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憑いた狐を猫は嫌う

作者: 狐猫

 俺は一体この時間になぜこんなところにいるのだろうかと不思議に思っている。

 京都でも有名な観光地としては上位に食い込む程の人気「伏見稲荷大社」

 時間は夜。

 夜間拝観ができる貴重な場所である。

 そんな人気観光地は夜の帳が下りて顔つきを完全に変貌させている。


「人がいない」


 昼の喧騒を思い出させない程の静けさ。

 稲荷様もどうやら床についているよう。

 なぜ俺がここに来たのか深い理由は無い。自主的に来たと言うよりも、導かれたという意味の方が近い。

 途端ここに来たくなったのだ。

 大鳥居を潜り、中へと足を進める。

 明かりは灯っているものの、そんな光源では賄いきれないほどの暗さがあたりを包む。


「お参り…」


 夜にお参りすることが常識的かどうかは知らない。ただ、お金も入れずに夜の伏見稲荷大社をうろつき回ることに抵抗があるだけだ。


「お邪魔します…」


 作法通りお参りをして俺は鈴を鳴らした。


 千本鳥居は俺を歓迎する。

 進めど進めど姿を現す赤の鳥居は俺を逃がさないとでも問いかけるよう。

 そんな恐怖を感じさせるような状態で俺は全く逆の感情を抱く。


「う、美しい!!美しいぞ!」


 灯は周りを照らすには物足りない。そのお陰で不必要な視覚情報を遮断する。

 伏見稲荷大社の綺麗な部分しか見せないようになっている。


「素晴らしい!」


 俺はこの状況に感動を覚える。赤い鳥居達は私を幽閉する。さながら蛇のお腹の中のようだ。

 提灯の赤い光は赤の鳥居に化粧を施す。

 鳥居が嫁入りでもするのだろうか。

「赤化粧」

 こんな言葉がこの世に存在するわけではない。ただ、この場ではこの言葉が常習化する。


「いいぞ!いいぞ!こんな景色を独り占めか!」


 気分が良くなってきた。

 赤い鳥居に迎えられるように意気揚々と先へ進む。鳥居の中を進むという景色の変わらない行動のはずであるが、俺はそんなことを感じない。歩き進める度に新鮮な景色だと頭が処理をする。ここを進んでても飽きない。


「どれくらい進んだだろうか」


 後ろを向いたが、同じような景色が続くこの場所でそんなことを確認するなんて不可能。もはや常世から切り離されたと捉えても遜色ない。

 そんな気分を味わいながら歩いていると広場に出た。


「フフフ」

「誰だ」


 誰かの笑い声が聞こえる。

 その声の先には小さな社が構える。

 気のせいかと思って目線を外そうと眼球を動かすが、おかしなことに社が視野から消えない。どう頑張っても社を見てしまう。

 俺はそんな身体の異変に逆らわず社へと歩みを進める。


「なんだこれは」


 お世辞にも綺麗とは言えない。

 あんなに赤化粧を施した鳥居の先に待っていたのが質素な社とはガッカリである。

 なのに、この社が気になって仕方がない。


「おい、なんなんだあんたは」


 社を人かのように扱う姿は周りから見たら滑稽だが、今は誰もいない。


「フフフ」


 この中に何かがいる。

 いや、狐だと考えた方が早い。

 稲荷様が呼んだのだろう。

 小さなお賽銭箱があるのが見えた。

 目の前まで来てお金を入れないのはおかしいので、お賽銭を入れた。


「カランカラン!」


 鈴の音が鳴る。

 この社に鈴は無い。

 勝手に鳴ったのだ。


 視線を感じて後ろを向いた。

 やはり予想は的中。狐がこちらを向いている。

 その首元には鈴が括られている。


「あんたが稲荷様か」

「・・・」

「シカトかよ」


 狐は方向を変えて森の中へと歩く。

 言葉が分からなくとも通じる。

「ついてこい」

 と言っているのだ。

 道無き道を狐の鈴の音を頼りに進んでいく。先程までの灯りが嘘かのように森は光を持たない。

 開けた土地に出た。そこには先程よりは大きい社が構える。多少ボロい提灯がぶら下がっているので幾分か明るい。


「ボロい」


 お世辞にも綺麗とは言えなかった。

 社の傍にちょこんと座る狐はじっとこちらを見つめてくる。

 ここまで来てお金を入れる訳にはいかない。

 お賽銭を入れた。

 社をじっと見ると赤い塗料が塗られているのがわかる。少しだけ赤化粧を施している。

 少しばかり見入ってしまった。

 この社は本来の姿にさえ戻れば絶対綺麗になる。この狐もそれを願っているはずだ。


「この社が俺を感動させるほど綺麗になることを願う」

「やっぱり君を選んで正解だよ」


 狐が喋った。

 異常な驚きであたふたする中目の前は赤い光に包まれた。


「なんだこれ!まぶし」

「人の思いが社を強くする。この社に足りないものは人の心。そなたの心さぞかし受け取った」


 眩しかったが目は慣れてきた。

 そっと目を開けると堂々たる面構えの赤い社がこちらに微笑む。

 隣では狐が笑顔で鈴を鳴らす。

 社に微笑まれた俺は心を奪われる。

「美しい」

 そう言葉を口にすると再び強い光に包み込まれた。


「クソっ」


 強い光は急に途絶えた。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 入り口の大きな鳥居が視界に入った。


「な!?」


 入り口に強制的に送還されてしまった。

 俺は不気味に思いながらも、もう今日は帰ることにした。


「ただいま」

「シャーー!」

「ん?」


 飼い猫が帰るやいなや威嚇をしてきた。

 今までこんな経験は無い。

 前例のない行動に戸惑う飼い主を他所に猫は威嚇し続ける。

 何かが俺に起こっていると結論づけるまでにこう時間はかからない。

 試しに近づいてみたが案の定逃げられた。

 猫の異常行動を見ておばあちゃんが出てきた。


「あんた…稲荷様に気に入られたんだね」

「え、どういう…」

「憑いた狐を猫は嫌う」

「ばあちゃんそれは…」

「よくも悪くも選ばれてしまったんだよ」


 家には見た事のない赤い神棚が出現した。

良かったら評価よろしくお願いいたします!


皆様もご自身の作家名で執筆してみてはいかがでしょうか!

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