side Karen - 8
お昼を告げるチャイムが鳴り、私は椅子の上で両腕を上げて伸びをした。
結局、午前中は、机の上の書類を仕分けしただけで終わってしまった。
あの後、課長に提出する前にお願いします、と白井君にも仕事のチェックを頼まれてしまって。
見ると、やっぱり未だミスがあるんだよね。
付箋にヒントを書いて白井君に渡した直後、今度は先輩からのヘルプコール。
社内ツールの操作方法がわからないから手伝ってくれと頼まれてしまった。
お陰で、ようやく自分の席に戻ったのがもう11時半を回ってたんだよね。
まぁ、仕方ない。仕事だし。
「永野、食堂行くんだろ?」
立ち上がりながら私にかけた浅倉の声に、私は頷いた。
ランチは、同期4人で食堂に行くのが習慣。
本当はお弁当を持ってきてもいいんだけど、この会社の食堂は安くて美味しいんだ。
翔のことを考えると、自分だけズルいかなぁとも思うけど、
「香蓮、いつも夕飯を多めに作るだろ? それを弁当箱に詰めて持ってくからいいよ。タダでさえ家事ほとんど全部やってもらってるんだし、それくらいは自分でやるよ」
という翔の言葉に甘えてしまっている。
たまに、夕食の残りだけじゃ足りないときだけ、朝早く起きて、翔の分とついでに自分の分のお弁当を作ることにしている。
食堂に着くと、券売機前には既に長蛇の列ができていた。
しまった、ちょっと出遅れたかな。
列の最後尾に浅倉と並んだ。
「そういえば、浅倉って、いっつも食堂だね」
「あぁ。ここ、安くて旨いじゃん」
私と同じ理由か。
「お弁当作ってくれるような彼女いないの?」
「今んトコいねーよ?」
あ、なんだ。結局、彼女いないんじゃん。
「作ればいいじゃん、彼女」
「彼女がいたとしても、弁当は同棲とかしなきゃ無理だろ。それに、弁当作ってくれるとは限らねーし」
「そういえばそうだ」
「オレにだって選ぶ権利くらいあるだろ? それに、彼女にしたいってヤツが――っと、おい、永野、番が来たぞ」
浅倉が何かを言いかけたとき、タイミング悪く順番が回ってきてしまった。
何を言いかけたんだろ?
『彼女にしたいってヤツが』いるってこと?
後ろから、イライラした足音が聞こえてきた。足のつま先を細かく床に打ちつけている音。
はっとする。
私は、どうやら、券売機の前でメニューを眺めたまま、ぼんやりしてたみたい。
少し迷って、鰹のたたき定食に決める。今、旬だもんね。
私は、トレイを持って、食堂の一角にあるいつもの席に向かった。
「香蓮、お疲れー」
真由子がにこにこしながら、椅子を引いてくれた。
その笑顔、癒されるなぁ。
四角いテーブルを囲むように4人で座り、食べ始めた。
食事をしながら、他愛もない会話で盛り上がる。
みんなの食事が終わった頃、真由子がバッグからタッパーを取り出した。
「じゃーん。今日は、食後のデザート持って来たのよ」
中に入っていたのは、アメリカン・チェリー。瑞々しく紅い大粒の実が、たくさん詰まっていた。
「うまそうだな」
「ありがとう、武田さん」
真由子は、食べて食べて、とテーブルの中央にタッパーを置いた。
「ビタミン補給にもなるのよ。お肌にもいいし」そう言いながら、真由子は一粒摘むと私の口に運んた。「はい、香蓮も食べてね。せっかく綺麗な肌してるのに、全然ケアしてないなんて信じられない」
事実だから反論もできない。私は苦笑交じりにチェリーを噛む。すると、甘い果汁が染み出て来た。
「あ、美味しい」
「でしょー。今が旬だもの」
真由子は笑顔でそう言うと自分でも一粒食べた。
真由子が持ってきたアメリカン・チェリーは本当に美味しくて、4人で手を伸ばすものだからどんどん減っていく。
「アメリカン・チェリーの季節ってことは、もう梅雨かぁ」
河合君がタッパーから摘み取ったチェリーを、くるくると回しながら言う。
「さくらんぼが美味しいのは嬉しいけど、雨は嫌だね」
「梅雨が明けたら、今年こそ蛍見に行こうぜ? 去年は行けなかったし」
「いいね、それ」
「鈴木さんの式の後くらいか?」
「そのくらいが時期としても良さそうだな」
「レンタカーでも借りる?」
「賛成」
「そう言えば、こないだのサークルのとき、香蓮と浅倉君、鈴木さんに呼ばれてたよね? あれ、何だったの?」
真由子が聞いてきた。
「あれ? 別にたいしたことじゃねーよ? 2人で披露宴の受付してくれないかってだけ」
「へぇ、そうだったんだ」
「香蓮、OKしたの?」
「うん。断る理由もないじゃん? 浅倉もOKしたし」
「そう言えば、今回のって披露宴とは言っても会費制の飲み会だよね? 何を着ていけばいいんだろ?」
「オレは受付やるから一応スーツにするつもり」
「だよねー。やっぱりちょっとフォーマルな方がいいよね。なんか会場も飲み屋さんじゃないみたいだし。私はワンピースを着ていくつもりなんだ。香蓮は?」
「私? 未だ決めてない」
「さすがにその日は化粧しろよ?」
「もーうるさいなぁ」
気の置けない仲間と過ごすのは、自然と笑顔になれて、とっても心地いい。
でも、楽しい時間はあっという間に終わるもの。
無常にも予鈴が鳴り、私たちはそれぞれの部署へと戻った。
午前中何もできなかった分、午後はがんばらないと。




