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不器用な片想い  作者: 長月マコト
【本編】 第1章 - 5/24
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side Daichi - 1

彼女の身体が大きく反り返り、弧を描く。

その次の瞬間には、まるで弾性の力の如く、逆方向にくの字を描いた。

――来る。

その反動力をすべて受けた黄色いボールが、一直線に飛ぶ。

抜かれるかよ!

オレは走り、なんとかラケットに当てた。

重ッ!

それでもなんとかオレはラケットを振り切った。

身体のバランスを崩しつつも、オレは目でボールを追う。

その先のネット脇には、まるで待ち構えていたような彼女の姿。


早っ! マジかよ?

いつの間に前まで来たんだ?

さっきサーブ打ったばっかりだろ?


ボールが吸い寄せられるように彼女の元へ向かう。

ヤベぇ。

オレが体勢を建て直したときには、彼女の打ち返したボールがオレと正紀の間をすり抜けていた。


  カシャーン


無情にもバックのフェンスにボールの当たった音が聞こえてくる。

「40-30、ゲームセット。永野・武田ペアの勝ち」

鈴木さんの声がそれに追い打ちをかけた。

「やったー!」

「さっすが、香蓮!」

ネットの向こうでは、彼女たちペアが飛び跳ねて喜びを体現している。

「だー! また負けたー!」

オレは叫んで、コートに大の字に寝転がった。

ペアの正紀も、座り込んで足を投げ出している。

テニスの試合は、1時間近く動き続ける。

ただでさえ体力を消耗するのに、負けたせいで疲労感倍増だ。


会社のサークルで、ちょうど4人だからと同期での試合するようになったのは、どれくらい前だったか。

女性の1人、永野香蓮がかなりのテニス経験者だからということで、女性対男性という、一見すごく不公平なペアを組んだ。

勝負となると、女性相手でも手加減無用がオレの信条。

にもかかわらず、ほとんど勝てないオレたち。

『オレ』こと浅倉大地と、ペアの河合正紀。

ったく、情けねぇ話だよなぁ……。

勝てないのは、彼女、永野香蓮のテニスが上手すぎるせいだ。

昔、インターハイにも出場したことがあるらしい。上手いわけだ。

ペアの武田真由子も、決して下手じゃない。


寝っ転がったままネットの向こう側を見ると、永野と武田が笑顔のままコートから立ち去ろうとしていた。

悔し紛れに声をかける。

「永野、お前のサーブ重すぎ。もうちょっと手加減しろよ」

オレを見下ろす永野から返って来た言葉は、いかにも彼女らしいものだった。

「何よ、情けない。オトコでしょ? なーんで手加減する必要があるのよ」

その向こうで、武田が苦笑しているのが見えた。

何だよ、武田、その表情は? オレに対してか? それとも永野に対してか?

永野が踵を返し、コート去っていく。

でも武田は、すぐにその後は追わず、オレに対してちょっと肩を竦めて見せてから歩き出した。


武田のヤツ、やっぱりオレに対してか。

まぁ、アイツはオレの気持ちに気付いてるだろうしな。

ふと視線を感じて左手の方を見た。正紀だ。

その目には、苦笑と言うか、憐れみと言うか、そんな感情が交じっている。

「なんだよ」

オレは怒気を含んだ目で睨んでやった。

厄介なことに、多分コイツもオレの気持ちを知っている。

「いや、なんでもないよ」

正紀がそんなオレを見てクスクス笑う。

正紀のヤツめ、自分は恋人がいるからって余裕かまし過ぎだ。


はぁ……。

だいたい、なーんでオレは、よりにも寄って、あんな超絶に鈍いヤツに惚れちまったんだろうな。

男勝りで、負けず嫌いで、運動神経もよくて、明るくて、賢くて、頑張り屋で、芯が通ってて、凛としていて。

十分人を惹きつける魅力を持っているのに、本人がまるでそれに気付いていない。

自分には似合わないと思い込んで、化粧もしない、女性らしい服も着ない。

せっかくの綺麗な長い髪も、後ろに束ねているだけ。

ホント、もったいねー。


「河合、浅倉、次の試合するからそろそろ移動しろよー」

鈴木さんがオレたちの側まで来て言う。

「あ、すいません。今退きます」

オレは立ちあがり、ラケットを手に歩き出した。

河合も後に続く。


鈴木さんは、オレの大学時代の先輩でもあり、今の部署の先輩でもある。

オレにとっては全く頭の上がらない存在だ。

仕事ができて、男らしい上に綺麗な顔立ちで、女にモテる。

どうやらオレの想い人も、鈴木さんのことが好きらしい。

ライバルが鈴木さんとなると、悲しいかな、悔しいって気持ちも出てこない。

なんっつーか、「そうだよな」って納得しちまう。

それくらい、鈴木さんは男からみてもイイ男だ。

ま、唯一救いなのは、鈴木さんが今の彼女さんにゾッコンなことだ。

来月には結婚する。

アイツには悪いけど、この2人の結婚を、オレは普通の人以上に喜ばずにはいられない。


――性格悪いな、オレ。


永野と武田の座るベンチに辿り着いたオレたち。

既にくつろいでいた2人は、ペットボトルのお茶なんぞ飲んでいる。

4人掛けの、横に長いベンチ。武田が隅、その隣に永野。

先に正紀が座った。1人分空けて武田とは反対の隅に。

正紀なりに気を使っているんだろう。コイツはいつも、こういう気配りを忘れない。

オレは遠慮なく永野の隣に座った。

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