side Karen - 7
「あのぅ…永野さん、ちょっといいですか?」
「ん? 万里ちゃん、どした?」
窺うような声で私に声をかけたのは、万里ちゃん。今年の新入社員だ。
私にもこんな時代があったのかと疑いたくなるほど、万里ちゃんは初々しい。
「この部分、ちょっとよくわからなくって」
「これ? 高田さんには聞いた?」
「えぇ……」
万里ちゃんは居心地悪そうにチラリと高田さんの方を見た。
「永野さん、すみませーん」デスクの向こう側から、高田さんの声がした。「ちょっと私も自信なくって。永野さんにもチェックしていただいた方が確実かなぁって」
高田さんは私の1期下の後輩ちゃん。
万里ちゃんのOJT担当なのだが、どうも未だ業務知識に穴がある。
『ただ処理をこなしている』と言う感じで、『なんでその処理が必要なのか』がわかっていないとでも言えばいいのかな。
「もー、しょうがないなぁ……。万里ちゃん、ここ座って? 高田さんもこっち来て一緒に覚える」
私は手近な椅子を二つ横に並べた。
高田さんが、照れ隠しなのか、えへへと笑いながら側に来る。
さすがに、手にはメモ帳。
それを見て、万里ちゃんも「あっ」と小さく言い、急いでノートを持ってきた。
私自身も、裏面の白いミスコピー紙とペンを用意する。
「この処理はね」
私は解説を始めた。
まずこの処理の目的。これが頭に入っていないのに、業務手順が理解できるわけない。
2人の中で処理目的がハッキリしたのを確認してから、大雑把な業務の流れの説明に移る。
業務というのは、必要だから発生するのであって、発生するにはそれなりの意味がある。
だから、その意味を考えれば、その業務は理解できるはず。
――というのが私の持論。
あくまでも私の、だけど。
「えっ、ここで資材部が絡んでるんですか?」
業務の流れの説明の中盤で、高田さんが目を見開いた。
「そーよ? 社内の購買関連は、全部資材部さんがやってくれてるでしょ?」
「そう言えばそうですよね」
「全然知りませんでした……。資材部さんとは全然関係のなさそうな業務なのに」
私の書いた解説画を見ながら、万里ちゃんも呟く。
「でも、会社って組織で動いてるから。一見関わりがなくても、いろんなところでいろんな部署と繋がってるんだよね。意外と多いよ、そういうこと」
高田さんと万里ちゃんが頷く。
私は説明の先を続けることにした。
「ありがとうございます。勉強になりました」
ようやく説明が終わり、私はペンを置いた。どうやらわかってもらえたらしい。
「私もです。やっぱり永野さんはすごいですね」
いや、高田さん、あなたは感心してる場合じゃないから。
「背が高くて、凛としてて、仕事もできて。永野さんが男だったら、私、絶対に惚れてます」
って、万里ちゃん、イキナリそんな愛の告白めいたことをされても……。
「ありがと。でも残念だけど、私、そっちの気ないよ?」
「だから、永野さんが男だったらって話ですよぉ。永野さんみたいにカッコいい男の人、どこかにいないかなぁ」
今からでも男になれるんなら、私だってそうしたいよ。
「コイツは?」
私は浅倉を指差した。
少なくとも万里ちゃんの言う『背が高い』と『仕事ができる』は当てはまる。世間一般的に言う『カッコいい男の人』には該当しそうだ。
「浅倉さん……ですか?」万里ちゃんは明らかに困惑している。「えっと、浅倉さんって、そのぅ、彼女さんがいらっしゃるんじゃ…ないんですか?」
「そうなの? 知らない」
本当に知らないんだよね。やっぱりいるのかなぁ?
「え? あっ、あのっ、でもっ、浅倉さんも素敵ですけど、強力なライバルさんがいらっしゃいますから」
「そうそう、他部署のお姉様方が怖いしねー」
高田さんが小さい声で横槍を入れた。
やっぱり、高田さんも同じこと思ってたんだ。
万里ちゃんが、何かに気づいたように俯いた。
どうしたの、と声をかけようとしたら。
「お前なぁ、本人の目の前で好き勝手話してんじゃねーよ」
「痛っ!」
何かが私の頭を叩いた。振り返ると、浅倉が書類を丸めた物を手に仁王立ちしている。
「はい、2人とも、理解したら自分の仕事に戻って仕事の続き! あ、座ってた椅子は元のところに戻しとけよ」
浅倉がテキパキと指示を出し、2人は苦笑いで席に戻っていった。
入社して、いつの間にか5年目。
私も、今年で27歳になる。
そして気がついたら、マーケティング企画部の中で、鈴木さんの次の古株になってしまっていた。
私より年長者もいるけど、他の部署から異動してきた人ばかりでマーケティング企画部歴は私より短い。
鈴木さんが教えてくれないわけじゃない。むしろ、相手が理解するまで丁寧に教えてくれる人だ。
でも、鈴木さんは、この部署に長い分どんどん偉くなっていく。
当然のことながら、偉い人には、実務について聞きづらくなる。
だから、なーんとなく「わからないことがあったら永野さんへ」が暗黙の了解になっちゃってるんだよね。
高田さんにしても、万里ちゃんにしても、未だ一人で仕事をすることに不安がっている白井君にしても、先輩方にしても。
別に、いいんだけどさ。




