第一席:神の世界へ
「ハッ!」
「戻ってきたか、【航】」
「なんの話だ?」
「いや、ちょっと顔色が悪いなと思ってな」
「そうか?よく解らんが酷い目に合った気がするんだよなぁ」
「舞台デビューで緊張してるんだろう」
「【拓】は落ち着いたもんだよな。その度胸だけは感心するわ」
「さて行くか」
「ちょっと待て。作ったネタ以外のことは口にするなよ。絶対だぞ」
「どうした、急に」
「いや、ちゃんと言っておかないとマズイ気がしただけだ」
「どもー、異世界 航です」
「異世界 拓ですぅ」
「二人合わせて」
「「ワタル&ヒラクです!」」
「あのなぁワタル」
「どうしたヒラク?」
「俺、もう疲れてしまってな」
「このところ元気がなかったから心配してたんだ。聞いてやるから話してみろよ」
「何をやっても裏目に出るし、漫才も受けそうにないしな。人生詰んでる感が半端ないんよ」
「私たち今日が初舞台なんだけど?お前に強引に誘われて相方やってる私の立場は!?」
「それでな、ちょっと行きたいところがあるんで付き合ってくれない?」
「無視かよ、まぁいいけど。行きたいのは癒され処かな。サウナとかお姉ちゃんのいるお店とか?」
「いや、現世に絶望したら行くところは異世界一択だろう」
「そんな簡単に行ける場所か?」
「アレを使えば大丈夫」
「なるほど、それじゃぁやってみるか」
「運転よろしく」
「この荷物を届けたら、営業所に戻るか――」
「明日のステーキ大食い大会、楽しみだなぁ」
「バカヤロー!キキー!ドカン!バキッ!グシャ!」
「ぐわあぁぁぁぁ……ガクッ」
………………
…………
……
「そろそろ起きてください」
「うぅ」
「ご気分はいかがですか?」
「うわ、誰だお前」
「私はここの管理者です」
「なんだその大企業の新入社員みたいな恰好は」
「ただのスーツ姿に妙な属性付けないでくださいよ」
「そんなことよりここはどこだ?周り中白い霧で覆われていて、床はまるで雲の上みたいだし。あちこちに白く光る玉も浮かんでるな」
「詳細な場面説明をありがとうございます。まぁ、あの世の手前とでも思ってください。ところで、どこまで憶えていらっしゃいますか?」
「交差点を渡ってたら信号無視のトラックに突っ込まれたところまでだ。俺は死んだのか?」
「はい。しかし記憶に若干の混乱が見られますね。信号無視していたのはあなたで、トラックにはなんの問題もございませんでした」
「……細かいことはいいんだよ」
「それではあなたのお名前と、マイナンバーか運転免許証番号を教えてください」
「そんなもんがここでも通用するのか?」
「もちろんです。私、日本エリア担当ですから」
「政府の先見の明が凄い。それなら持っていたバッグに――って、俺の持ち物はどこだ?」
「現世からは何も持ち込めませんから」
「だから一流ホテルのプライベートビーチに迷い込んだ一般庶民みたいな恰好なのか」
「ただのTシャツ・短パン・サンダルという、ここへ来るときの標準ウェアに妙な属性を――」
「現物見なけりゃそんな番号なんか憶えてるわけないだろが」
「うーん、記憶力はFランクっと」
「何気に酷いな、お前」
「では検索精度は落ちますが、フルネームでお願いします」
「イセカイ ヒラクだ。こんな名前、他にいねぇだろう」
「イセカイヒラク様、ヒラク様……同姓同名の方は五名ほどいらっしゃいますが、おかしいですね。本日の予定表に載っておりません」
「そんなにいるのか。にしてもiPadが欲しいけど高価いから情報が漏れてもしょうがないか、って妥協して買った中〇製タブレットみたないなそれに日本中の情報が入っているのは凄いな」
「だから妙な属性は付けるなって。しょうがない、上司に確認してみます」
「上司って、神様かな?」
「トゥルルー、トゥルルー、ガチャ。管理者番号2285641のヤマトです。スサノオ様をお願いします」
「こりゃまた日本エリアならではのビッグネームが出てきたな」
「あ、コトミさん。私、タケシです。この間は高価な食事をご馳走していただき、ありがとうございました」
「ミコトにタケルじゃねぇのかよ。パチモン感が凄いし癒着まで疑われる」
「それでですね、ここに【イセカイヒラク】と名乗る人物が来ているのですが、本日のリストに載ってないんですよ……なるほど……あぁ、そういうことですか。それでは確認してみます」
「何かわかったのか?」
「あなた、そんなナリしてカブトムシだったんですね?」
「はぁ?」
「本日ここに来る【イセカイヒラク様】はカブトムシ以外にはおりません。私、なんとなく人間だと思ったので、そちらのリストは見ていませんでした」
「なんとなく、ってなんだよ。俺は人間だ。カブトムシのわけないだろ!」
「そうですか。……はい、コトミさん、本人は強硬に人間だと主張していて……ええ、かろうじて人間に見えなくもないかと……」
「ホントに酷いなコイツ……しっかしカブトムシに名前があって、しかも俺と同名のヤツがいるとはな」
「……えぇっ!まさかそんなことが……は、はい。わかりました……なんとかやってみます」
「どうした、笑顔が気持ち悪いぞ、お前」
「おおお落ち着いてききき聞いてくださいね」
「まずお前が落ち着け」
「まことに遺憾ながらスサノオ様の手違いで、あなたをここに呼んでしまいました」
「なに?ってことは俺が死ぬ予定はなかったと?」
「はい。実はトラックに轢かれるのはカブトムシのヒラク様の予定だったのですが、スサノオ様が間違ってしまったようなのです」
「お前スサノオ様連呼してっけど、まさか上司に全ての責任を被せて逃げるつもりじゃないよな?」
「そそそそんなことすっすっするわけないじゃないっすか。ぼ、僕とスサノオ様は高価な食事を一緒にする仲ですよ」
「うーん、有罪。んなことはどうでもいいから、それなら今すぐ現世に戻せ」
「しかしあなたのお体は骨折百三十六個所、目玉は飛び出してるし脳みそははみ出しちゃってるしで、アレに戻ったら大変なことになりますよ」
「そこは神の力でなんとかしろよ。明日はステーキの大食い大会なんだ。人生最大の勝負なんだよ」
「そうですよね。予定通りなら大食い大会で優勝して、賞金で買った指輪を彼女に贈るというイベントがあるのですから」
「凄ぇなその中〇タブレット、俺の未来まで見えるのか。それなら尚更だ、すぐに還せ!」
「だからこれは〇華タブレットじゃありませんて。しかし結局指輪は受け取ってもらえず、振られたショックと慣れない大食いからの胃腸不全で死んじゃうんですよねぇ」
「な、な、な、なにぃ」
「つまりあなたがここに来るのは、今日じゃなくて明日の予定だったんです」
「そんなバカな……」
「まぁそれに比べればトラックが原因で良かったんじゃないですか?」
「やめろ、そんな生温かい目で俺を見るな。死にたくなるだろうが」
「もう死んでますけどね」
「…………」
「落ち着きました?それでは一日ここでお待ちください。明日、予定通りに迎えにきますからそれで総て丸く収まるってことで。ナオコレハ フショウジノインペイデハナク スサノオサマノ オンジョウデス」
「官僚の言い訳みてーなことを棒読みしやがって。君とはやってられんわ」
――幕――