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まゆのなか  作者: もっちー
1/1

×××××

遠い遠い昔の話

私は誰かに唄を聴かせてもらったことがある

その唄を誰が唄っていたのかは分からない

一つ覚えているのは

『別れの唄』だったこと


真っ暗で何も見えない時間

私は自分の部屋にいた

鍵を開けようと思ったとしても

開けようとは思わない

窓の外から見た景色は冷たく

街が死んでいるようで

思わず目を逸らしたくなる



部屋の中にはテレビがある

私はおばけのぬいぐるみを抱いて

テレビのスイッチを入れると

画面には砂嵐が映っているだけだった



何もないというのなら

私が眠ってしまえばいい

今宵も夢を見ることはないだろう

どうせ深い眠りに落ちるのだから

時計が示すは午前二時

ベッドの中にこの子を連れて

私は眠りの底へ落ちた

筈だった



枕なんてなくたって

眠ることだけならできる

布団の中にずぶりと

沈んでしまえたならば

私はここから出られるのだから

そうして私は夢の世界へ旅立った



暗い部屋

けれど私がいるのは

冷たい団地の部屋じゃない

黒と紅

その二つだけの部屋



誰かがいるのに姿は見えない

ぎゅっとこの子を抱きしめて

少し歩いた時

そこに鏡があった

前後の隙間から見た眼の色は

記憶の中と同じ色

紅い光で満ちるステンドグラス

視ているのは哀色の右眼

ほんの少し 私の姿が見えた



クラシカルな黒のワンピース

丈は短く 飾り気はない

喪服のようなその黒は

ほんの少しのフリルで彩られ

胸元のリボンが小さく揺れる

靴は見えない

そもそも履いてもいないから

ぺたぺたという小さな足音だけが聞こえている

隙間風のせいだろうか

片脚にだけ付いている細いリボンが私を撫でた



オリーブ色の左眼が

紅い世界を捉える

地面の水溜まりも

窓も

紅に包まれている

回廊には時折椅子を見る

誰が座る訳でもないのに

そのうち一つに座ってみたら

少し心が休まった



何処からか靴音が響く

誰もいない筈なのに

逃げようとしても

逃げられない



だから目を閉じた



声が聴こえる

「此処はお前の繭の中。一旦目を閉じてしまえば辿り着けない。永遠に」

冷たい哀色の声が

まるで憐れむように

慈しむように

優しく



手は触れない

声だけが回廊にこだました

その声はやがて

霧のように消えていき

目の前にはもう誰もいない



少し進んだ先にある扉の向こう

開けた先には

ステンドグラスとオルガン

それと首吊り縄が

音もなく揺れていた



椅子に座った沢山の人形が

じっとそれを見つめている

まるで誰かの死を

祝うかのように



何故目覚めたの

何故手放したの

私は



見たことない世界の一端を

私は小さなノートに書いた

鉛筆で

この記憶が消えないように

私は確かにあそこにいたのだと

知って欲しいから

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