side Daichi - 8
マーケティング企画部への異動が決まった時、この製品のプロジェクトはちょうど終盤を迎えたところだった。
そこで手を引くことになっちまったから、なーんか不完全燃焼な感じだったんだよな。
この仕事で、形は違うけど、またこのプロジェクトに係わるんだ、オレ。
開発のときに最後までできなかった分、がんばらねーと。
「そーよ。でもそのプレゼンを通さないと、世に出ないけどね」
そーゆー事言うなよ、永野。
「そりゃ困る。相当苦労したんだぜ?」
「じゃあ、もう一頑張りしてその資料を完璧に作りなさいな。そのラフ見たらわかると思うけど、鈴木さんも相当いろんな方面に対して骨を折ってくれてるみたい。その商品に期待してるんだと思う。浅倉が開発したなら、それに応えなきゃねー」
永野の言葉が、オレのやる気を後押しした。
言われるまでもねー。
永野も面白そうな製品って言ってくれてるし、ここは気合い入れねーと。
鈴木さんも絡んでるって言うなら、余計に、だよな。
永野はオレの机の上の書類をテキパキと仕分けている。そして、自分の処理するべきものだけを抜き出すと、席に戻っていった。
オレは、とりあえず、鈴木さんが作ってくれたっていう資料の中身を確認することにした。
いかにも鈴木さんらしい字が並ぶ紙をめくっていく。
製品のコンセプト、PRポイント、使い方の提案、どんなデモが効果的か。
それに加えて、役員さんたちに対して、どういう順番でどんな角度からプレゼンを展開していくか、事細かく記されている。
すげー。
このプロジェクトの情報、ほとんど全部網羅してるじゃん。
オレの知らないことまで書いてあるし。
どっからこんなこと調べて来たんだろ。
――こりゃ、当分、鈴木さんには追い付けねーな。
んで? オレが作るプレゼン用の資料は……と。
げ。予想以上に難しいかも。
さすが鈴木さんっつーか、なんっつーか。
作らなきゃなんねーのは、プレゼンテーション・ソフト用のスライドショーと、紙面で配布するA4サイズの資料が5枚。
しっかし、中の数値データの半分以上は、自分で調べなきゃならんのね。
安請け合いすんじゃなかったなー。
永野、木曜の昼までに完成させろっつってたよなー。
ま、引き受けちまったもんはやるしかねぇか。
今更引き下がりたくもねぇし。
オレはパソコンに向かう。
スクリーンセーバーを終了させると、新着メールのアイコンが見えた。
ん? あれ? 白井から? 珍しい……。
メールを開く。
『白井です。お疲れ様です。余計なお節介なのは承知ですが、以前、永野さんと僕で作ったプレゼン資料のファイルをお送りします。ほとんど永野さんが作ったものなので、参考になると思います』
添付されていたファイルを開くと、スライドショーとワープロソフトのファイルだった。
確かに、具体的な完成イメージがあるのとないのとじゃ、捗り方が全然違う。
白井のヤツ。
オレは白井の方を見やった。白井は何食わぬ顔で作業を進めている。
『サンキュ。助かった。今度何か奢る』
オレは返信し、早速プレゼンの資料作りに取り掛かった。
どれくらい経ったか。
「あのぅ…永野さん、ちょっといいですか?」
そう、永野に声をかけて来たヤツがいた。またか。今日は誰だ?
オレは手を動かすのを止めないまま、横目でちらりと声の主を見る。
新入社員の万里さんだった。すごく申し訳なさそうに、永野の隣に立っている。
「ん? 万里ちゃん、どした?」
永野のいつもの声だ。
みんなが永野を頼って、聞きに来る。
彼女はどんなに忙しくても、自分の手をいったん休めて、相手の話を聞く。
それを見てるオレの方が、なんかイライラすんだよな。
っつーか、万里さんも、聞きたいことがあるなら高田さんに聞け。
お前のOJT担当は、永野じゃなくて高田さんだろーが。
「この部分、ちょっとよくわからなくって」
「これ? 高田さんには聞いた?」
「えぇ……」
あ? 聞いてんじゃん。じゃあなんで永野に聞く?
「永野さん、すみませーん。ちょっと私も自信なくって。永野さんにもチェックしていただいた方が確実かなぁって」
高田さんが苦笑いで言う。
お前なぁ。仮にもOJT担当者だろーが。
教えるべき人間が知らなくてどーすんだよ。
「もー、しょうがないなぁ……」
永野がそう言いながら立ち上がる気配がした後、すぐにキャスターの音がした。
どうやら椅子を持って来たらしい。
「万里ちゃん、ここ座って? 高田さんもこっち来て一緒に覚える」
ガタガタと2人が座る。
「この処理はね――」
永野が説明を始めた。
紙の音がするから、図を書きながら説明してやってるんだろう。
確かに、永野の説明は分かりやすい。
きちんと理解してるヤツの描く図は分かりやすいからな。
それにしても、永野もお人好し過ぎなんだよ。
今週は、自分の仕事だけで手いっぱいなはずだろうが。
人の分まで気にかけてる余裕なんかねーはずだろ?
お前も、もうちょっと人を頼れよ。鈴木さんでも、部長でも、武田でも、河合でも、別に誰でもいいから。
仕事だって、何でも引き受けるんじゃなくて、断り方も覚えろ。お前に仕事押し付けて、楽してるヤツら見てると、オレが怒れてくるんだよ、なんか!
お前が笑顔でいろんなお願い引き受けてんの見てると、こっちが辛くなるっつーか……。
――オレにもうちょっと力があれば、オレがもうちょっと経験を積んでいれば、永野を手伝ってやれるのに。
今のオレじゃ、負担にしかならねぇ。
オレの手が、あまりにも小さい。
それが、歯痒い。




