表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

第13話 最高の温泉と隔絶された指名手配

 湯けむりが、まるで天に昇る龍みたいに揺れていた。

 その真ん中で俺――クロノ・ルミナスは、全身の力を抜いて湯船に沈んでいた。


「ふぅ……生き返る……いや、死んでもいいかもしれん……」


 この温泉地、名を《霧流むる谷温泉郷》という。

山深く、魔物もいない。観光地としては超マイナーだけど、湯の質は本物だ。

唯一の欠点といえば――湯温がムラすぎること。

ぬるいところと熱湯地獄が隣り合ってて、入るとロシアンルーレット状態になる。


「まぁ……この俺が調整すれば問題ないんだけどな」


 湯船の縁に手を置く。

 すっと、影が静かに揺らぎ、湯の表面をなでるように走った。


「――湯温、42.5度で安定。泉質は、弱アルカリ性で肌に優しく、疲労回復効果最大化っと」


 ぱしゃ、と音がして、湯面がきらめいた。

 魔法? いや違う。ただの雑用スキルと環境最適化の合わせ技。

 つまり、俺的には“お風呂の湯加減調整”の延長線だ。


「うん、完璧。文明の勝利ってやつだな……俺文明じゃないけど」


 俺は腕を湯に沈め、のぼせない程度に半身浴をキープ。

 頭の中は空っぽだ。

 旅の疲れも魔力の消耗も全部吹っ飛んでいく。


「……こうしてると、本当に勇者パーティーにいたのが夢みたいだよな」


 思わず苦笑が漏れる。

 雑用係、荷物持ち、飯炊き係――とまぁ、肩書きには事欠かない下っ端人生だった俺。

 それでも、あの頃はそれなりに楽しかった。……いや、正確には“我慢してた”。


「ま、今思えば……あの勇者たちが壊滅してようが俺には関係ないしなぁ~。

 風呂と飯と昼寝があれば世界は平和だ」


 のぼせ気味の顔を冷やしながら笑う。

 本当にそう思ってた。

……が、この温泉が後に“聖泉”として信仰の対象になるなんて、当の本人は夢にも思っていなかった。



 湯から上がって一息つく。

 持参したパンに、例の『翠玉ジャム』をぬって――パクッ。


「……ん~~~~っ、甘酸っぱっ。

 やっぱり温泉の後は炭水化物だよな。異論は認めない」


 温泉の名産である《山葡萄ドライ》をトッピングして食べる。

 外は冷たい風。湯気とジャムの香りが混ざって、まるで高級宿の朝食気分。


「俺の旅、なんか方向性が“世界観光”から“美食の旅”に変わってきてないか……?

 まぁいいか、幸せだし」


 温泉街に行けば観光客がワイワイやってるけど、俺のいるここは、人気ゼロの隠れ湯。

 誰も来ない。誰も邪魔しない。最高だ。


……だがその静けさの裏で、王都はちょっとしたパニックになっていた。



「聞いたか!? 王都の勇者様が、指名手配書を出したらしい!」


「指名手配書? 誰が?」


「……『クロノ・ルミナス』って名前だ。どうやら元勇者パーティらしい」


 その夜、麓の宿場町の酒場で、商人たちは騒然としていた。

 一人の男が懐から指名手配書を取り出し、テーブルに叩きつける。


「これだ。王都発行、勇者アルク・グランドの名で出された本物だ」


紙には、俺の地味~な顔と名前。

その下に、見慣れた字でこう書かれていた。


《クロノ・ルミナス 勇者反逆罪および魔王軍幇助の疑い》

懸賞金:金貨十万枚


「十万枚!? 魔王クラスじゃねぇか!」


「はっはっは、冗談だろ? こんな顔の“荷物持ち”に十万枚?

 特技の欄見てみろよ。

『掃除・薬草採取・靴磨き』だぜ!」


「まじで書いてある……!?」


 酒場に爆笑が起きる。

 貴族の気まぐれか、勇者のストレス解消ネタだと誰もが信じた。

 だって、どう考えてもおかしい。

 勇者パーティの荷物持ちが、魔王級の賞金首って。


「きっと勇者様、アイツに振られたとかそんなとこだろ!」


「いや、アイツ男だぞ?」


「……あっ、つまりそういう――」


「黙れぇ(笑)!」


 爆笑の嵐。

 結局その夜、手配書は酒場の壁に貼られたまま、誰にも真面目に扱われることはなかった。



その頃の俺はというと――。


「ふぅ……いい湯だった……。

 って、あれ? また湯温が上がってるな。ちょい調整っと」


 ちゃぽん、と湯をかき混ぜながら、魔力でバランスを取る。

 湯けむりの向こうでは鳥のさえずり、遠くに小川のせせらぎ。


「……俺の旅、思ってたより順調すぎて怖いな。

 でもまぁ、“怖いくらい平和”ってのも悪くないか」


 俺は“王都で高額懸賞金を掛けられた男”になっていたが、そんなこと知る由もない。



 二日後。

 俺が温泉地を去った頃、村では奇妙な現象が起きていた。


「村長! 湯が変わったぞ! 体の痛みが消えるんだ!」


「嘘だろう!? わしの腰痛が……なくなっとるぅぅぅ!」


「おお、奇跡だ! 温泉の神様のご加護だぁっ!」


 歓声の渦。

 温泉の湯質が爆発的に改善していたのだ。

 病人が回復し、観光客は倍増。

 村は一夜にして“奇跡の聖泉”として脚光を浴びた。


『これは……クロノが……』

 なんて気づく者は誰一人いない。

 彼らは湯船の底で静かに眠る“俺の残留魔力”を、神の加護と信じた。


「ありがたや~! 神様ありがとう~!」



 温泉街を離れた山道で、くしゃみ一つ。

 どうでもよさそうに鼻をこすりながら、俺は呟いた。


「風呂上がりでちょっと冷えたかな……。

 ま、いいか。今夜は焚き火で身体温めながら寝よっと」


 俺は悠々と、星空の下で夕食を楽しんだ。

 夜空に浮かぶ満月。

 湯けむりの残り香が、山の風に溶けていく。


「温泉、最高だったな。

 ジャムも成功、飯もうまい、敵もいない。

 ……うん、これ以上の幸せってある?」


 焚き火の明かりが小さく揺れる。


「次は……もう少し静かな湖とかいいな。

 いや、海か? あ、でも海辺は潮風でジャムがベタつくか……」


 誰もいない夜。

 この旅で一番の“贅沢な時間”が、ただ静かに流れていった。

 世界は勝手に回ってる。俺は俺のペースで生きるだけ。

 追放されてやっと気づいた――

 “自由”ってのは、こんなに心地いいものなんだな。



 そして翌日、村ではさらに噂が広がっていた。


「温泉の神様が現れたって!? 夜に湯けむりの中から光が出たらしい!」

「ほ、本物の神か!? それとも精霊か!?」


 こうして、俺の“ただの入浴”は、

 村の伝説「湯の神クロノ様誕生伝説」として後世に残ることとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