朝焼けに花の香り 27
なんだか眩しい。
瞳は閉じてある。
瞼の裏まで照らしてくる光から、逃げるように身を捩った。すると、身体の重さに驚いて目が覚める。
リリアーナは体を起こそうとして、失敗した。
ぽふんと寝台の上に戻る。
(……ここ、どこ?)
ガッシャーーーーン!
けたたましい音に肩が跳ね上がった。
部屋の入り口に、見知らぬ若い女性が立っている。
お仕着せを着たその女性は、リリアーナと目が合うなり、早々に部屋から出て行ってしまった。
「イオくううううううん!! 起きたよおおおおお! お嬢さまがお目覚めになられましたああああああ!!」
その大声は、騎士団宿舎の看護棟のみならず、見習い騎士の訓練場にまで届いていたという。
「はい、リリアーナさま、あーん、です」
リリアーナは素直に口を開くと、運ばれたスープを大人しく飲み込んだ。
正直、食事くらいもう自分でできるのだが、お世話する側が嬉しそうなので、甘んじて受け入れている。
「お水飲みたい」
「はい、どうぞ」
慎重に傾けられるコップに、なんともこそばゆい気持ちになった。
だが、悪くない。
「汗かいた」
「お体をお拭きしましょうか? コールデン隊長は出て行ってください」
「ふざけるな。しばき倒すぞ」
ディランの低い声に、リリアーナとイオはきょとんと瞬いた。
盛大なため息を吐いたディランを、タオルを手にしたイオが不満げに見る。
「リリアーナさまは今お取り込み中です。出直してください」
「あのな。俺だって暇じゃないんだ」
「あら。さっきから部屋の隅でずっと黙っているから、サボりに来てるのかと思った」
「さすがに怒るぞ」
リリアーナは「ごめんなさい」と笑って、イオに椅子を用意するようお願いする。
憮然とした態度とは裏腹に、品よく腰をかけたディランは、これまでの王国側の動きを語ってくれた。
リリアーナがアレクシウスに「クソ野郎」と言い放ってから、なんと三週間も経過していた。
その後、エカルラート家と王国は互いの主張を一歩も譲らず、自治権については未だ協議中だという。
「君の予想通り、正式な協議の場が設けられることになった。君が俺を通して王国に提示した情報は、交渉を進めるうえで大きな材料になる」
「現当主はむかつくことに政治面でも優秀なの。臣下がほぼ入れ替わっていた。古い情報で申し訳ないわ」
「いや、申し分ないだろう。何より、過去の王国の非を交渉材料にされずに済むのが大きい」
過去の王国の非。エカルラート家への暗殺依頼記録のことだろう。
肉を切らせて骨を断つとは、まさにこのことだ。
「王国は清算を選んだのね……現国王は賢君と聞いていたけど、人格者でもあるのね。いつかお目通りしてみたいわ」
「近いうちに叶う。……明日から君の元に大勢の官吏がやってくる。根掘り葉掘り、それこそ、君の尊厳が危ぶまれるようなことまで聞かれるだろう。君は今、難しい立場にいる」
リリアーナは頷く。
そんなこと百も承知だ。保護なんて名目に過ぎない。
「大丈夫。私、地下牢でもそこそこ快適に過ごしてたから。逞しさには自信があるよ」
「ははっ! あんな立派なベッドの上で寝てればな!」
「……え?」
「……ん?」
「……私、うっすい麻布の上で寝てたはずだけど」
「…………俺は君の兄が理解不能で心の底から悍ましい」
それは心の底から同意だ。
「それにしても、俺個人宛に生きた人間が送られてくるとは思わなかった。おかげで俺は他領で娼婦を大量に買い付けてきた変態と誤解を受ける羽目になったぞ」
リリアーナは吹き出してしまった。
ディランにしなだれかかりながら駆け引きを行うカレンたちの姿が、容易に想像できる。
リリアーナがカレンたちに施したのは、寝た男との会話を、肉体に記録し、再生する魔術。
もとは彼女たちを守るためのものだった。
娼婦の言葉は軽く扱われる。何かあったとき、相手がどれほど身分の高い男であろうと、自分の身を守るための証拠となるように。
人体に施す魔術は身体に負担をかける。それでもこの施術を望む者は多かった。
そして、その記録をリリアーナの為に使ってくれた者も多かったようだ。
「……彼女たちはどうしているの?」
「とりあえず、うちの屋敷の使用人として働かせている。彼女たち、元は貴族のご令嬢だったりしないか? 所作がやたらと洗練されている」
「あら。女性の過去を知ろうとしてはダメ」
リリアーナはディランを流し見た。何故か横にいるイオが喉を鳴らしたが、今は気づかなかったことにする。
ディランは咳払いをして何かを誤魔化していた。
「よく、一度しか会ったことがない男に、自分の大切な者たちを預けることが出来たな」
「うーん……ディランが一番適任かなって思ったんだよね。なんせ王国の第二騎士団隊長さまだし」
確かに、と納得の表情を浮かべるディランに、リリアーナは続ける。
「あと私、ディランのこと好きだし」
翡翠色の瞳が見開かれ、ぽかんと口が開く。
好きな食べ物の話をしているかのように軽く告げられた好意に、ディランがどう答えるべきか考えあぐねていると、横からとんでもない冷気が襲ってきた。
「…………リリアーナさまは、コールデン隊長が、お好き……?」
「ま、まてまて、多分違う、きっと違う、何かが違う」
魔力を放出してないかこいつ、とディランはすぐ隣に立つイオを愕然と見上げた。目に光がなかった。
イオの仄暗い瞳に、リリアーナがはっとする。
「イオの方が好きだよ!」
「僕もリリアーナさまが大好きです!」
「……なぁ、俺はもう帰っていいか……?」
窓から風が吹き込む。
リリアーナの後ろで、白いカーテンが柔らかく広がった。




