第九三話「セシィのもとへ」
――スヴォウさんの家のあるブロッへからファッゾ=ファグを経由して凡そ四〇日、なんとか無事に親友のセソルシア……セシィの館近くの町に到着しました。仲間達は町で待ってくれているので、わたくしはセシィの館へ向かいます。シオリさんは治癒魔術師ということで同行を申し出てくれました。
館へ到着すると、メイドに応接室に通されました。しかし、以前お茶会に呼ばれた時に見知っているメイド達がよそよそしく緊張した様子でした。
「以前と違って重苦しい雰囲気ね……」
シオリさんの言葉に、嫌な想像ばかりが頭を巡り「はい」としか返せませんでした。暫く待っているとガーネミナさんがやって来られました。
「レティさん、シオリさんもお元気そうで何よりです」
「あの、セソルシアさんのご病気は?」
ガーネミナさんも緊張した表情でひと呼吸置いて口を開きました。
「お嬢様の容態は正直言いますと、かなりよろしく無いのです……特にここ数日は熱が下がらず、殆ど眠っておられる」
その時、部屋の扉がノックされて開けられました。突然開いたのでガーネミナさんも思わず反射的に立ち上がりましたが、入ってきた貴族の男性を見てハッとして直立し一歩下がりました。わたくしとシオリさんは突然の出来事に固まっています。
「レティさん、我が主ヴィフィメール子爵です」
ガーネミナさんがわたくしにチラリと視線を送り小声で教えてくれました。ヴィフィメール子爵……セソルシアさんのお父上です。以前一度、まだわたくしが貴族令嬢だった頃にお会いしたことがあります――
若くして子爵家を継がれた方で、まだ三〇代ということです。整った容姿をしておられましたが、随分と痩せておられて印象が変わっていたので一目では気付きませんでした。
ヴィフィメール子爵は険しい表情でつかつかとわたくしに向って歩いて来られます。わたくしが固まっていると、子爵はわたくし前に立ち深々と頭を下げられました。わたくしとシオリさんは恐る恐る立ち上がります。
「ネレスティ・ラルケイギア、その節は申し訳無かった……当時、門閥の長であったプリューベネト侯爵の命令だったとはいえ君や君の仲間達を殺めようとした事、以前に娘のセソルシアやそこのガーネミナが謝罪した様だが、ヴィフィメール家当主として改めて謝罪させて頂きたい」
「え?! い、いえ……そんな……も、もう十分謝罪は頂いておりますので……」
わたくしは子爵の謝罪に驚き、声が上擦った様な返事をしてしまいました。
そして、ガーネミナさんが子爵とわたくし達に席に着くようにやんわりと促されたので、わたくしと子爵がテーブルに着き、ガーネミナさんとシオリさんは少し下がって立っていました。
少し間を置き、わたくしを見つめていた子爵は話を切り出しました。
「ガーネミナから聞いているのだが、君はセソルシアの為に危険を冒して伝説の秘薬を探して来てくれたとか……」
「ええ、正確には伝説の秘薬と言われるものが辺境の地下迷宮にあるという文献を偶然見つけました――」
わたくしは子爵に経緯を掻い摘んで説明しました。
「君はそんな命懸けで娘の為に……それで、その秘薬というのは?」
わたくしはシオリさんに手伝って頂き、旅人の鞄から秘薬の入ったガラス瓶を取り出しました。
「これは……こんなにも?!」
子爵はテーブルに並べた約三〇本のポーションを見て驚きます。
「魔法帝国時代に作られていたという秘薬――イリクシアを文献を基に再現したもです。これをセソルシアさんに……」
「分かった……ガーネミナ」
子爵は目を一度閉じてから見開き、ガーネミナさんに声を掛けました。ガーネミナさんはメイドを呼びポーションをトレーに乗せて運ぶように指示していました。そして子爵の案内でセソルシアさんの寝室へ通されます。
寝室は窓に薄いカーテンが閉められ陽射しが少し抑えられていました。ベッドにはセソルシアさん――セシィが臥せっています。苦しそうに息を深くつきながら苦悶の表情を浮かべていました。
メイド達が汗を拭いたり、水差しで水を飲ませたりしています。メイドの一人が「お嬢様、ご友人が来られましたよ」とセシィの耳元で囁くと、セシィの目が薄っすら開きわたくしと目が合いました。
「レ……ティ?」
掠れるような声でわたくしの名を呼びながら、弱々しくしかし懸命に伸ばしているセシィの手をわたくしはベッドの横にしゃがんで手を握ります。
「ええ、レティです!」
セシィはわたくしの手を握り返してくれますが、とても弱々しく腕は以前よりもさらに細くなっていました。
(手が熱い……かなりの高熱ですね)
「失礼します、お嬢様に治癒魔法を施しても宜しいでしょうか?」
シオリさんは子爵に申し出てくれました。
「君は治癒魔術師と言ったか、宜しく頼む。当家付きの治癒魔術師はもう高齢で、最近身体を悪くしてしまったのだ……」
シオリさんはセシィの身体に触れました。
『……癒し……命の泉……休息……』
シオリさんの掌が淡い緑色に光りました。するとセシィの呼吸が徐々に穏やかになりました。シオリさんはセシィの額に掌を当てました。
「熱は下がりました、これで少しはお楽になるかと思います」
シオリさんが立ち上がると、子爵が入れ替わる様にしゃがんでセシィの手を握ります。
「有難う……ああ、セソルシア――治癒魔術師がなかなか見つからず、苦しい思いをさせてしまったな……」
「子爵様、ご存知かと思いますがお嬢様の病に治癒魔法は一時的なものです。症状が緩和されている今なら秘薬をお飲み頂けると思います」
シオリさんの言葉に子爵は頷きます。
「子爵様、この秘薬は調合した薬師が自ら試飲し、効果は確認しています。しかし、お嬢様のご病気にどれ程の効果があるのかは分かりません……ですので、飲まれるか否かは子爵様とお嬢様にお任せします」
わたくしは事実のみをお伝えしました。わたくしは薬師でも治癒魔術師でもありません。わかるのは、この秘薬の製法が古代魔法帝国の知識だろうということです。
「お父様……わたくし飲みますわ、レティがわたくしの為に持ってきてくれた薬ですもの。たとえ毒であったとしても……わたくしはレティが選んでくれたものであるなら本望です」
セシィは上半身を起こします。近くに居たメイドが慌てて背中を支えました。
「セソルシアさん……」
「さあ、レティのお薬を……」




