第九九話「魔剣たちの宴」
――わたくしには日ごろ不定期で行なっている事があります、それは……。
ここはおさんぽ日和ギルド本部の酒場、小さな友の家の二階にあるわたくしの自室です。今日はお休みを頂いたので部屋で過ごしています。机の上に魔剣四〇人の盗賊を制御する首領の剣を置き、その前には酒瓶を置いて蓋を開けます。
(お酒の匂い、どうしても慣れませんね)
そういえば、今回のお酒は珍しい西方大陸のものです。かなり強いお酒らしいですが――何故こんなことをしているかといいますと、四〇人の盗賊に込められた魂……古代魔法帝国時代に魔術師たちに反逆し捕らえられ、魔剣の実験材料にされた盗賊の方々に時折捧げているのです。普段はこうしているといつの間にかお酒が空になっています。
(恐らく四〇人の盗賊の方々が呑んだ、という事なのでしょうけど……なんだか今日はフラフラします……眩暈が……)
「……おい……おい、主?」
(……わたくしのことでしょうか?)
わたくしはいつの間にか眠っていた様です。目を覚まして起き上がると、そこは霧か靄に包まれていました。辺りには焚き火とそれを囲んでお酒を呑みながら騒ぐ怖そうな男の人達がいました。
「主が起きたぜ頭ぁ」
わたくしに声を掛けていたのは丸刈りで顎髭を生やし、右目に革製の眼帯を着けた浅黒い肌の中年男性でした。右手で大きな偃月刀を担いでいます。
「あの……あなたは?」
「つれねぇな主、何度も一緒に戦ったじゃねえか? ああ、名乗って無かったか。俺は偃月刀のバシュムだ」
(確かに、この西方大陸風の意匠の偃月刀は四〇人の盗賊の一振りです……ではこの方が元の持ち主?)
「兄貴の顔じゃ主が怖がって引きつってるんじゃないか?」
次に現れたのは長い銀髪に浅黒い肌でとても綺麗な顔の男性です。背中には剣の様に長い刃の穂先を持つ槍を背負っています。
「うるせえなギルタ、てめえみてえなスケコマシじゃねえんだよ俺は」
「大身槍のギルタだ、主。忘れたとは言わないでくれよ?」
(この方は制御が難しく暴れた槍ですね……)
「あるじ、あるじ、オデ、オデだよ。丸太棍棒のウガルムだよ」
大身槍のギルタさんの背後からぬうっと現れたのはとても大柄……二メートルは軽く超えるような筋骨隆々とした男性です。左腕で丸太から削り出したような巨大な棍棒を担いでいました。しかしそのお顔は体格に不釣り合いな程若く、少年のような顔立ちです。
「あなたは……ついこの前、竜舎利ゴーレムとの戦いで助けてくれましたね?」
わたくしが尋ねると「えへへ」と、はにかんだ笑みを浮かべました。
(ここは以前も見た、四〇人の盗賊の心の空間みたいなものなんでしょうか……)
「あるじ、おかしら、あっち」
わたくしは丸太棍棒のウガルムさんにお礼を言うと指差した方に歩いて行きます。
「主、この酒美味いネ、感謝ネ!」
声のする方を見るといつの間にか、少し……いえ、かなり太った男性が居ました。でもただ肥えているのではなく首や腕などは鍛えられていて岩の様に硬そうです。その両腕には二振りの巨大な包丁が握られていました。
「あなたも知っています、助けて頂きましたよね?」
「うむ、屠殺包丁のテジン=ガシンよ、よろしくね!」
テジン=ガシンさんは嬉しそうに包丁の説明をしてくれました。角ばった分厚い包丁が"骨切り"で片刃剣の様に鋭利な包丁が"肉削ぎ"と呼ぶのだそうです。
(そんな恐ろしい名前だったのですね……)
「お前さんらお頭が主をお待ちかねなんだ、いい加減通しておやりよ」
