終活の選択
70代のS木さんご夫婦は、ある晴れた日の午後、アパートの賃貸窓口を訪れた。長年住み慣れた戸建てを手放す決意を固め、これからの生活を考える中で、アパートへの引越しを決めたのだ。
数週間前、S木さんからの電話があった。「老夫婦ですが、戸建てからアパートに移りたいのですが、広めのお部屋はありますか?」と、少し不安な声で問いかけられた。私たちの店は主に単身者向けの物件を扱っているが、それでもワンルームから4LDKまで多様な選択肢があった。残念ながら、その時はちょうど良い物件が空いていなかったため、急いでいないとの事だったので、彼らに良い物件に空きができたら当店から、一報入れる事を伝え会話を終えた。
時が経ち、理想的な物件が空いた。連絡を入れると、S木さんご夫婦は嬉しそうに内覧の約束をしてくれた。
当日、店に現れたご夫妻は、穏やかな笑顔を浮かべていた。彼らは、長年の生活を思い出しながら、これからの新しい生活に期待を寄せているようだった。お話を伺う中で、彼らが〝終活〟を始めた理由が明らかになった。
「私たちが亡くなった後、子供たちが家の処分や財産分与でトラブルを抱えないように、前もって準備をしておきたいと思っています。」とS木さんは語った。まだまだお元気な彼らだが、未来を見据えた選択はとても重要だと感じた。自宅を売却した後の新生活に期待している様子は、私にも伝わってきた。
内覧の時間が迫る中、私は彼らが希望していた4LDKの物件情報を手に取り、自信を持って案内を始めた。ご夫妻が内覧に出かけている間、必要な書類を準備するために店内で待つことにした。
1時間ほどして、彼らが戻ってきた。S木さんご夫婦は、目を輝かせていた。「この部屋に決めました!」と、その言葉に喜びが溢れていた。アパートの1階にはバリアフリーの部屋があり、立地も気に入ってくれたようだった。
契約の手続きに進む中、保証人となる息子さんが遠方に住んでいるため、電話で確認することにした。息子さんは快く承諾してくれたが、書類のやり取りは郵送で行うことになった。スムーズに契約が結ばれ、引越しの手配も私たちの店で行うことが決まった。
引越しの日が近づくにつれ、ご夫妻との打ち合わせは細やかになり、不要な物の処分や荷物の量についても話し合った。彼らの新しい生活への期待が高まる中、私もその一翼を担えていることに喜びを感じていた。
引越しが無事に終わった後、S木さんご夫婦は感謝の気持ちを込めて菓子折りを持参してくれた。「本当に素敵なお部屋をご紹介してくださり、ありがとうございます。」その笑顔は、私の心に温かい光を灯した。彼らが会釈をしながら退店する姿を見送り、私は彼らの新しい生活が穏やかで幸せなものであることを願った。
住み慣れた自宅を手放し、終活に向かうS木さんご夫婦。しかし、まだまだ元気な二人が、終活よりも長く幸せに暮らせることを心から願った。彼らの新しい生活が、笑顔で満ち溢れたものでありますように。