side Daichi - 11
「あ~あ。私、男に生まれたかったなぁ」
永野はそう言いながら、乗り出していた身体をソファーに戻した。
理性が持ったことへの安心と、永野との距離が開いてしまった寂しさとが、オレの胸の中をせめぎ合う。
おまけに、『男に生まれたかった』って……。
オレの気持ちはどーなる。
もしかして、お前にとってオレのこの気持ちは、迷惑でしかないのか?
オレは、こんなにもお前を想ってるのに。
なんか、ムカつく。
「そぉか? オレはお前が女でよかったって思ってるけど」
「なんで?」
「っつーか、そうじゃねーとオレが困るし」
ここまで口走って、オレははたと気付く。
――ヤバい。
無意識だった。
「は?」
案の定、永野は訝しげにオレの方を見る。
『永野が女じゃないと困る』って、オレが永野のこと意識してるって言ってるよーなもんじゃねーか。
オレは永野から、顔を逸らせた。
「オレ、お前に勝てそうにねーもん」
苦し紛れに呟いたオレの言葉に、永野が何故か笑いだした。
「ぷっ……あっはははは、何それ!?」
お腹まで抱えてやがる。そんなに変なこと言ったか、オレ?
「くっくっくっ、お腹痛い……。確かに、浅倉が『カッコイイ』って言ってくれるほどだから、私が男だったら、浅倉よりモテたかもね」
あぁ、そういう解釈したわけね。
オレ、自分がモテるなんて思ってねーんだけどな。まぁいいか。
「そんなに笑うなっての」
オレはそう言って身体を起こすと、今度は前屈みになり、膝の方に体重をかけた。
オレの視界から永野の姿が消える。
休憩室の中は、夕日のせいで、何もかもが茜色だった。
哀愁を帯びた休憩室。
なーんか、切ないじゃん?
今のオレの気持ちそのものみてーだ。
さっきので、オレの気持ちがバレたかと思ったんだけど……やっぱり気付かねーか。
多分、コイツの中で、『浅倉大地は永野香蓮のことを女として見てない』ってことにされちまってるんだろうなー。
一目惚れしたときは、まさか5年後も未だ片想いしてるとは思わなかった。
ずっと永野のこと見てんのに、全然気づいてもらえねーし。
この先に踏み出したいオレと、今の関係が崩れそうで踏み出せないオレ。
あー、オレってヘタレ。
こんな近くにいんのに。触れられもしねー。
オレは、目だけで永野の方を振り向いた。
何故か、永野の方も、オレを見ていたらしい。
目が合った。
差し込む夕日の光が、永野の瞳をきらきらと輝かせる。
心なしか、頬も染まってるように見える。
少しだけ開いた唇が、何かを請うているようにも見える。
めちゃくちゃ、キスしたい。
いや、待て待て待て待て。そう都合よく解釈するな、オレ。
っくそ。なんでお前は今日に限って、そんな可愛い顔するかな……。
そんな顔されると、男は変な期待しちまうだろ?
オレの身体の奥の方で、何かが落ち着きなく暴れ出す。
もし今、永野にオレの気持ちを伝えたとしたら、永野はなんて答えるだろう。
多分、大笑いして、冗談はやめてって言うんだろう。
鈴木さんのこともある。
仕事のこともある。
正紀や武田さんのこともある。
だから、できない。
あと何歩くらい進めば、オレは永野に気持ちを伝えられるだろう。
――ったく、このお嬢さんは……。
オレが今どんな気持ちかでここにいるのかなんて、考えもしねーんだろうな。
そう思ったら、なんか肩の力が抜けた。
永野が、はっとしたように身体を動かした。
「そ、そーだ。浅倉、何でこんなところまで来たの? 何か用があったんでしょ?」
「あぁ、書庫にね、ちょっと資料を探しに」
永野の質問に対して、咄嗟にオレの口から出て来たのは嘘だった。
自分でも呆れる。
素直に、お前が心配で探しに来たって言っときゃいーのに。
「でも、欲しかった資料は、もう残ってねーんだってさ。で、せっかくこの階まで来たし、どうせなら街を見下ろしながら休憩しようと思って休憩室に寄ってみたら、お前がいたってワケ。電気もついてねーし、まさか人がいるとは思わなかったから、マジで吃驚した。そういや、お前こそ、なんでこんなとこにいんの?」
何気なく聞いたつもりだったのに、永野がなんか焦り出した。
オレ、聞いちゃいけねーこと、聞いたのか?
「別に……ちょっと疲れたから、静かなところで休みたくなっただけ。この階の休憩室、いつもほとんど人がいないからさ」
いつも?
「その言い方だと、結構頻繁に来てんだな」
「そうでもない、と思う」
「ふーん……」
オレは永野を見返した。
永野がオレから顔を逸らせた。
きっと、なんか後ろめたいことがあるんだな。
あ、もしかして。
ときどき席を空けるのは、ここに来てるからなのか?
確かに、あんだけ部署で頼られっぱなしじゃ、息もつきたくなるよな。
でもコイツの性格からして、みんなの前でそういうとこは見せたくねーはずだ。
それで……。
だからって、わざわざこんな所まで来なくてもいいだろーが。
永野は、相変わらずオレとは目を合わせず、窓の外の方を見ている。




