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第4章 ――記憶、初めてのキス2

 翌日、神野が拓斗の机にやってきた。そして周囲の生徒に聞かせるような大きさの声で礼を述べた。


「いいけど、でも人の宿題を写しても神野にとっては良くないと思うよ」

「そんなことないよ。今度、お礼するね」

「いらない。それにきっと、俺に感謝なんかしなくなると思うから」

「どういう意味?」


 拓斗は意味深に微笑むと顔を背けた。神野のほうは半ば強引に話を打ち切られてムッとしたようだったが、なにも言わずに席についた。


(俺、あぁいうタイプ、好きじゃないから)


 こちらを見ている茜と目が合い、心の中でそう語る。伝わっているのか、茜が微かに頷いた。


 チャイムが鳴って数学の教師が入ってくる。最初に宿題を回収し、それから授業が始まった。


 神野はきちんと宿題を提出したことに対し、教師に対してしてやったりと思っているのか、ずいぶんご機嫌だった。


 意気揚々としている神野が顔色を変えたのは、ホームルームの時間だった。


「島津君と神野さんはあとで職員室に来るように。小和田おわだ先生が二人にお話があるそうだから」


 神野は顔を曇らせ、拓斗はやはりと言いたげに小さく吐息をついた。


 二人揃って職員室に向かうと、数学の小和田が怖い顔をして迎え、宿題のプリントを神野に突きつけた。


「どういうことか、いちいち言わなくてもわかっているだろ? 出せばいいってものじゃない。例え全問不正解でも、自分でやってこそ意味があるんだ」

「え、っと~、先生、意味がよく」

「お前が島津の宿題を丸写ししたってことはわかっているんだ」

「でもぉ~」


 小和田は拓斗に顔を向けた。


「島津」

「すみませんでした。神野さんが困っていたので協力しました」

「ちょ、ちょっと、島津君!」

「だからすぐにバレるって言っただろ?」

「もしかして神野、お前、島津が学年首席で、特に数学が強いこと、知らなかったのか?」


 神野の顔が強張った。そしてそのまま拓斗に向ける。


「首席?」

「学年でも下位を争っているお前が、完璧な答えで全問正解するわけがないだろ。頼んだ相手が悪かったな。とにかく、人の宿題を写しては意味がない。二度とするな」

「……すみません」

「島津も、こうなることはわかっていたはずだ」

「気をつけます」


 それから間もなく二人は解放された。


 明日は茜とデートだ。早く帰って今夜中に課題を終わらせてしまおうと考えている拓斗は、早足で廊下を歩いた。それに必死で追いかけてくるのが神野だった。


「ちょっと待ってよ」

「…………」

「ねぇ! ねぇってばっ、島津君!」


 神野は拓斗の腕を取った。そのまま引っ張り、胸の前で両腕を絡ませる。高校生とは思えない豊満なバストに腕が当たり、拓斗は驚いて飛び上がりそうになった。が、なにも言わず必死で平静を装った。


「なんだよ?」

「みんなから賢いって聞いてお願いしたんだけど、島津君って首席だったんだ?」

「え? あぁ、そうだよ。事情で本命の学校、受験できなかったから」

「本命?」


 神野は質問の返事として拓斗の口から出た学校名に目を見開いた。神野でさえ知っている都内でも指折り有名な進学校の名前だったのだ。


「だからこの学校じゃ、そんなに無理しなくても首席なわけ。一緒に叱られてやったんだから、もういいだろ?」

「あのさー、家庭教師やってもらえない?」

「はぁ?」


 いきなりの爆弾発言。拓斗は目を剥いた。


「首席の人に勉強教えてもらったらさぁ、私の成績も上がると思うのよねぇ。それに私、ほら、仕事してるでしょ? 塾とか予備校とか通えないのよ、不規則で」

「……そっちのスケジュールに合わせて動けっての?」

「空きの日をこまめに連絡入れるからさぁ。お願い」


 勝手な言い分に呆れた。媚びたような目を向ける様子も同様だ。


 拓斗は冷たく突き放した。


「お断り。こっちだって忙しい。他のヤツに頼めよ。喜んで引き受けるヤツ、いっぱいいるだろ?」

「えー! お願いぃ」


 その声はどこから出しているんだ? と聞きたくなるような猫なで声だ。


 拓斗は呆れつつ、もう一度否定してから立ち去った。


(バカバカしい。時間の無駄だった。明日の課題分もやり終えようと思ってたのに。早く帰って勉強しなきゃ)

(明日、榛原と初デートだから!)


