彼の歩み
昼下がり、静かなアパート賃貸の窓口に、ひとりの青年が訪れた。彼の名はB男さん、20代の男性だ。リュックを背負い、ボロボロの服をまとい、靴も履かずに、穴の空いた靴下を履いていた。裸足の状態で店内に現れた彼の姿に、思わず事務所がざわめく。
「何かお困りですか?」と、私は声をかけた。B男さんは、二つ隣のS市から、当店のあるA市まで、歩いてきたという。途中で靴が壊れてしまい、捨ててしまったらしい。行き場を失い、市役所に相談に行ったところ、「部屋を決めてきてください」と言われたという。彼は生活保護を申請する予定だと語った。
S市には両親がいたが、彼は経済的な虐待に苦しんでいた。学生時代からアルバイトをしても、給料は全て両親に取られ、社会人になってからも自由に使えるお金は皆無だった。独立したくても、貯蓄などできる状況ではなく、ただ耐えるしかなかった。限界が来たとき、彼は自宅にあった食料を詰め込み、家を出た。死のうかとも思ったが、その決断ができなかった。
私は、彼の身なりがあまりにも寒々しいことに心を痛め、まずはリサイクル品の衣類と靴をサービスで渡すことにした。彼は少し驚いた様子だったが、感謝の言葉を口にしてくれた。
数件の物件を紹介した後、無事に契約を結ぶことができた。彼の身分証になるものはほぼなかったが、ボロボロの住民票が手元にあった。印象的な光景だった。
保証人を頼める人がいないため、賃貸契約を結んだ後、社長との面談が始まった。B男は小さな声で話し始めた。「両親ともに働いていたのに、学生の頃からのアルバイトの給料は全て取られ、社会人になってからも管理されていました。自由になるお金は、1円もなかったんです。」
彼の言葉は、心の奥深くから絞り出されたようだった。実家から独立したくても、貯蓄ができる状態ではなく、我慢するしかなかった。限界が来たとき、彼は決意を固めた。家を出るときの心情を語る彼の目には、涙が浮かんでいた。
社長は優しい声で言った。「親だからって、あなたを縛りつける権利はないよね。まだ若いんだから、人生の立て直しに頑張ってほしい。」
B男は、かすかな声で「はい。ありがとうございます」と答えた。その声には、少しの希望が感じられた。
私は、彼のこれからの人生が前向きに進むことを心から願った。彼が新しい道を歩み始めるその瞬間に、何か特別なものが生まれる予感がした。