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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第2章 - 5/25
19/92

side Daichi - 10

最上階でしたみたいに、オレはそっと休憩室のドアを開けてみた。

ま、誰もいねーだろうけど、一応。

そう思っていたのに、中に人影を認めた。

オレがよーく知ってるヤツ。

コイツだけは、絶対に見間違えたりしねー。


「あれ? 永野? こんなところにいたんか」

オレは言いながら、休憩室の中に入った。

永野は、壁際に並んだ一人掛けソファの一つに、寝そべるように座っていた。靴を脱いでいる。

疲れの見えていたその表情が、オレの姿を捉えて驚きに変わった。そして次に、苦笑へと変わる。

「なぁんだ、浅倉か。部長かと思って一瞬焦った」

「部長はとっくに帰った。それに、あの人はこんなところまで来ねーだろ。いつも難しい顔でパソコンの画面見てるだけだし」

ホント、いいご身分だよな。仕事は部下にやらせて、注文だけは付けてくる。

鈴木さんが言うには、その指摘が非常に参考になるらしいんだけど、どうもオレには信用できねー。

「こー、眉間に皺寄せて、でしょ?」そう言って、永野は自分の眉間にも深く皺を寄せ、指差して見せた。「言えてる。浅倉、よく見てるね」

永野が笑った。

まったく、表情のよく変わるヤツだ。見てて飽きねー。

「まーな。開発部と全然雰囲気が違うから、面白くってつい観察しちまう」

これは嘘でも何でもない。実際に、そうだ。

初めは、開発部との雰囲気の差に興味を持って観察(?)し始めたけど、今は人対人の関係性が面白いと思うようになった。

注意して聞いてると、会話の中に、微妙な勢力図とか、本音と建前の差とかが見えてくる。

開発部にいたときは、そんな経験味わえなかったし。

プログラム書いてたって言うのもあるのかもしれねーけど、パソコンに一方的に話しかけてる気分だったしなー。


オレは、永野の隣のソファに座り、背当てにもたれかかった。

休憩室のソファは、座り心地がいい。ほっとする。

隣から、ぎしりと軋む音がした。見ると、永野がオレの方に身を乗り出している。

その姿に、オレの心は休まるどころじゃなくなった。

手を伸ばせば、簡単にオレの腕の中に収まってしまいそうな距離。


だー! もー!!

とことん無防備なヤツだな、お前は……。

いくら会社とはいえ、今、ここに、2人っきりなんだぞ?

お前は自分のことを『女』って思ってないかもしれねーけど、相手もそう思ってるとは限らねぇっつーの。

頼むからもっと自覚してくれ。


「私、開発のフロアって1回しか入ったことないんだ」

永野が話しかけて来た。

その目がイタズラっぽくくるりと動く。

持てよー、オレの理性!

「マジで? いつ?」

「入社直後の研修のとき。人事部の人がこのビルの中を案内してくれたじゃん? あのときが最初で最後」

「あーあのときね」

「そんなに違う? もう5年も前のことだから、ほとんど忘れてるんだよね」

そりゃ、忘れてて当たり前だ。

「なんっつーか、開発ってもっと異様な感じ? みんな無言でじーっと画面見ながらキーボード打ってんだぜ? 女の子もほとんどいねーし」

もっと広く見れば違ったのかもしれねーけど、少なくとも、オレの周りはそうだった。

別に、女の子が絶対に欲しいとは思わねーけど、華はなかったよな。

永野が、感心したように相槌を打つ。

「なーんかね、あのフロアってIDで入退室の管理もされてるし、用のない人間が気易く立ち入れない感じが漂ってるんだよね。エレベーターの扉があの階で開くと、すっごい構える」

「確かに、あの雰囲気じゃ、他の部署のやつらは寄りつかねーよな」オレは開発のフロアを思い出しながら答えた。「でもさ、正紀のヤツ、『その方が静かで仕事が捗る』とか言うんだぜ?」

「でも、その通りじゃん」

「確かにそーなんだけどさ、少しは女の子がいた方が、モチベーションが保てるじゃん?」

――って、先輩がよく言ってたよな。

「『じゃん?』って言われても知らないよ。私は女なんだから」

嘘だ。

お前は自分で『女』だって言う割には、全然それを意識してねー。

っつーか、自分が女だってことをわかってねー。

「はいはい、そーでした。スミマセン」

「そーだよ。何度も言わせるなっての」永野が笑った。「まぁ、そういうことならちょうど良かったじゃん。知ってる? 浅倉が異動して来てからマーケティング企画部のフロア周辺に来る女子社員が、すっごい増えたんだよ?」

は?

何言ってんだ、コイツ?

あれって、鈴木さんファンだろ?

「なんで?」

「浅倉が来たからでしょ」永野は当たり前と言うがごとく、さらりと言った。「前は鈴木さん目当てだった人が多かったけど、鈴木さんはもうすぐ結婚しちゃうし」

「なんだそれ? オレは動物園のパンダかよ」

「浅倉って、部長とか部署メンバーのことはよく見てるのに、あの子たちのこと気づいてなかったわけ?」

「何が?」

永野が何を言ってるんだか、さっぱりわからねぇ。

大体、『あの子たち』って誰だよ?

「浅倉のことが好きだったり憧れてたりして、見に来てるんだよ、女の子たちが。今日、万里ちゃんも高田さんも言ってたでしょ? 『強力なライバル』とか『怖いお姉様方』とか」

オレは、朝のことを思い出した。確かに2人ともそんなこと言ってたな。

でも、万里さんの言ってた『強力なライバル』ってのは、多分、お前のことだぞ?

っつーことは、何? 『怖いお姉様方』の方?

こえー。それはオレも勘弁。

「確かに、ほとんどの人は害がないから放っておいてるんだけど、中にはちょっと厄介な人もいてさ、私なんか、睨まれるんだよね。必要以上に浅倉に近づくなって……」

「ちょい待ち」

聞き捨てならない言葉に、オレは口を挟んだ。

睨まれてる? 永野が?

「今のって、マジで?」

オレが聞くと、永野は頷いた。

知らなかったとはいえ、オレは項垂れるしかない。

「そっか。知らなかった。ゴメンな」

「いいよ、別に。全然気にしてないし。ま、気は使うようにしてるけど。あの感じじゃ、そのうち誰かが告白してくるよ。覚悟はしときなよ」

何の覚悟だよ。

んなの、断るに決まってるっつーの。

名前どころか、存在すら知らねーようなヤツ、初めから眼中にねーよ。

「どーだか。オレはお前の方がよっぽどカッコイイと思うけどな」

「素直に喜べないなー」

永野が苦笑した。

「褒めてんのに」

「浅倉が言うと、全っ然そんな風に聞こえない」

「オレって信用ねぇのな」

オレはそう呟くと、頭を掻いた。

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