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外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~  作者: 宮塚慶
1:死神オルクと笑わない魔導士

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第18話 追っ手

 割れた窓から射す陽光に照らされて、目を覚ました。

 周囲を見回すと、膝を抱えてうずくまるように眠るミンテの姿がそこにある。

 セルピナがいないのを確認してから、俺はゆっくりと立ち上がった。

 木製の長椅子は固く、睡眠には向かない。体中が軋む感覚に顔をしかめながら伸びをすると、そのまま教会の扉を抜ける。


「おはようございます、オルク」


 外にはセルピナが立っていた。精巧な人形にも見える整った顔つきで、こちらを見る。

 これから死のうという壮絶な覚悟をした人間にしては、随分と普通の挨拶だ。

 俺は何と返事すべきか迷って


「よう」


 と曖昧に答える。

 昨日ミンテが話をした結果について、俺は何も知らない。盗み聞くのも悪いと思ってな。

 だが戻ってきた二人の会話は聞こえていた。察するに、セルピナの覚悟は変わらなかったのだろう。

 そうなるとは思っていた。

 ミンテの言葉で揺らぐ程度の思いなら、莫大な報酬を出してまで暗殺を依頼してきたりはしない。


「オルク。ミンテに見つかる前に、任務を遂行していただけますか?」

「今すぐってことか? 寝起きは人殺しの気分じゃないんだが」


 俺は腰回りを捻って柔軟運動をしながら答える。

 こちらの発言を冗談だと思ったのか、特に返答もなく待つセルピナ。

 一応、昨日の結果を聞き届けておきたい。軽い語調で問いかける。


「ミンテの話はどうだったんだ?」

「最終的には、死んでほしくないと泣かれてしまいました」

「まあ、だろうな」


 他人の痛みを感じすぎるのは、この旅を続けていく上で短所になる。

 ミンテは素直で明るい少女だが、その純粋さは極めて危うい。数日旅をしただけでセルピナに肩入れしすぎているのは気をつけないと。

 それに、俺に対しても同情の念があるらしい。こんな暗殺者の俺に好意を向けている愚か者は、何処かでキツく叱った方がいいだろう。


「あいつのいないところで始末したら、それこそ後でなんて言われるか……」

「気に病まないよう伝えてください」


 事後処理を任せられる。勝手なお願いに顔をしかめる。

 とにかく、対話した結果セルピナは自死を選んだわけだ。

 ならば俺のやることは一つ。


「仕方ない。旅はこれまでだな」

「はい。任務完了後の報酬は、トリストリアの貸金庫にあります。オルクの特徴は伝えているので、マスターに伝えて受け取ってください」

「へいへい」


 大剣を構え、セルピナを正面に捉える。

 彼女は目を閉じて、裁きの時を待つようにしていた。

 正直に言うと、心の何処かでミンテの説得が功を奏す未来を夢見ていたところはある。この任務は大きなヤマだが、実行しない方が俺の心も穏やかだっただろう。

 ……なんて考えるのもミンテの影響かもしれない。俺も甘ちゃんになったものだな。


「じゃあな。セルピナとの旅、結構楽しかったぜ」


 意を決して、俺は大剣を振り上げた。

 だが、その瞬間。


「そこまでにしてもらおうか」


 突然、第三者の声に行動が阻まれた。

 上から流れてくる突風に視線を動かすと、上空には数体の飛竜とそれに跨る騎士の影があった。羽ばたきによって舞う砂埃が頬を叩く。

 飛竜部隊の先頭に、渋い顔をした男が陣取っていた。こちらを見下ろしながら話しかけてくる。


「セルピナ・リベイラ。これはどういう状況だ? そこの賊は貴女(きじょ)の敵か?」


 低く威圧的な声。そして、声に違わぬ武骨な髭面の男。

 よく見ると、男の鎧胸部には見知った紋様が刻まれている。セルピナのローブと同じ――トリストリア王国の国章で間違いない。

 つまり、あの男も王国の関係者だろう。口ぶりからして、セルピナよりも地位の高い何者か。


「クレニス卿」


 セルピナがその名を口にした。

 男はクレニスと言うらしい。敬称をつけて呼んでいるところからも関係性を窺わせる。


「冒険者よ。セルピナ嬢はトリストリア王国の要人だ、敵対するのならば我々も容赦はできん」


 イマイチ状況が把握できないが、クレニスはセルピナを追ってきたように見える。

 そして、おそらく敵意を向けられている。セルピナを守るという名目なら立派なものだが、どちらにしても立ち回りが難しい場面になってしまった。

 セルピナの依頼を遂行するために無理矢理彼女を始末すれば、俺は王国の軍人を殺害したとして足がついてしまう。

 かといってセルピナと逃げ出すのも危険だ。場合によっては、俺が彼女を誘拐したなんて話になりかねないし、本人がそれを望むのか分からない。

 しかし、手を引くのか? セルピナの願いを聞き届けることなく?