 3Dのアクション映画は大迫力で、二人は観終えた後も興奮冷めやらぬといった状態だった。


 ファストフードでランチを取りながら、映画の内容をあぁでもないこうでもないと言い合い、盛り上がった。


 その後、渋谷に出向いて竹下通りを歩いていたが、拓斗は茜の顔が冴えないことに気づいた。


 笑顔は笑顔だが、ふと暗い顔をする。いつもと様子が違う。心配事でもあるのか、会話の途中から返事をしなくなる。最初は無視していたが、そろそろ日が傾き始めた時刻になると、我慢できなくなった。


「ねぇ、なんか上の空だよね? なにかあったの?」

「…………」

「映画の話では盛り上がったけど、それ以外はなんというか、気持ちが入ってないって感じがして……俺とじゃつまらない?」

「え!? そんなことない! すごく楽しいよっ」

「ホント? なんだか冴えない顔してるけど……」

「そんなことないって」


 二人の目が合った。茜はまっすぐ見つめる拓斗の視線を受けると、今度は怯えたように俯いた。


「榛原?」

「やっぱり……神野さんのほうがいいんじゃないかと思って」

「え? 神野?」


 コクリと茜が頷く。それに対し、拓斗はなぜここで神野の名前が出てくるのか、理解できなかった。


「なんで?」

「昨日……その、気になって……」


 気になって職員室までついていった――途切れてしまった茜の言葉を拓斗は察した。


 そして神野から家庭教師をしてほしいと頼まれたことも聞いていた、と。


「私じゃ、その、迷惑じゃないのかな?」

「どうして迷惑なんだよ」

「だって……男の子って、やっぱり神野さんみたいなきれいな子で、胸とか大きい子のほうが好きなんじゃないの? 家庭教師引き受けたら、その、つきあえるかもしれないよ?」

「なんで俺が神野とつきあわないといけないんだよ。俺が彼女のこと、なんとも思ってないの、知ってるだろ?」

「…………」

「頼まれても家庭教師なんかイヤだし、映画も観に行く気もないよ!」


 強い口調でそう言った拓斗を、茜が顔を上げて見つめた。その目にうっすら涙が浮かんでいる。


 昨日、神野に言い寄られている姿を見て不安になっているのだ。


 それは拓斗を大事に思っているからこそのことで、その思いが拓斗にはたまらなく愛しく感じられた。


「ちょっと、こっち」


 茜の腕を掴んで歩きだす。


 引っ張るようにして強引に茜を連れて進む。代々木公園に入り、人通りの少ない場所にやってきた。


「島津君?」


「親父、海外も含めてとにかく出張ばかりでさ、母さんと二人でいることが多かった。その母さんには持病があって、小さい時から家事を手伝ってきた。小学校に入った辺りから母さんの具合がどんどん悪くなって、中学では入退院を繰り返すようになった。だから俺、ずっと医者になろうと思っていたんだ」


「……島津君、弁護士目指してたんじゃないの?」


「そうだよ。母さんに付き添って病院に通っている間、何度も何度も先生達やスタッフの人達が患者やその家族に責められている姿を見たんだ。無茶を言う患者や家族って、想像以上に多いんだ。それを見て、病気の人を治すのも立派な仕事だけど、そういう頑張ってる人達を守るための職業ってのもいいなぁって思ったんだ」


「……そうなんだ」


 拓斗はうっすら笑った。


「これは余談で、言いたいことはここから。そういうわけで、ずっと家事とか勉強とかばかりだったから、女の子を好きになるってどういうことかよくわからなかった」


「…………」


「神野を見てもなにも感じないし、むしろ不快なぐらい。だけど榛原は違う。その、かわいい」

「え!」

「かわいいし、愛しいと思う。こんな気持ち、初めてだよ。これが好きって気持ちなのかなって思う。女の子に触れたいって思ったこともなかったのに」


 見つめる拓斗。見つめ返す茜。


 しばらく無言で互いを見つめあった。


「茜って呼んでいい?」

「…………」

「俺も拓斗って呼んでくれたらいいから」


 目を大きく開き、じっと拓斗を見つめる茜。そんな茜にそっと顔を近づける。


「キスしていい?」

「わ、私、キス、初めてなの」

「俺も」

「島津君」

「拓斗って呼んでほしいんだけど」

「拓斗君」

「茜、好きだよ」

「私も! 私もよっ。拓斗君、お願い、キスしてっ」


 見つめ合い、微笑み合う。それからお互いの両腕をお互いの背に回し、そっと唇を重ね、初めてのキスを交わした。






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