Side Story : side Sho - 1
俺の名前は、永野 翔。26歳、美容師。
両親と姉の4人家族。どこにでもあるような、平凡な家に生まれた。
唯一平凡じゃないのは、姉と俺は双子だということ。
戸籍上は『姉』だけど、俺はそう呼んだことは一度もなくて、いつも『香蓮』と呼んでいた。香蓮も、俺のことは『翔』って呼ぶ。
生まれる前から一緒にいたから、俺たちは相当仲がいい。
しっかりしていて、頭がよくて、スポーツ万能で、香蓮は俺の自慢だ。
ただ、悲しいかな、肝心なところがゴッソリ抜け落ちている。
自分に対して、とにかく鈍感なのだ。
だから内心、俺は心配でたまらないんだけど、きっと香蓮はそのことを知らない。
まぁ、その原因の一端は、俺にもあるような気がするから、本当に申し訳ないと思う。
幼い頃の俺はすごく弱虫で、外に出るときはいっつも香蓮の後ろに隠れて過ごしていた。
もちろん、そういうヤツは、ガキ大将タイプの格好の餌食になるわけで。
それを香蓮がいつも追い払ってくれていたんだ。
ガキ大将たちが俺にちょっかいを出していたのは、それだけが理由じゃないというのは、その後何年も経ってから知った話。
でも、その頃には既に、香蓮は『自分は男っぽい』と思い込むようになってしまっていたし、周りからも『ボーイッシュ』だとか『男勝り』だとか『強くてカッコイイ』とかいう称号を与えられてしまっていた。
おかげで香蓮は、綺麗な顔をしてるし、背も高くてモデルみたいなスタイルなのに、自分では全くそう思っていない。
現代のワカモノらしく着飾るどころか、平気でスッピンで出かけていくし、常にジーパンだ。
そんなだから、彼氏を作ろうともしない。
あ、学生のときは、本当に一瞬だけいたような気がするなぁ。でも、あっという間に別れた。香蓮の方が、『男友達』以上には思えなかったらしい。
普通なら、そろそろ結婚を考える相手がいてもいい歳なのに。
香蓮と俺は、いろんなことを話す。
恋愛のことだったり、友達のことだったり、テレビ番組のことだったり、好みの芸能人のことだったり。
学生のときは勉強のことが多かった。香蓮は成績がよかったから、俺がよく教えてもらっていた。
小さい頃から、お互いにほとんど隠し事をしてこなかった。さすがに、思春期の頃は確執もあったけど、まぁそれは仕方ない。香蓮には、とてもじゃないけど、男の事情は話せないし。
就職してからは、どうしても職場関連の話が多くなる。大学じゃなくて美容師の専門学校に行った俺は、香蓮よりも早く『社会人』になった。
香蓮にヘアスタイリングの練習台になってもらいながら、グチを言ったり、お客様に言われた嬉しい言葉を報告したりした。
5年ほど前、香蓮もついに社会人になった。
入社した会社は、香蓮にとって第一志望だった企業らしい。
よく、嬉しそうに、楽しそうに、俺に話してくれた。
同僚の話と上司へのグチと仕事の話の割合は、だいたい、6対2対2。
よかった、同僚に恵まれたんだな。
香蓮の話を聞きながら、俺はそう思っていた。
家の事情で、親と離れ、2人だけで暮らしてる俺たち。
高校を卒業した直後からずっと、香蓮は家事を一手に引き受けてやってくれている。
学生のときならまだしも、社会人になってからは、それがどんなに香蓮の負担になっているか、俺はわかっているつもりだ。
だから、もちろん俺も手伝ったし、せめて、香蓮にとっての日常は笑顔でいられるものであって欲しかった。
香蓮が社会人になってしばらくして、俺はあることに気づいた。
香蓮の会社の同僚たち。よく話題に出るのは4人。その内3人は同期で、もう1人は先輩だそうだ。
香蓮の言葉を借りると、それぞれの印象はこうだ。
すっごく可愛い『真由子』さん、常に落ち着いている『河合』さん、とにかくムカつく『浅倉』さん。この3人が同期。
あんなに大きな企業で働いているのに、香蓮の同期は3人しかいないらしい。
そして最後に、仕事ができて心から尊敬しているという、先輩の『鈴木』さん。
話題に上る割合は、4対2対2対2、だった。
でも、それはちょっと前までの話。
この春あたりから割合が変わってきて、2対2対5対1、になった。
『浅倉』さん。
香蓮は口ではムカつくって言ってるけど、話題に上がる率が異常に多い。
それが、何を意味するか。
簡単なことだ。
あくまでも、俺の推測だけど。
つまり。
香蓮の人生にも、春が来たんだ。
香蓮は、気づいているだろうか。
自分の気持ちに。
うーん……、気づいてないだろうなー。
気づいてるワケないよなー。
天地神明に、俺の命を賭けてもいい。
絶対に、気づいてない。断言できる。
――なんたって、あの香蓮だもんな。
香蓮の話を聞いてる限りでは、『浅倉』さんも香蓮に気があるはずだ。
ただ、香蓮がこんなだから、『浅倉』さんは、相当頑張らないとダメだろう。
ちょっと可哀想な気もするけど。
まぁ、どちらにせよ、香蓮には、近いうちに一度会わせてもらわないとな、その『浅倉』さんに。
俺の眼鏡にかなうかどうか、俺自身が吟味してやるよ。
なんたって、大切な姉貴を任せるかもしれないんだからな。




