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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第2章 - 5/25
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side Daichi - 12

永野はオレの方を見ないまま、手に持っていた紙コップを口に付けた。

コーヒーか。

オレの中で、悪戯心が芽生える。

「何飲んでんの?」

オレは、永野から紙コップを取り上げた。

「あっ」

永野が声を出して抵抗したが、そのときには既に、オレは紙コップに口を付けていた。

口の中に、甘い液体が流れ込む。

途端、噴きそうになるのを何とか堪えた。オレはすぐに唇を拭う。

「ッ!? なんだ、これ? 甘っ!」

紙コップの中を確認する。

何だ何だ何だ?

少しとろみのある赤茶色の液体が、紙コップの半分くらいを占めていた。

「何って……ココア」

「ココアだぁ?」

「血糖値が足りなくなっちゃって」

「お前、そういうことはもっと早く言え。オレが甘いの苦手だって知ってんだろ?」

「私が言う前に、浅倉が勝手に飲んじゃったんじゃん」

確かにその通りだ。

うぇ、未だ口ん中が甘い。気持ち悪ぃ……。

オレは永野に紙コップを返した。そのとき、一瞬だけ、指先が触れる。


その途端、永野の表情が硬直した。

ん? どうした?

静電気か?

永野は、ぼーっとしたまま、手の中にある紙コップに口をつける。

あれ?

「珍しいな」

つい、口に出して言ってしまっていた。

「何が?」

「永野、いつもペットボトルとかをオレが勝手に飲むと、その後絶対に、口付けねーか拭くかするだろ? あれ、実は結構傷ついてるんだよね、オレ的には」

「――ッ!!」

今度は永野が咽返る。

永野があまりに苦しそうで、オレは背中をさすってやった。

咳はなかなか治まらないのに永野が言う。

「ん、ありがと、もう、大丈夫だから」

いや、全然大丈夫そうじゃないけど。

まだゼイゼイしてるじゃねーか。

「無理すんなって」

「大丈夫だからッ!」

永野がオレの手を撥ね除けた。


そんなに、嫌だったのか?


呆然とするオレを尻目に、永野は素早くソファから立ち上がった。

「私、もう戻るよ。未だやらなきゃいけない仕事がたくさんあるし」

そう言いながら、靴に足を通し、床にとんとんと打ちつけて履く。

そのまま、オレの方を見向きもしないで去ろうとした。


逃げるのか? 何から? ――オレから?


オレの中を、何かが貫いた。


「ッ、ちょっと! 浅倉?」

永野の声にハッとする。

怯えた瞳が、オレを見ていた。

オレは、永野の腕を掴んでいたことに気づく。しかも、結構強い力で。

永野が苦しそうにもがく。

違う。オレはお前にそんな顔をして欲しいんじゃねーんだ。

オレは、ただ単に――

深く、息を吐き出した。

まず、オレ自身、落ち着かなきゃなんねぇ。

「お前さぁ、無理しすぎじゃねぇの?」

やっとの思いで、それだけ言った。

永野が、抵抗を止めた。


オレから、逃げようとしたわけじゃない。

オレを嫌っているわけじゃない。

それがわかった。心底、ホッとする。


オレの手の力も、自然と抜けて、永野の腕を離した。

同時に、オレの中でもう一つ確信が生まれる。


永野はいつもかなり無理してるんだ。

ギリギリで緊張の糸が切れちまいそうなくらいなのに、それを悟られまいとして余計に無理してる。

あんだけ人に頼られちまってるせいで、弱みを見せられなくなってんのかもしれねー。

だとしたら。

オレは、永野に何をしてやれる?


永野が、目を見開いたままオレを見ている。

オレはゆっくりと、永野に語りかけた。

「無理だったら無理って、大丈夫じゃなかったら大丈夫じゃないって言えよ」

永野は何も言わない。

「オレの前でくらい、肩の力抜いてくれてもいいんじゃねぇの?」

「でも……」

「『でも』じゃねーの」

永野が俯く。オレは、できるだけ優しい口調で続けた。

「仕事じゃ未だ全然頼りにゃなんねーだろうけど、なんか体調がおかしいときとか、不調なときとか、そんくらいならオレでもちょっとは役に立てると思うんだよね」

永野がゆっくりと顔を上げた。

それを見て、オレはホッとすると同時に、どきりとする。

涙目っていうわけじゃないが、なんか、瞳が濡れたように艶を含んでいた。

またオレの中でさっきの何かが暴れ出す。それを悟らせたくなくて、わざとおどけた調子で付け加えた。

「ほら、オレ一応、お前の同期だし?」

永野が遠慮がちに口を開いた。

「――あ、浅倉?」

「ん?」

「さっきはごめん」

「別に。気にすんな」

「もう取り乱したりしないから、安心していいよ」

永野にとっちゃ、あれでも『取り乱す』の内に入んのかね。

っつーか、オレの言いたいこと、全然伝わってないじゃん。

オレを頼れっつってんのに。

永野らしいっちゃ永野らしいけど、萎えるよなぁ……。

「浅倉って、優しかったんだね」

永野の言葉に、オレのモチベーションがあっという間に回復する。

「知らなかったんか? ったく、気づくのおせーよ」

なんでこー、オレは、永野には弱いのかね。

「――帰るか」

オレが言うと永野も「そうだね」と言った。

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