エピローグ・永遠の唄
最後のヴォクス・カーヴァの完成と、ルカの失踪から長い年月が経った。
シュタインベルクの街は今も、かつての栄華を取り戻していない。
けれど人々は、歌い手のいない「歌」を語り継いだ。
ヴォクス・カーヴァが奏でたのだ、と。
ヴォクス・カーヴァの最後の職人であるヴァルト・クラウスは姿を消した。
どこかの養老院に、名を捨てた老人がいる――そう噂されていた。
ずっと彼の傍にあったヴォクス・カーヴァも、ヴァルトが行方を晦ますと同時に失われていた。
人手に渡ったとか、盗まれたとか、ヴァルトが自ら燃やしたとか。
だれも、その真相を知る者はいなかった。
シュタインベルクを囲む山を越えた向こう。広大な海を抱く港町では、誰も見たことない珍しい楽器の話で盛り上がっていた。
商人が音楽家の元に持ち込んで訪ねても、首を捻られる。
どうしたものかと議論をしているところに、ひとりの旅の青年が通りかかった。
このあたりの地域ではあまり見かけない、真っ白な髪とブルーの瞳。
青年は口がきけないらしく、商人に身振りで要求を伝えて、彼の手から楽器を受け取った。
褪せた木材。翼のような輪郭。青年がフッと息を吹きかけると、七本の弦が虹色に輝いた。
商人たちは目を見張る。ガラクタのように見えていた楽器が、宝石よりも価値の高いものに見えたのだ。
「なあ、兄ちゃんそれ……」
商人は愛想笑いのまま、楽器に手を伸ばした。
青年は静かな視線を彼に据えて、ポケットを漁り、取り出したものを商人の手に握らせる。
「な……っ、こんな大金……!?」
商人が動揺する間に、青年はヒラリと手を振り去っていく。
唖然とする彼らの間を吹き抜ける風が、美しい声で歌った。
歌い手は、どこにもいない。
青年は色褪せた楽器を大事そうに抱きしめる。風に溶けていく、彼が欲しいと言ってくれた歌。
青年は、声の出ない唇を開き、歌うかたちをした。
その歌を、世界のどこまでも連れていくように。
《END》




