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魔道具鑑定士レティの冒険  作者: せっつそうすけ
第三部 幻の秘薬編
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第九四話「秘薬の効果」

――セシィとヴィフィメール子爵はわたくしが持ち帰った秘薬を飲む決意をされました。メイドの一人が子爵に視線を向けるとゆっくり頷きます。すると、メイドはガラス瓶に紅玉(ルビー)色の秘薬が入ったポーションをトレーに乗せてセシィの元へ運びます。


セシィは瓶を手に取ると躊躇なく一息で飲みました。そして一息ついてからわたくしを見ました。


「――レティ、味見しました?」


セシィが苦笑いしながらわたくしを見ました。


「え、いえ……ごめんなさい、わたくしはしていません。貴重な秘薬ですので……調合した薬師の方は特に何も言われてませんでしたが――」


「今まで飲んだお薬の中でも特に……不思議なお味です」



(それは……凄く不味いということでしょうか?)



「すみません、味見もしていないものをお渡ししてしまって……」


わたくしが頭を下げるとセシィはクスクスと笑いました。


「冗談ですよ。でもこのお薬が凄いお味なのは本当ですけど……あ」


セシィは急に自分の身体を自分の手で確かめるように触ります。


「セシィ?」


わたくしが何事かと訊ねると、セシィはゆっくりとベッドから降りました。そして一歩、二歩と歩きます。わたくしも子爵も、その場にいる人々がその様子を固唾をのんで見守りました。


「身体が軽い……苦しくありません!」


セシィが満面の笑みで振り返ろうとしてバランスを崩してよろめきました。わたくしはそれを支えます。


「セソルシアさん、急にそんな――」


「ごめんなさい、久しぶりに立ち上がったので足がもつれてしまったみたい」


セシィは微笑んで、ベッドの縁に腰掛けます。わたくしは子爵が涙ぐんでこちらを見ておられたので「どうぞ」とお招きしました。子爵はゆっくりとセシィに近づいて膝を衝くとやさしく抱きしめました。


「お父様――」


「セソルシア……身体はどうだい?」


子爵はセシィを離してから、額に掌を当てたり手を握りながら尋ねました。


「ずっと寝ていたのでまだ動くことは大変ですが、とりあえず苦しさは無いです」


「――そうか」



子爵は立ち上がり、わたくしの方を振り向いてから片膝をつき両掌を組み合わせる貴族の最敬礼をしました。


「ありがとう……本当に……なんといえばいいのか。妻を病で亡くし、一人娘までも失う所だった。私は娘を……この家を護る為に命じられるがまま君たちの命を奪おうとしたというのに――」


わたくしは子爵の貴族礼に戸惑いながらも、子爵に貴族礼を返します。


――そして今後の事をお話しました。


「お嬢様ですが、薬師の説明では当面は一日に瓶ひとつ、この秘薬を飲んで下さい。そうですね、朝が良いと思います。落ち着くまではわたくしも近くの町へ留まっておりますのでシオリさんとともに様子を伺いに参りたいのですが宜しいでしょうか?」


「是非、そうして頂けると有難い……その費用は当家で工面させて頂こう。少し落ち着いてからでいいのだが、君たちの仲間――おさんぽ日和(サニーストローラーズ)だったか? この屋敷へ来ていただきたい。お礼がしたいのだ」


こうして、セシィの容態を伺いにお屋敷と宿屋を往復する日々が数日間続きました。秘薬の効果はというと……流石にすぐ元通り元気に――とはいかないようですが、シオリさんの診立てでは日ごとに回復に向かっているとのことでした。



――そして一〇日程が過ぎて、セシィが日中はずっと起きて生活できるようになってきたのを見てわたくし達のパーティー全員が子爵の館へ招かれました。応接室にはわたくしたち六名と、子爵にセシィとガーネミナさん、そして数名の家人の方々が集まりました。まずは子爵が頭を下げます。


「冒険者おさんぽ日和(サニーストローラーズ)の方々、かつてあなた方の命を奪おうとした当家であるのにもかかわらず、息女セソルシアの為に危険を冒し命を救って頂いた事……どれだけ感謝しても足りない――だが、無学の私にはこの言葉しか出てこないので許して欲しい、本当に有難う」


