side Daichi - 9
眩しさを感じて、オレは顔を上げた。
原因は、窓からの西日。
窓のサッシに反射して、オレの目を直射していた。
オレは、立ち上がり、窓に寄る。ブラインドを下ろして、明るさを調整した。
こんなもんかな。ちょっと暗いか?
ま、フロアの照明があるから、なんとかなるだろ。
席に戻ろうと振り返ったときに、時計が目に入った。
18時半。もうこんな時間か。
あっという間に夕方だ。
仕事が忙しいと、時間が経つのが早い。
フロアには、もう人がまばらだ。
フレックス制の会社っつーのもあって、ほとんどのヤツがとっくに帰ってる。
マーケティング企画部には、もうオレと永野しかいねーし。
あの鈴木さんでさえ、結婚式が近くて準備が大変だとかで、最近はほとんど残業せずに帰ってるもんな。
そりゃオレだって、早く帰れるもんなら帰りてーよ。
でも、未だ仕事があるんだよなぁ……。
オレはまたパソコンに向かった。
目の前には、たくさんの資料と、今日ほとんど一日中開きっぱなしのプレゼンテーション・ソフトのファイル。
木曜日の昼までに終わらせねーといけない件。
自分から引き受けちまっておいて、今さら言うのがカッコわりぃのは百も承知なんだけど、実は、甘く見てた。
でも、白井にもらったファイルを見て、要求されてる完成レベルが、オレの考えてた程度よりも遙かに上だと知った。
永野のヤツ、あんなにたくさんの仕事抱えながら、毎回こんな精度の高い資料作ってんのかよ?
アイツの頭ん中、どーなってんだ? ったく。
そういや、永野。
ちょっと前にふらっとどっか行っちまったっきり、全然帰って来ねぇな……。
オレは、今日の出来事を思い出す。
万里さんのあの反応は、多分、オレに気を使ってくれてたんだろう。オレのことすっげーチラチラ見てたし。
新入社員だっつーのに、よく周りを見てる。空気読めるんだろうな。
それに比べて高田さんは、全然気づいてない風だったけど。おかげで、永野が変な方に納得しちまってたし。
そういや、永野のヤツ、昼休みにオレに『彼女作らないの?』って言ってきやがったんだっけ。
なんか触発されたのか?
っつーか、お前が言うな、お前が。
彼女いねーのは、お前のせいだっつーの。
いやー、あん時は、ちょっと焦った。
「『彼女にしたいってヤツが』できたら、そんときは考える」って言うつもりだったけど、まぁそんなことはどうでもいい。
あーあ、永野の弁当食ってみてー。
そういや、アイツ、料理とかできんのかね?
オレは椅子の背に体重を預ける。
そのまま、重さに任せて頭を背中側に倒すと、壁にかかった時計が、上下逆さまに見えた。
既に、さっきから15分も経っていた。
もちろん、仕事は一文字たりとも進んじゃいない。
あークソッ、集中できねー。今日はもぉ帰ろうかなー……。
「お疲れさまです」
オレに向けたらしい声がかかった。
身体を起こしてその声の主を見る。
同じフロアの別の部署の人。オレにとっちゃ大先輩くらいの年齢の人だ。
「あ、お疲れ様でした」
「君、もうこのフロアの最後みたいだから、戸締りよろしく」
声の主はそう言って、ちょっと申し訳なさそうに会釈して、フロアから出て行った。
あ、オレと永野が最終退出者なワケね?
右隣の席に視線を移す。
相変わらず、空のまま。永野が戻ってくる気配はない。
このままオレが帰るわけにもいかねーよな。
しゃーねぇ。探しに行くか。
オレは椅子から立ち上がった。
――心配だし、な。
とりあえず、同じフロアの休憩室に行ってみた。
誰もいない。
ここじゃねぇみてーだな。
でも、他に永野の行きそうなトコってあんのか?
全然見当がつかない。
そういや、永野ってたまに、30分くらい席外すことあるんだよな。
どこに行ってんだろ。
そんなことを思いながら、オレはエレベーターへ向かった。
上へ行くボタンを押して、エレベーターが来るまで待つ。
ポーンという音がして、扉が開いた。
目的の階を押すのに、手が宙で迷う。
最上階から、順に探しながら降りるしかねぇか。
オレは、『書庫』と書かれた一番上の階を指定した。
扉が閉まり、エレベーターがオレを上の階へと運んで行く。
内臓が一瞬ふわってなるあの感触の後、エレベーターの扉が開いた。最上階に着いたらしい。
このオフィスビルは、オレたちが働いている会社の物件で、各階がほとんど同じ構造をしている。
だから普段歩き慣れていないような階であっても、いつもの勘がある程度働く。
それを頼りに、オレは最上階の休憩室に向かった。
休憩室の中から、人の気配がする。ここにいんのかな?
オレは、そっとドアを開け、中を見渡した。
中には4~5人の社員が、それぞれ思い思いの方法で休憩を取っている。
窓の外の眺めがいいらしく、ほとんどの人が、窓際にいた。
でも、永野の姿はない。
ここでもねぇか。下の階、行ってみるかな……。
オレは休憩室を出て、階段に向かった。
1フロア分くらい、階段を降りた方がエレベーター待ってるよりも速いだろ。
階段の手すりに手をかけ、遠心力で身体を反転させる。そのまま、オレは階段を駆け降りた。
1つ下の階の休憩室からは、最上階の休憩室とは違って人の気配がしない。
電気も点いてねーみたいし。まぁ、未だ電気点けなくても明るいけど。
永野、ここにもいなさそうだ。すっげー静かだし。
ま、一応、覗いては見るか。