今度は女性が現れました。皆さんこの方を「姐さん」と呼んでいます。女性にしてはとても大柄で、赤銅色の髪を太い三つ編みで括っていて大きな斧を担いでいました。この斧――波の様な曲線が特徴的な刃を持つ斧には何度も助けられました。
「アタイは戦斧のリディンだ。亭主の――お頭のとこに案内するよ」
(亭主? 首領の奥様だったのですね)
わたくしはリディンさんに伴われ盗賊の皆さんがお酒を呑んで騒いでいる所を抜けていくと――長い黒髪と褐色の肌で精悍な顔つきの貫禄のある中年男性が座ってお酒を呑んでいました。そうです、この方は以前、この魔剣を手に入れた時にお会いした四〇人の盗賊の首領です。
「よお、久しぶりだな主。この酒、こりゃあ俺たちの故郷の酒だな? いやあ嬉しいぜ!」
「西方大陸のお酒が手に入りましたから……気に入って頂いて良かったです。皆さんにはいつも助けて頂いているので――」
「だいぶ俺達を使いこなしてくれてるな。まあ、まだ聞かん坊どももいるがな」
首領はそういうと「ガハハ」と笑っています。
「といいますと?」
「ああ、俺達四〇人の盗賊にゃ、首領の俺の下に手下どもを束ねる猛者たちがいるんだよ。五人は知ってるよな?」
(五人……先程の強い武器の方たちですね?)
「戦斧、偃月刀、大身槍、屠殺包丁、丸太棍棒……ま、更にあと五人居るんだけどな」
「あと五人――全部で一〇人ですか?!」
首領はニヤリと笑みを浮かべます。
「あいつらは特に強ええから、四〇人の盗賊十傑って呼ばれてたが……まあ昔の話だ」
首領は上機嫌で「ワハハハ」と笑いました。
「まあ、残りの奴らもこの酒は美味いと喜んでたからな、そのうち力を貸してくれると思うぜ?」
「だといいのですが……あ、でもそれはわたくしの命が危うくなるという事ですから――」
わたくしの言葉に首領は「あ、それもそうだな。そりゃいけねえや!」と納得してまた大笑いされていました。そうしているとまた周囲の霧が濃くなりわたくしの意識が遠くなっていきます。
(主、まあこれからも宜しく頼むぜ――)
首領のその言葉を聞いてわたくしは気を失いました……。
次に意識が戻ったのはわたくしの身体が揺すられたからでした。
「レティ? ちょっとレティ、大丈夫?」
気が付くとそれは自分の部屋の床の上でした。わたくしはどうやら気を失っていたようです。シオリさんに上半身を抱き起されていました。
「シオリさん? えっと、わたくし――」
「急にレティの部屋から変な笑い声が聞こえたから様子を見に来たら、レティが床で寝転がってなんか寝言言ってたのよ?」
シオリさんは不安げな表情をしていました。
「申し訳ありません、わたくしちょっと儀式をしていて気を失った様です――」
わたくしは立ち上がろうとしましたが頭がクラクラして上手く立ち上がれず、シオリさんにもたれ掛かりました。
「ちょっとレティ、本当に大丈夫なの?」
シオリさんはわたくしの額に手のひらを当てて体温を測っています。
「ちょっと熱いわね……癒しと休息を唱えるから――」
シオリさんは言葉を途中で止めます。
「シオリさん?」
「レティ、あの瓶は……」
シオリさんは床に転がった瓶を指さしました。
「え? ああ、お酒です。魔剣との約束でたまにお酒を供えて祈っていて……」
「瓶、空になってるわよ? それにレティ、お酒の臭いが……」
(えっと……ひょっとして知らない間に呑んでしまったのでしょうか?)
そう意識すると、わたくしはお腹の奥からこみ上げる不快感を我慢することができませんでした。
「シオリさ……うぉぉえええ」
――その後、わたくしは気が遠くなりました。薄れゆく意識でシオリさんの金切声と、絶叫に近い「浄化」の呪文を唱える声を聞きました。




