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私がママになるんだよ!!!!

初連載!

「よしよし。今日もわるーいやつをたくさんやっつけてきたのですね。きーくんが正義のヒーローになってくれて、ママはとても嬉しいです。今日はきーくんの好きなオムレツにしましょうか」


 そう告げて膝の上にある頭をゆっくり撫で、髪をかき混ぜると、男はガラスのように蒼い瞳を蕩かせた。私はそれに慈愛の微笑みを向け、口元が引き攣らないよう必死に顔の筋肉へエールを送る。


 あぁ、今日も死なないため、ママにならないと。




 ✴︎✴︎✴︎



 一般大衆からすると、父は悪徳領主であったらしい。そのせいなのか、はたまた敵対する他の悪い輩に邪魔に思われたのか。暗殺者なんてものを仕向けられるほどその存在を厭われていたのだと気づいた時には、父は物言わぬ骸となっていた。


 なにやら話があると執事に言われてのこのこやってきた私は、明かりの落とされた執務室にうっかり入ってしまって。窓から入り込んでくる雷に照らされる、倒れた大男と見知らぬ青年を認識した時にはもう隣にいたはずの老執事の首から上がなくなっていた。庇ってくれたのか、たまたまその位置にいたのか。いずれにせよ執事のおかげで一瞬のうちに殺されなかった私は、この隙を逃してなるものかと礼も謝罪も口に出さずに逃げ出す。だがまぁ、そんな不義者に運が味方するはずもなく。あっさりと捕まって、馬乗りになった男がかざす刃物から目が離せなくなっていた。


 ガタガタと震えながら、このまばたきが終わる時に私の命も終わるのか……別に私は悪事に加担はしてないけどまぁいずれくる政略結婚のために美味しいものとか豊富な教育とかを享受してきた健康優良な身ならば恨まれるのもやむなし……とか諦めの気持ちでいたのに、どうにも思考の止まりが見えなくて。おそるおそる瞑っていた目を開くと、目が合った男がニンマリと笑うのが見えた。思わずヒッと喉奥から悲鳴が漏れる。



「オレさぁ〜〜オンナノコの声って好きなんだよねぇ。甘くて、高くて。あ、ねぇ、命乞いしてよ」

「は……?」

「ほら、もしオレが良いな〜って思ったら、たすけてあげる」



「ね?」なんて言われて、ふざけんなと叫べたらどれほど良かっただろう。卑劣な暗殺者などの甘言に惑わされず、貴族として潔く死ねたなら、きっとこれまで受けてきた恩恵も報われるというもの。だけれど、ただの小娘がいきなりそんな覚悟なんて決められるわけがなくて。いのちは誰にとっても大切で、目の前に明らかに罠であろう餌が釣られたら、食いつかずにはいられない。その餌が毒ではない保証もないのに。



「え、えっと……えと…………」

「オレわりと気は長い方だけど、限度はあるよ〜〜」



 だまらっしゃい貴方絶対気が短い方でしょ脅すな。


 それを言うのに使うエネルギーを、頭を回転させる方になんとか回す。こういう時の常套句といえば「金ならいくらでもやろう!」とか「なんでも好きなものを買ってやる!」とか? でもこういう暗殺者って金で動くものなのかしら。実際小説でこれを言った者はみんな殺されていた。そもそも向こうはある程度の情報を仕入れてもこっちは完全に初対面。初対面の人が望むものなんてわかるはずがなく、それなら互換性が高い金が一番リスクは低そうで提案として間違ってはいなそうなのに99%間違いであるだろうことは確信してる。答え自体が間違っている問題なんてクソくらえだわ。あああだからナイフの背で頰をピタピタしないでさっきパックしたばかりだからお肌のキメが整ってよく吸い付いてしまうのよ。


 つくづく自分は咄嗟に黙ってしまう性格で助かっていると感じる。もし咄嗟にべらべらと口が回るタイプだったなら、上手いこと命乞いが出来る前に飽きられて殺されていただろう。私はさっきから唸ることしかろくに出来ておらず、彼の「声が聞きたい」という欲望はまだ満たされていない。まだ考える余地はあるはず。でも早くしないと。はやくいい案を出さないと。恐怖に負けて安易に金でなんとかしようとしてしまう。よく聞くセリフを脳直で言ってあとは運に任せるなんて、絶対いや! 


「いーーち。にーー。さーーん。よーーん……」


 だからそれはなんのカウントダウンなのよ数が減るんじゃなくてなんで増えるのよ意味わかんなくて余計怖いわよ!!!!! ……冷静になれ私。ビークール。ええ私はドロカスタル地方領主の一人娘。カリーナ・ウィスティリアよ。ウィスティリアに生まれたものとして、これ以上無様な姿をさらしてなるものかっ! 


 あぁ。そういえば、以前読んだことのある暗殺者と王女の恋物語。ほぼ創作ではあるけれど、一応元となった遠い国の駆け落ち伝説は実在する。なら、きっと、あの本で描かれていた暗殺者の描写だって、参考になるはず。違う人間でも、暗殺者なんて特殊な状況にいる人間ならそうそう変わりのない人生だろう。あれの中で、たしか、暗殺者は不遇の人生を送っていた。親兄弟はおらず、親しい友人もできず、過酷な訓練を積みながらずっと寂しさを抱えて生きてきた。そんな中で出会った王女の暖かな光のような姿に惹かれるのよね。隠し通そうとしていた思いを耐え切れずにこぼしてしまうシーンは涙なしには見られない……ってそうじゃなくて!! 