「クレニス卿。この者は偶然この場に居合わせただけで、無関係の相手です」

「剣を向けているが? 敵対する男を見逃すのは道理が通らんな」

「私が村の物資を漁っていたので、奪い合いになったのです。こちらが手を引けば収まります」


 言いながら、セルピナはこちらを見て小さく頷く。

 話を合わせろということか。


「……敵対の意思はない。そっちが消えてくれるなら文句はねぇよ」

「ありがとうございます」


 三文芝居を打ってみたが、クレニスは疑いの目を向けたまま。


「その者を見逃すとしても、貴女の無断逃亡についてはどうするつもりだ?」


 無断逃亡。なるほど、セルピナはこの旅を軍に報告していなかったのか。だから軍紀違反として追われていたと。

 納得はできる。死ぬつもりだったのだから、今更軍と折り合いをつける必要はない。

 そもそも、話したところで彼女の能力(スキル)は軍にとって有用なはず。逃亡を認められるはずもないだろう。

 厳しい言い方をするクレニスに、セルピナは淡々と答える。


「処罰は受けます」

「……簡単に言ってくれる。死なないからと、たかを括っているつもりか」


 嫌味な言い方で返してくるクレニス。

 特に言い返すこともなくセルピナはそれを聞き入れていた。

 実際、相手の立場が上なら仕方ないんだろうが……どうにも俺の意にはそぐわない相手だ。


「まあ良い。話は帰ってから、主君のもとでゆっくり聞かせてもらおう」


 言うや否や、飛竜が地上へと舞い降りてくる。

 先ほどまでよりもさらに強い風が大地を振るわせて、俺は思わず踏ん張った。気を抜いたら飛ばされそうだ。

 クレニスが大地に降り立ち、そのままセルピナの腕を掴む。

 乱暴な触れ方にもあまり良い顔はできない。ざらつく気持ちを抑えながら様子をみる。

 いっそあの男を斬りつけてやろうかと思ったが、セルピナはわざわざ俺を偶然出会った賊扱いにしてくれたのだ。

 顔見知りだと知られるのを避けてくれたのだと理解し、この場で出しゃばる真似は止めておく。

 セルピナは、こちらにチラりと目配せした。


「ヘリオ様は今どちらに?」

「王宮で待っている。黙って歩け」


 あまりにも唐突な会話をクレニスにぶつけ、煙に巻かれるセルピナ。

 ヘリオ様。その名をわざと俺に聞かせたように感じる。

 しかし、それが誰なのか真意を確認することはできない。

 半ば引きずられるように竜の背へ乗せられたセルピナは、そのまま他の兵と共に飛び去って行った。

 一瞬にして静寂が戻ってくる。

 そして今度は、教会側から騒がしい声が飛び込んできた。


「オルクさん! 今のは誰ですか!? セルピナさんは!?」


 ミンテが青ざめた表情をしている。騒ぎを聞きつけて起きてきたらしい。

 と言っても、聞かれて答えられることは少ない。俺にも何のことやらさっぱりだった。


「クレニスとかいうトリストリア軍人が連れていった」

「ちょちょちょっと! それをオルクさんは黙って見てたんですか!?」


 そこを突かれると痛い。

 セルピナ自身が動かないよう目で訴えていたとはいえ、目の前で連れ去られたのは事実。

 いや、それを言うなら俺が彼女を守る理由は何もないんだが。護衛はこの村に着くまでの間だけで、任務は既に完了している。

 たとえトリストリアに強制送還されたとしても、ここから先は俺には関係のないことだ。

 ……しかし。


「ヘリオ、か」


 最後にセルピナが伝えてきた、何者かの名前。

 その名前に聞き覚えがある気がして、俺は胸の奥がざわついた。

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