H崎さんの記憶
アパート賃貸の窓口で働く私の毎日は、様々な事情を抱えた人々との出会いに満ちている。特に印象深いのは、H崎さんという20代の男性だ。彼は市の支援員と共に当店を訪れた。両親とは疎遠で、行方もわからないという。若い彼には精神障害があり、働くことができない。生活は障害年金と生活保護によって成り立っているという。
H崎さんはおとなしい性格で、普段は部屋から出ることも少なかった。私たちの方針として、心配な方や不安定な方にはトラブルが起きた際に迅速に対応できるよう、当店の近くのアパートをお勧めしている。彼もその一人だった。お家賃は毎月、彼の顔を見に集金に行く形で受け取っていた。
彼の部屋には、彼自身が作ったと思われるテントのような囲いがあり、その中で彼は生活していた。彼と目が合うことはほとんどなかった。定期的に市の支援員が彼のもとを訪れるが、私が彼を見かけるのは、買い物に出かけるときのほんの少しの時間だけだった。
そんなH崎さんに、ある日の朝、異変が訪れた。全裸でアパート周りを徘徊しているとの通報が事務所に入った。近隣の方からの通報か、警察も駆けつけてきた。なぜ彼がそのような行動を取ったのか、私には全く理解できなかった。その後、彼はK病院に入院し、施設に移ることになった。
彼が退去した部屋を確認するため、私はドアを開けた。目に飛び込んできたのは、テントのような囲いの内側に貼られたアルミホイルだった。そこにはポツポツと開けられた穴があり、まるで彼の目を守るための防護壁のように見えた。
この部屋で彼は何を見て、何を思い、どのように毎日を過ごしていたのか。私には知るすべもなかった。ただ、彼が少しでも気持ち穏やかに過ごせていたことを願うばかりだった。彼の心の中にあった不安や恐れが、少しでも和らいでいることを祈った。