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第14話 最高の土産と『情報屋の追跡』の予感

 湯気が立ち込める山の谷間。

 俺は温泉の縁にしゃがみ込み、湯の流れをじっと見つめていた。


「ふむ、やっぱり温泉ってやつは奥が深いな……」


 目の前にあるのは、旅人にも人気の温泉地帯――湯治と癒しの聖地。

 ……なんだけど、俺にとっては調理場でもある。


「旅の土産は、やっぱり携帯性と栄養価が重要だよな」


 そう、俺はいま“温泉卵”を作っている。

 俺が作るからには――普通じゃ終わらない。

 鍋の水の流れをいじりながら、俺は独りごちた。


「湯温が均一じゃないのが問題なんだよな。これじゃ白身と黄身のバランスが崩れる。魔力的な安定性もアウト」


 湯の中に腕を突っ込み、【雑用スキル】と【魔力調整】を発動。

 微妙に揺らぐ温度を感じ取り、魔力で流れを固定する。


「……よし。鍋の温度65度で安定」


 俺の脳内で“理想の温泉卵温度”がカチッと確定した。

完璧な環境が整ったら、次は素材だ。

 取り出したのは、地元の市場で買った最高品質の卵。

 殻の艶も形も完璧。あとは、魔力と熱の融合を――


「投入っと!」


 卵をそっと鍋に沈めた瞬間、ぷくりと湯気が揺れる。


 通りがかりの湯治客が声をかけてきた。


「お兄さん、何してるんだい? 卵茹でてんの?」

「まぁ、そんな感じっすね」

「……何か妙に神妙な顔してるけど、そんな真剣にゆで卵作る人初めて見たよ」

「いやいや、これが俺の生き甲斐なんで」


 苦笑いを浮かべつつ、湯の色の変化に集中する。

 やがて、湯気の香りが少し甘く変わり、殻の表面に淡い魔力の膜が走った。


「――きた」


 静かに湯から取り出す。殻を割ると、トロリと流れ出す白身と黄金色の黄身。

 見た目は普通の温泉卵。だけど、触れた瞬間、手の中に“生命の気流”を感じた。


「おぉ……」

 俺は感嘆の息を漏らす。


 一口かじると、口の中で黄身がふわっと溶け、甘みと旨味が広がった。

 その瞬間、身体の奥から疲労がふっと消え、魔力が微かに循環し始める。


「完璧だ。風味も効能も桁違い……これ、もう神の食べ物では?」


 背後から「また始まった」みたいな視線を感じる。

 見れば、湯治客がぽかんと口を開けていた。


「お、お兄さん……ただの卵だよね?」

「いえ、“魔力温泉卵”です」

「ま、まじか……名前が強そうだ……」


 俺はドヤ顔で頷く。

 この温泉卵、保存性も高く、持ち運びも便利。まさに旅人の理想食。


「これをお土産にすれば、次の旅も完璧だな」


 その後、俺は地元の養鶏場に行って卵を大量購入。

 同じ湯だまりにどんどん沈めては、完璧な温度管理で次々と茹で上げていった。


 村の老婆が声をかけてきた。


「おやまぁ、若いのに働き者だねぇ」

「まぁ、温泉で休むより、動いてたほうが性に合ってるんで」

「……あんた、温泉地まで来て働いているのかい?」

「ただの趣味です」


 作業を続ける俺の背中に、村の人たちがざわざわ集まり始めた。


「あの人、昨日も夜まで卵茹でてたぞ」

「温泉卵職人か?」

「いや、たぶん変人だ」


 俺が数十個の卵を作り終えたころには、すでに日が暮れかけていた。

 夜の温泉街に立ち上る湯気の中で、俺は袋いっぱいの“魔力温泉卵”を掲げる。


「ふぅ……これで旅の準備は完了っと!」


 そして、パンに翠玉ジャムを塗り、この卵を添えて頬張る。


「んー……最高の贅沢だ」


 そのころ、村の宿場では別の話題で持ちきりだった。


「なぁ聞いたか? 最近この温泉、湯が良くなったってさ」

「ほんとだ。肌スベスベになって、病も治るらしいぞ」

「それもこれも“温泉卵の神”のおかげだって話だ」

「……神?」

「昼間、泉の温度を操ってた旅人がいたろ。あれ、きっと神様の化身さ」


俺のやらかした温泉調整が、いつの間にか信仰対象になっていた。


「……また勝手に神扱いされてる」


 俺は苦笑しつつ、リュックに卵を詰めて宿を出た。

 次の目的地は未定。だけど、腹が満たされてれば、人生は何とかなる。



――一方その頃、王都近郊。


 情報屋フィーナ・ライムは机に広げた報告書をにらんでいた。

 部屋の中は紙とランプの光、そして冷めたコーヒーの香りで満たされている。


「……やっぱり王都の指名手配書だけじゃ、あの人を追えないわね」


 彼女の視線の先には、クロノ・ルミナスの手配書。

 地味な顔、地味な服、肩書き“雑用係”。


「これで高額懸賞金って、誰が信じるのよ……」

 

 溜息をついて、別の束を引っ張り出す。

 それは各地から集められた“不可解な現象”の報告だった。


「薬草が異常成長……魔物が減少……“旅の奇跡の道”……」


 彼女の目が走り、やがて止まる。


「……やっぱり全部、あの人の通った場所ね」


 報告書を並べてみると、見事に一本の線で繋がる。

 クロノが訪れた場所は、どこも“平和”になり、“食材が美味しく”なる。


「彼が通ると、世界が勝手に良くなる……そんな馬鹿な話……でも」


 机の上に置かれた新しいメモを手に取る。

『温泉地の湯質が急改善。魔力が回復する卵が出回る。製造者は旅の青年。』


「これよ!」

 フィーナの瞳が鋭く光った。


 椅子を蹴って立ち上がる。

 “美食” “平和”

――二つが揃う場所に、必ずクロノ・ルミナスがいる。


「また究極の何かを作ったのね、あの人……」


 微かに笑みを浮かべながら、地図を広げた。

 そして次に向かうであろう道筋を描き込む。


「完璧。王都のバカな指名手配書より、“究極の美食の痕跡”のほうがよっぽど有効よ」


 彼女は髪をかき上げ、机の隅にあった小瓶を掴む。

 それは“真実の香草”と呼ばれる匂い追跡アイテム。

 クロノの残した食の香りを、魔力で辿るための特製ツールだ。


「逃がさないわよ、究極の便利係さん。

 次は、あなたの“究極の食材”を買い取らせてもらうんだから」


 その言葉には、商売の匂いと――ほんの少しの好奇心が混じっていた。




 俺は、星空を見上げていた。

 リュックの中には、ジャムと温泉卵。

 最高の食材を携えた俺の旅は、まだ続く。


「さて、次は……どこの名物を食べようかな」

と、その瞬間、風がふわりと流れた。

 背後の木々の影の中、何者かがこちらを見ている気がした。


「……ん? 気のせいか」


 俺は首を傾げ、再び鼻歌交じりに歩き出した。


 世界は今日も平和だ。

 俺が知らないところで、妙に騒がしくなってるらしいけど――

 ま、関係ないよな。


「飯がうまけりゃ、それで良し!」


 そう呟いて笑いながら、俺は次の目的地へ向かって歩き出した。

 風が山の尾根を抜け、ほんのり卵の香りを運んでいく。

 その香りを追うように、一人の情報屋の影が静かに動き出していた。


――“追跡”の始まりだった。



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