子爵は両掌を胸の前で合わせて頭を下げる貴族の最敬礼をしました。次にセシィもそれに倣い胸の前で両手を組み頭を下げます。すると、マーシウさんが一歩前に出て胸の前に右拳を当てて頭を下げる騎士礼で返しました。


「かつての事はもう、十分に謝罪頂きました故お気になさらず。我らは冒険者、危険を冒すのが生業ですので――」


次に子爵は「所属していた門閥が解体され、当家も以前のような財も力も無くこのような形で申し訳ない、せめてもの詫びと感謝の気持ちだ」と仰って両掌に一杯の大きさの革袋に入った金貨を下さいました。マーシウさんは「有難く頂戴致します」と受け取られました。


このあと、わたくし達のためにお食事会を開いていただきましたが後にアンさん曰く「ああいう場では味よりも作法とかのが気になって食べた気がしなかった」と苦笑いしていました。




――その後も暫くはセシィの様子を見る為にひと月ほど逗留していました。その間に、伝書精霊(テレメント)でギルドマスターのドヴァンさんへ報告したところ、ヴィフィメール子爵家の専属になってくれそうな治癒魔術師(ヒーラー)を見つけて頂き、先日その方への引継ぎも済みました。


すっかり元気になったセシィとわたくしは館の前庭を散策しながら、セシィに懇願されて四〇人の盗賊フォーティバンディッツを披露していました。短剣を三本ほど召喚してふわふわと宙を舞わせます。


「凄いです、本当に魔剣ですわ!」


セシィは目を輝かせて宙に浮く短剣に見とれていました。


「最終的には名前の通り四〇本の魔剣を操れるようにならないといけないのですが……まだ、頑張っても一〇本が限界です」


「四〇本……もし操れるようになったら見せて頂くことはできませんか?」


セシィは食い入るようにわたくしを見つめます。


「え、ええ……頑張ります」


わたくしが魔剣を仕舞うと、セシィは空を見上げました。


「セシィ?」


「レティ。わたくしとりあえず大丈夫だと思いますから――長い間一緒に居てくれてありがとう」


空を見上げながらセシィは言いました。


「セシィ、わたくしはまだ――」


わたくしが「まだ傍に」と言いかけましたが、セシィの右手の人差し指がわたくしの唇に軽く触れます。


「貴女は冒険者、そして何より魔道具鑑定士ですよね。レティなら、これからももっと沢山の不思議なものを見つけることが出来るますわ。そして、たまにわたくしにそのお話を聞かせて欲しい……駄目、ですか?」


わたくしは微笑むセシィに笑顔を返します。


「ええ、わたくしはもっと沢山の魔道具を見つけてみせます。そしていずれは自分のお店を開きたいんです――これは師匠のガヒネアさんにも誰にも言ってません。セシィが初めてですよ?」


セシィは目を丸くしてから満面の笑みを浮かべました。


「お店を開いたら是非伺いますね!」



わたくしはセシィと硬い握手をして別れました。その日のうちにわたくし達はイェンキャストへの帰路につきます。


「セソルシアさん、お強い方ね。いくら秘薬があったとしてもあれだけ早く回復するのは、機能回復の運動に取り組まれたからだわ。なにより心が折れずにいらした――」


シオリさんは替わりの治癒魔術師(ヒーラー)が到着するまでセシィの予後を診てくれていましたので、セシィの頑張りを直に見ていたから思う所があるようです。


「レティ良かったの? セソルシアさん大丈夫? ファナたちの事は気にしなくても良かったのに」


ファナさんはわたくしがイェンキャストに戻る事を気遣ってくれている様でした。


「セソルシアさんがそう、促してくださったので……」


「ま、そろそろ身体がなまってたからね。ギルドも留守にし過ぎてるとドヴァン爺さんが廃業しちまうかもしれないじゃん?」


アンさんのその言葉に仲間達で笑い合っていました。




――秘薬を求めて辺境に旅立ってから約一年、久々にギルド本部、そして薔薇の垣根(ロズヘッジ)への帰還です。



(魔道具鑑定士としても冒険者としてもまだまだ駆け出しですからね、これからも色んな所へ行きましょう。どんなものが見つかるでしょうか……)



第三部「幻の秘薬編」終

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― 新着の感想 ―
[良い点] 我らは冒険者、危険を冒すのが生業ですので―― シビれました。 格好いい! [一言] 新展開も楽しみにしています!
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