 そう、暗殺者あるあると言えば、きっと、「さみしさ」!



 私は覚悟を決め、手を伸ばす。本当は顔に触れたかったが、流石に警戒されているのか届かないので、ナイフを当てている腕を掴み、撫でる。男心を掴むならボディタッチ♡と書いてあったあの本よ、嘘なら貴様らの出版社に化けて出てやるからな覚悟しなさいよ。


「わたしが、あなたのママになります」

「へぇ?」


「何にもなくても頭をよしよしします。おやつを作って2人でおいしいねって食べ合います。あなたが家に帰ってきた時、『お疲れ様。ご飯が出来てるから手を洗ってらっしゃい』と言って出迎えます。毎晩夜は抱きしめて、眠るまで絵本を読んであげます。そして朝は一番におはようを言って、鼻歌を歌いながら洗濯物を干します。そういうママがいる生活を、提供します」


「ふぅん。ママかぁ……」

「い、いかがでしょうか……?」


「ねぇ、オレの名前キースって言うんだけど。ママなら、なんて呼んでくれる?」


 考えろ私。なんかしらで興味は引けたっぽいぞ。ならここが正念場だ。私はママだ。ママになるんだ。愛しい息子。最愛の子をなんと呼ぶか。頭の中はぐるぐるとそう考えながら、なんとなく思いついた言葉をうっかり口に出してしまう。


「き、きーくん……?」


 彼の望むような、甘くて高くて女の子らしい声でもなく、引き攣った笑顔で恐々と出された呼び名は、なんと受け入れられたらしい。私が呼ぶと、彼……キースは暗闇にもわかるほどにパッと華やいだ笑顔を浮かべ、私に当てていたナイフを引いた。



 それから。私はあれよあれよという間に担がれ、どこぞへと連れて行かれた。執務室の破られた窓から私を俵担にして外に出たキースは、暫く屋敷周辺の森を移動した後に「あ、忘れるところだった」と呟いて、私を地面に置く。え、ちょ、シルクのパジャマに土が付くんですが!? そんな私の驚愕もさておかれ、「ちょっと寝ててね〜」という軽い声と同時に衝撃、暗転。うそでしょここで強制アウトさせられるの!? あ、わ…………



「あ、ママ起きた?」

「……きーくんごめんない。ママお寝坊しちゃったみたいね」



 目覚めたら眼前に知らん男がいて、死ぬほどビビりながらなんとか寝る前の超絶スリリングな取引を思い出せた。咄嗟のアドリブは正解だったらしい。「いいんだよ〜〜」と言いつつ彼は何もせずに部屋から出ていった。え、なんでいたの……?


 ベットから身を起こし、ぐるりと部屋を見渡す。板張りの床に、天井に灯りが一つ。ベッドと椅子と机、あとはクローゼットがある、シンプルな部屋だった。屋敷の私の部屋と比べると犬小屋みたいなものだが、案外掃除はされてるのか綺麗だった。ベッドからそっと足を出して降りる。この服……は着替えられてないわね。ある程度は払ってあるみたいだけど、ちょっと背中とかお尻の辺りがじゃりっとした。私が洗うん……ですよね。はぁ。


 ペタペタと歩いてクローゼットを開ける。スリッパとかないのかしら。クローゼットには女物のワンピースやらスカートやらが揃っていた。靴もある。見たところ私の体型にも合いそうで、彼の私物ってわけではなさそう。前に着ていたものよりもだいぶ簡素で、落ち着いた色味ではあるけど、恋人ではなく庶民の“ママ役”ならこんな感じかしら。



「ママ?」

「えっあ、きーくん……どうしたの?」

「オレこれからちょっと外出てくるからさぁ〜暫くゆっくりしてて」

「あ、あらそうなの。気をつけて、いってらっしゃい」

「ふは。行ってきまーす」


 出て…行った? 確認のためドアの向こうの廊下に顔を出すと、向こうからもニュッと顔が出てきた。


「ヒョワッ」

「はは。ママ驚きすぎ〜っと、そうそう。どこ歩いてもいいけど、緑の印があるとこから先は入んない方がいいよぉ。他にもあるけど、それはおいおい。はいコレ」

「これは……?」

「メモ。覚えたら早めに捨てといてね。じゃあ今度こそ行ってきまーす」

「え、ええ気をつけて……」



 今度こそ本当に行った……のよね? 

 ひょいと渡された紙切れを握りつぶして良いのかもわからず、慌てて手の中に収めて見送る。行ってらっしゃいと手を振ってみたものの、メモを親指で押さえた手の形は「4」を示すもののようで、絶対間抜けに思われた! と気恥ずかしいような悔しいような気持ちになった。


 ちょっと外出てくるって……まさかウチに戻ったとか? なんらかの理由で殺されたっぽい父はもう死んでいたし、物的な証拠でも掴みに行ったのかな。まさか、使用人たちもまとめて……!? 父と哀れな執事と私、それくらいで押さえられたと思っていた被害が拡大しているかもしれないと気づき、青ざめる。ごめんなさいみんな。私にはどうしようもないのよ……。


 顔見知りの使用人たちの無事を祈りつつ、他人よりもまず自分の皆安全だと、家探しを始める。いったい、緑の印を超えてしまうとどうなってしまうのか……。


 あの軽い口調だと程度が察せなくて尚更怖いのよね。




お読みくださりありがとうございます!

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