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第8話 崩壊する防具と邪魔者の排除

エメラルド・レイク近郊の小さな村。

 湖面は鏡のように穏やかで、風が吹くたびに小さな波紋が広がる。

 その湖畔で、俺――クロノ・ルミナスは、今日も優雅にお茶を飲んでいた。


「……ん〜〜、完璧だ」


 カップを傾け、香り立つハーブティーをひと口。

 昨日釣った蒼玉鱒の香ばしい余韻がまだ舌に残っている。


「最高の景色、最高の食事。これ以上のスローライフはない……なあ、世界」


 まるで自分の人生がようやく正しい速度に戻った気がした。

 誰も怒鳴らない、誰も命令しない、誰も「雑用係」と呼ばない。

……この静けさこそ、俺が求めていた“楽園”だ。


――だったのに。

 彼の平和な時間は、すぐに破られた。


「おい、そこの女!勇者アルク様の従者だ!この村に、最近『クロノ』という名の従者が来ていないか、正直に言え!」


……ああ。

やっぱり来たか、“うるさい連中”。


 湖畔から少し離れた村の広場がざわめいている。

 鎧をまとった中堅騎士と従者らしき数名の男女が現れ、村人を乱暴に問い詰めていた。

 どう見ても――王都からの勇者一行の捜索隊だ。


「まったく、せっかく平和になったというのに……また騒がしくなったな」

 クロノは顔を顰めた。

 騎士たちのその横暴さに静かに不満を覚えた。


 俺はカップを静かに置いた。

 村の子どもたちが怯えて家の中に隠れていくのが見える。

 勇者の取り巻きってのは、どうしてこう偉そうなんだろうな。


「俺を探しているのか。馬鹿な連中だ。

 クロノはハーブティーをもうひと口すすった。


「観光の邪魔をされるのはいただけないけど。            どうせすぐに帰るだろ。……帰らなかったら、帰ってもらうだけだ」


――“願う”だけで、世界が動く。

それを、彼自身が理解していないのが問題。


 俺は小さくため息をつき、心の中でぼやく。


『面倒だから、早くこの“騒がしい邪魔者”たちが、この地域から消えてほしい』


 それは、他の誰でもないクロノの“心からの願い”だった。


……そしてその瞬間。

俺の中に宿るスキル――【影の統率者】が、静かに、無意識に発動した。




「……くそっ、テラスでの任務といい、ここ最近の魔物の異常な活発さといい、

まるで世界全体が俺たちを拒絶しているみたいだ!」


 捜索隊のリーダー――中堅騎士のバラスは、苛立ちを隠せなかった。

 陽射しに照らされた彼の鎧は、立派な王都製の特注品……だった。


「隊長、この防具、本当に大丈夫なんでしょうか?」

若い従者が不安げに尋ねる。


「なんだか重いのに、妙に頼りない気がして……」


「馬鹿を言うな!」

バラスは高らかに笑った。


「王都の特注品だぞ! しかも勇者様が“予備でも最高級だ”とおっしゃっていた!」


……そう、それは“予備”だ。

 かつて俺――クロノが、毎日磨いて、魔力で耐久性バフをかけていた“予備装備”。

 俺がパーティから外された時点で、その防具たちは“維持魔力”を失っている。

 つまり、今のそれは――ただの金属屑だ。


 だけど、そんなこと知る由もない彼らは、胸を張って森の奥へ進んでいった。




「ゴブリンだ! 前方に複数体!」


「なんだ、そんな雑魚か。さっさと片付けろ!」

バラスが命じる。


 その直後、一匹のゴブリンがまるで悪戯っ子のような勢いで棍棒を振り上げた。


 ガシャンッ!!


 軽い音だった。

 次の瞬間――


「……え?」


 騎士の胸当てが、紙細工のようにパリィンと砕け散った。


「なっ……!?」


 ゴブリンの木製の棍棒の一撃で、鉄製の防具が粉々に。

 信じられない光景に、騎士も、バラスも、息をのむ。


「う、うそだろ……王都の、特注品が……!」


 その破片は、まるで何百年も風化した骨のように脆く、触れたそばから崩れ落ちていった。


 続けざまに別の従者の兜が、

「ピシ……ピシシ……」と不吉な音を立て――

 小枝がぶつかっただけで粉塵のように消えた。


「ひっ!? な、なんだこれ!? 呪いか!? この森、呪われてる!」

「防具が! 壊れる! 壊れるぅっ!!」


 パニック。

 恐怖。

 そして“偶然”が、最悪の連鎖を生む。


 倒れた騎士の防具が崩壊した衝撃で、他の者の装備にもヒビが伝わり

音を立てて次々と崩れていく。


「全隊撤退! 撤退だっ!!」

バラスが喉を裂くように叫ぶ。

「王都へ報告する! この地域は――異常だ!」


 彼らは、もはや戦うことすら放棄していた。

 恐怖の中で見た“崩壊”を、まさか一人の男の無意識な願いが引き起こしたとは、夢にも思わず。


数時間後。


 森は再び静寂を取り戻し、湖畔の村にも平和が戻ってきた。

 俺はベンチに腰を下ろし、カップを指でくるくると回す。


「ふぅ。やっと静かになったな」


 村の修理士たちが、捜索隊が落としていった防具の破片を眺めていた。


「……なあ、これ、どう思う?」

「まるで百年風化したみたいだ。叩いたら粉になったぞ」

「王都の鍛冶でも、こんなのは見たことがない」


 修理士たちは口々に首をかしげ、

「呪いだ」「魔物の影響だ」とか言いながら、ため息をついている。


 俺はその横をのんびりと通り過ぎ、紅茶をひと口。


「まあ、どっちでもいいけど……」


 ゆるい風が頬を撫でる。

 湖面に映る空は透き通るように青く、まるで何事もなかったかのような静けさ。


「これで心置きなく、幻の果実を探しに行けるな」


 俺の脳内ではすでに“次の食材探し”の計画でいっぱいだった。


 平和な時間を守りたい。

 そのただ一つの願いが、また世界を少し歪めたことを知らない。

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