side Daichi - 1
彼女の身体が大きく反り返り、弧を描く。
その次の瞬間には、まるで弾性の力の如く、逆方向にくの字を描いた。
――来る。
その反動力をすべて受けた黄色いボールが、一直線に飛ぶ。
抜かれるかよ!
オレは走り、なんとかラケットに当てた。
重ッ!
それでもなんとかオレはラケットを振り切った。
身体のバランスを崩しつつも、オレは目でボールを追う。
その先のネット脇には、まるで待ち構えていたような彼女の姿。
早っ! マジかよ?
いつの間に前まで来たんだ?
さっきサーブ打ったばっかりだろ?
ボールが吸い寄せられるように彼女の元へ向かう。
ヤベぇ。
オレが体勢を建て直したときには、彼女の打ち返したボールがオレと正紀の間をすり抜けていた。
カシャーン
無情にもバックのフェンスにボールの当たった音が聞こえてくる。
「40-30、ゲームセット。永野・武田ペアの勝ち」
鈴木さんの声がそれに追い打ちをかけた。
「やったー!」
「さっすが、香蓮!」
ネットの向こうでは、彼女たちペアが飛び跳ねて喜びを体現している。
「だー! また負けたー!」
オレは叫んで、コートに大の字に寝転がった。
ペアの正紀も、座り込んで足を投げ出している。
テニスの試合は、1時間近く動き続ける。
ただでさえ体力を消耗するのに、負けたせいで疲労感倍増だ。
会社のサークルで、ちょうど4人だからと同期での試合するようになったのは、どれくらい前だったか。
女性の1人、永野香蓮がかなりのテニス経験者だからということで、女性対男性という、一見すごく不公平なペアを組んだ。
勝負となると、女性相手でも手加減無用がオレの信条。
にもかかわらず、ほとんど勝てないオレたち。
『オレ』こと浅倉大地と、ペアの河合正紀。
ったく、情けねぇ話だよなぁ……。
勝てないのは、彼女、永野香蓮のテニスが上手すぎるせいだ。
昔、インターハイにも出場したことがあるらしい。上手いわけだ。
ペアの武田真由子も、決して下手じゃない。
寝っ転がったままネットの向こう側を見ると、永野と武田が笑顔のままコートから立ち去ろうとしていた。
悔し紛れに声をかける。
「永野、お前のサーブ重すぎ。もうちょっと手加減しろよ」
オレを見下ろす永野から返って来た言葉は、いかにも彼女らしいものだった。
「何よ、情けない。オトコでしょ? なーんで手加減する必要があるのよ」
その向こうで、武田が苦笑しているのが見えた。
何だよ、武田、その表情は? オレに対してか? それとも永野に対してか?
永野が踵を返し、コート去っていく。
でも武田は、すぐにその後は追わず、オレに対してちょっと肩を竦めて見せてから歩き出した。
武田のヤツ、やっぱりオレに対してか。
まぁ、アイツはオレの気持ちに気付いてるだろうしな。
ふと視線を感じて左手の方を見た。正紀だ。
その目には、苦笑と言うか、憐れみと言うか、そんな感情が交じっている。
「なんだよ」
オレは怒気を含んだ目で睨んでやった。
厄介なことに、多分コイツもオレの気持ちを知っている。
「いや、なんでもないよ」
正紀がそんなオレを見てクスクス笑う。
正紀のヤツめ、自分は恋人がいるからって余裕かまし過ぎだ。
はぁ……。
だいたい、なーんでオレは、よりにも寄って、あんな超絶に鈍いヤツに惚れちまったんだろうな。
男勝りで、負けず嫌いで、運動神経もよくて、明るくて、賢くて、頑張り屋で、芯が通ってて、凛としていて。
十分人を惹きつける魅力を持っているのに、本人がまるでそれに気付いていない。
自分には似合わないと思い込んで、化粧もしない、女性らしい服も着ない。
せっかくの綺麗な長い髪も、後ろに束ねているだけ。
ホント、もったいねー。
「河合、浅倉、次の試合するからそろそろ移動しろよー」
鈴木さんがオレたちの側まで来て言う。
「あ、すいません。今退きます」
オレは立ちあがり、ラケットを手に歩き出した。
河合も後に続く。
鈴木さんは、オレの大学時代の先輩でもあり、今の部署の先輩でもある。
オレにとっては全く頭の上がらない存在だ。
仕事ができて、男らしい上に綺麗な顔立ちで、女にモテる。
どうやらオレの想い人も、鈴木さんのことが好きらしい。
ライバルが鈴木さんとなると、悲しいかな、悔しいって気持ちも出てこない。
なんっつーか、「そうだよな」って納得しちまう。
それくらい、鈴木さんは男からみてもイイ男だ。
ま、唯一救いなのは、鈴木さんが今の彼女さんにゾッコンなことだ。
来月には結婚する。
アイツには悪いけど、この2人の結婚を、オレは普通の人以上に喜ばずにはいられない。
――性格悪いな、オレ。
永野と武田の座るベンチに辿り着いたオレたち。
既にくつろいでいた2人は、ペットボトルのお茶なんぞ飲んでいる。
4人掛けの、横に長いベンチ。武田が隅、その隣に永野。
先に正紀が座った。1人分空けて武田とは反対の隅に。
正紀なりに気を使っているんだろう。コイツはいつも、こういう気配りを忘れない。
オレは遠慮なく永野の隣に座った。




