side Karen - 5
夕食を食べ終わった後、動けなくなる前に入浴することにした。
髪の毛が長い分、シャンプーやトリートメントに時間がかかるしね。
私が髪を切れないのは、翔のせいだったりする。
私は翔の勤めている美容院に通っている。
もちろん担当美容師は翔。
どうしていいのかわからないから、いっつも「お任せで」って指定する。
そうすると翔は、シルエットを整えたり、痛んだ毛先をちょこっと切ったり、梳いたりするだけで、全然短くしてくれないんだよね。
「香蓮の髪は綺麗だから切るのがもったいない」んだそうだ。
そして、私が髪の手入れをしていないとグチグチと説教を始める。
私が面倒くさがり屋なの知ってるクセに。
「中途半端に切ったり、手入れをサボったりすると、今度は寝癖とかが出て逆に大変なんだぞ? それに、切るのはすぐできるけど、伸ばすのは何年もかかるだろ?」って言われちゃうと、まったくもってその通りだから反論できない。
それに、翔が私の髪を短くしないのには、もう一つ理由がある。
翔は私の髪でヘアスタイリングの練習をするんだ。
翔の働いている美容院は、着付けやメイクなんかも扱っている。
結婚式場とも提携してるらしくて、ウェディング用のドレスアップやヘアアレンジも勉強しなきゃいけないんだそうだ。
だから、私と翔の休日が重なるときや今日みたいに早番で夜に時間があるとき、翔はよく私の髪で遊ぶ。
直毛で扱いにくいと思うんだけど。
そういえば、私が就職活動をしているときも、私の印象をよくするためなのか、自分の練習のためなのか、メイクとヘアアレンジをしてくれたっけ。
私がお風呂から上がると、翔はまだリビングにいて、テレビを見ていた。
どうやら、茶碗を洗ってくれたみたい。
翔はラグマットの上に肩膝を立てて座り、頭にバスタオルを垂らすように被せている。
左手は背中の後ろに付き、右手は立てた膝の上に伸ばして缶ビールを持って。
相変わらず、トランクス一枚だけどね。
多分あのビールは2本目だ。
翔ってば、細っこいのにいい感じで筋肉付いてるなぁ。
腹筋もうっすら割れてるし。
そういえば、休日はジムに通ってるって言ってたっけな。
未だ髪がしっとり塗れてて、妙に色っぽいし。
なんか、男にしておくのもったいないなー。
「あ、香蓮。やっと上がった? 待ってたんだよ。さっき相談したいことあるって言ってただろ?」
「あ、そーだったね。すっかり忘れてた。ごめん」
私はテーブルを挟んで翔の向かい側に座った。
ドライヤーでざっくり乾かした髪を洗面所から持ってきたブラシで梳く。
髪が長いと、こういうことも面倒だ。
「あーあー。そんな梳き方したら痛むだろ? ちょい、貸してみ?」
翔は見るに見かねたのか、私からブラシを取り上げると背中に回って私の髪を梳き始めた。
「香蓮、髪、めっちゃ伸びたな」
翔が言った。
確かに、毛先はもうすぐ腰に届こうかというくらいに長い。
「最後に切ってもらったのっていつだっけ?」
「半年前」
私はまるで覚えがないのに、翔はハッキリ覚えていた。
「そんなに前だっけ?」
「もうちょっと気にした方がいいんじゃねぇの?」
「面倒くさいんだもん」
「まーたそれだよ……。香蓮、化粧もほとんどしねぇもんな」
「もー。翔までそういうこと言うー」
「誰かに言われたんか?」
「浅倉に、今日言われたトコ」
「浅倉サンって、香蓮の同期だっけ」
私と翔は、お互いにいろいろな話をする。
仕事の話とか、友達の話とか。翔の彼女の話もよく聞くし。
一度も会ったことなくても、何回も会話の中に出てきた人だと、なんか知ってる人みたいな錯覚に陥ったりするんだよね。
翔にとっての『浅倉』は、正にそれだと思う。
私がしょっちゅう同期の話をするから。
「そ! ホント、あいつ、ムカつくなぁ」
「……」
私は不貞腐れて、翔がテーブルの上に置いたビールの缶を手に取った。まだ半分ほど残っている。
「翔、これ飲んでいい?」
「いいけど、一口だけにしとけよ?」
全く自慢にならないけど、男前なはずのこのワタクシは、アルコールにめっぽう弱い。
予防接種とかの注射って、投与する前にエタノール塗るでしょ?
その、エタノールを塗ったところが、すぐに真っ赤になるんだよね。
お医者様が驚くくらい。
そんな私がビールを飲むとどうなるか。
一口で赤くなる。二口で酔っ払う。三口で記憶が飛ぶ。
いや、オーバーじゃなくて、本当の話。
だって、実話だし。
四口以上なんて、怖くて飲んだことがない。
唯一救いなのは、泣き上戸でも怒り上戸でもなく、笑い上戸だってこと。
もちろん、翔はそのことを知っている。
今日は、なーんとなく飲みたくなった。
すっごく久しぶりのビール。
浅倉が異動してきたときの歓迎会の時だって、飲むフリだけして一滴も飲まなかったし。
淡い麦色の液体が喉を通ると、その跡に沿ってすごい熱が発生していくのがわかる。
あと5分もすれば、きっと体中が真っ赤だ。
「んで? 何、相談って」
「今度さ、会社の先輩が結婚するんだけどね」
「あぁ、前に婚約したって言ってた先輩? カッコイイとか何とか」
「そうそう、その人。でね、披露宴じゃなくて1.5次会ってやつをやるんだけど、そういう時って、どんな服を着て行けばいいのかわかんなくって。翔ならそういうのよく知ってるっしょ? だから相談に乗ってもらおうと思って」
「そりゃ、オレはそれで稼いでるからな。1.5次会かぁ。会場にもよるけど、普通は披露宴と同じようにドレスっぽいワンピースだろ。香蓮、持ってる?」
「持ってない」
「そんなら一緒に買いに行くか。トータルコーディネートしてやるよ。式っていつ?」
「来月。6月20日」
「へぇ、ジューンブライドじゃん。それじゃ……再来週の日曜は? オレ、その日仕事休みだし。香蓮、土日休みなんだろ?」
「うん。じゃあ、その日空けとく。式の2週間前かぁ」
私は手帳に『翔と買い物』って書き込んだ。
その手は、既に真っ赤だったわけだけど。




