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第4章 ――記憶、初めてのキス1

 拓斗と茜が一歩進んだ関係になって一か月が経った。


 二人のことは誰も知らない。二人だけの秘密だ。


 恋人同士としてつきあうわけではないと考えていることもあり、世間でいう『恋人同士』という感じでもなかった。


 とはいえバレれば冷やかしを受けるだろうし、そういうことは面倒なので、学校では今まで通りの態度でいた。


 週に二日、拓斗はファミレスで茜の勉強を見ていた。


 最初は単純に『茜のため』と思っていたが、次第に、教えることにより自らの理解度がどれぐらいか感じるようになって、拓斗自身のプラスになると考えるようになった。


『わかっているつもりだった』とか、『なんとなく理解していた』ということに気づかされたのだ。


 さらに教えることにより、どうすればわかってもらえるのか、説明の仕方や角度を変えて見ることにより、問題の理解度を深めることになった。人に伝え、教えることの難しさもわかった。


 そしてもう一つ。


「わかった! 島津君、これでいいでしょ? できたっ。ありがとう!」


 茜がそう言って礼を述べ、うれしそうに笑う姿に喜びと癒しを感じた。


 最初はほんの少し気になる程度の茜であったのに、今では茜と一緒に過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。


「榛原、あのさ」

「うん」

「今度、映画に行かない?」


 突然の誘いの言葉に茜が目を丸くする。


「いいの?」

「まだ二年だし、そんなに必死にならなくてもいいと思ってる。どうかな?」

「行く! うれしいっ。島津君と初デート!」


 初デートという言葉に拓斗の顔が真っ赤になった。それを見た茜も顔を真っ赤に染めた。


「……あの」


 茜がなにかを言おうとして口を開いたが、先に話し始めたのは拓斗のほうだった。


「ファミレスで二人きりの勉強もデートのような気がするんだけど」

「あ、うん、だけど……その、勉強だからデートっていうのも、その……」

「そうだね。なんだか照れ臭いけど、でも、二人で行きたいし」

「うん! 私も!」

「どんな映画がいい? 恋愛モノなんかはちょっと困るんだけど」

「アクションモノとか冒険モノでいいんじゃない?」


 二人はスマートフォンを取り出して上映している映画を探した。


「これは? この3Dのファンタジー冒険モノ」

「あ、いいね。じゃあ、そうしよっか」


 二人は互いを見つめ合い、そしてうれしそうに笑った。


 拓斗は日本最難関のT大医学部を目指している。


 とはいえ医者になるのではない。医学の知識を持った弁護士になろうと考えていた。


 大学受験のあとは司法試験が待っている。恋愛に没頭している余裕はない。


 今、カノジョを作ったところで一緒に過ごす時間は少ないだろうし、大学が異なったらすれ違うだろうと思われる。


 司法試験合格を目指して勉強を始めればますます会うこともできない。終わりの見えている交際を始めても仕方がない。


 恋愛は司法試験に合格してからでいい――そんなふうに思っていたが、茜との関係は例外のような気がしていた。


     ***


「あ、いた! よかった!」


 そう言って教室に入ってきたのは学園のアイドル、神野真子。


 本物のアイドルになるべくプロダクションに所属している。最近はグラビアなどの仕事も取れるようになり、本人はすっかり人気アイドルを気取っている。


 着崩した制服の胸元からは、はち切れんばかりの豊かな谷間が見えた。


「ねぇ、島津君、お願いがあるの!」


 そう言って拓斗に近づく。何事かと思っていると、媚びたような目を向けて笑った。


「島津君ってさぁ、勉強得意なんでしょ? 私ね、仕事してるじゃない? 欠席多い上に成績良くないの。数学の先生には特に目をつけられていてマジでヤバいのよ。明日提出の宿題、写させてもらえない? 一時間目なのに、私、今夜、撮影の仕事が入ってるから遅くなるのよ。お願い!」


「……宿題写すの? 神野が? 俺のを?」

「うん!」


 拓斗の顔が瞬時に曇った。それを神野が目ざとく察し、体を寄せて上目使いに見上げた。


「ダメなの? ねぇ、助けると思って、お願いだからぁ。次からは自分で勉強するからぁ」

「…………」

「イヤなの?」

「イヤとかじゃなく、バレて叱られるんじゃないかと思って」

「バレるかなぁ?」


 神野はクスクスと笑った。そんな様子を拓斗は呆れたように見つめた。


(こいつ、俺が首席って知ってんのかな? 底辺にいるヤツが上位の宿題丸写しにしたらモロバレなのに。まぁいいか、俺の知ったこっちゃないし……先生になにか言われたら、うるさかったからって言えばいいか)


 拓斗は宿題のプリントを取り出した。


「明日、欠席とかナシだぜ」

「ありがと! 大丈夫よ。だって休んだら完全アウトだもん。助かるぅ~!」


 神野はそのプリントを手にするとうれしそうに去っていった。


 その背を見送り、拓斗は深いため息をついた。


(なんだよ、あの目。あーいう目をして頼み込んだら、男はみんな言うこと聞くと思ってるのかよ。最悪だな。その点、榛原は素直だし、あんな目で男を見たりしないから)


 胸の内で呟き、茜の顔を思い浮かべる。同時に思わず息をのみ、頬を朱色に染めた。


(バカ。なにを考えてるんだ、俺。俺達は確かに一歩進んだ関係だけど、まだなにもないし)


 そう思ってハッとなった。


(まだなにもって、なんだよ!)


 グルグル考えながら教室を後にする。そして目的のファミレスに向かった。


「あ、島津君! こっち」


 奥のテーブルで茜が立ち上がりつつ手を振っている。そんな姿を見て、拓斗はまたしても顔を朱色に染めた。


 茜の無邪気な笑顔のほうが断然かわいい――拓斗は素直にそう思った。


「ごめん、遅くなった。教室で神野に呼び止められた」

「え?」


 途端に茜の顔が曇る。クルクル変わる表情もかわいい。拓斗は笑みを浮かべてソファに座ると、ドリンクバーを注文した。


「明日の数学の宿題を写させてくれってさ」

「宿題? 数学の? それって」

「あぁ。たぶん、ソッコー呼び出されると思うよ」

「学年首席だもんね。けどさ、いいの? 協力したほうも注意されるよ?」

「この学校からT大に行けそうな生徒なんていないに等しい。俺が行ったら大喜びのはずだ。だから断りきれませんでした、すみませんって謝ったら許してくれると思う」

「……そーいうもの?」

「たぶんね。そんなことより、明後日の映画」


 その瞬間、茜が照れ臭そうに笑った。拓斗には作っていない素直な表情や仕草がとても可愛く見えた。


「十時だから」

「うん、わかってる。すごく楽しみにしてるの。それでね、島津君、私服姿、笑わないでね」

「え? 笑われるぐらいヘンなの!?」

「そーいう意味じゃないよっ」

「あはははは。大丈夫だよ。だけどメイド以外の服装希望」

「もう! 意地悪なんだから!」


 拓斗はやはり茜がかわいいと思った。



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