまいし。
ま、安心しろ。変な要求する気はねーし。ただ単に、お前を誘う口実が欲しいだけで。
その理由は何だってよかったんだ。
「――夕飯」
「え?」
「今週末、夕飯、一緒に喰いに行こーぜ。それでチャラ」
永野は驚いたようにオレを見て、そして笑いだした。
「なーんだ。お礼なんて言うから驚いた。じゃあ、金曜の5時までに、月末処理と鈴木さんの件が無事に終わったらね。なんでも好きなもの奢るよ」
オイオイ、条件出すのかよ?
「お? 言ったな? ぜってー終わらせてやる!」
「ホントにできるー? 鈴木さんのヤツ、ちょー難しいよ?」
「うっせー。浅倉大地様をナメんな」
っつーか、オレはお前とデートできるんなら、奢るとか奢らないとか、そのための条件とか、そんなのどーだっていいんだ。
永野がいつも使ってる電車の駅に辿り着いた。
なんとなく、離れがたい。
オレの独り善がりが、また、永野と一緒にいるための理由を勝手に作り出す。
「それじゃ、また明――」
バッグから定期を取りだしている永野の言葉を遮った。
「やっぱり、オレもここから帰るわ」
永野が僅かに眉根を寄せる。
「路線違うじゃん」
「いや、お前の降りる駅の2つ先で降りたら、そっから歩いて帰れるんだよね、オレん家。最寄駅じゃないってだけで、この路線でも結構近いんだよな」オレはICカードを取りだした。「行こーぜ」
これ以上永野が文句を言わねーように、オレは永野を促し、改札口を通った。




