第九〇話「キノコの脅威」
「ファナ、無事な様だな……良かったよ」
マーシウさんは安堵の息をつきます。アンさんはファナさんの頭を強く撫でるのでファナさんは「痛い」と言って逃げていました。
動くキノコは地面に倒れて燻るような煙を上げています。ディロンさんとハサラさんがそれを観察していたのでわたくしも加わります。
「この中には目的のキノコはありません。これはそこの崖によく生えているキノコです。目的のキノコは、やはりこの奥の洞穴の中に自生していると思います」
ハサラさんは焼け焦げたキノコを拾って観察しながら崩れた崖を指さしました。
「レティ嬢、これらからは精霊的な力は感知できない。以前の動く樹木のようなものではないだろうか?」
ディロンさんがそう言うのでわたくしは魔力探知で調べてみます。
「そうですね、このキノコから微量の魔力が検知できます。動く樹木と同じ様な現象かもしれませんね。この崩れた崖もキノコが一斉に動き出したから……と言う可能性も大いにあり得ますよね」
焼け焦げたキノコから感じる魔力は見ているうちに消えて行きます。わたくしは念のため周囲の魔力を探知してみます。
「え? まだ魔力を放つ箇所があります……動いている?!」
魔力を感じた方を振り返ると地面を這うキノコの塊がありました。それは倒れたグリフォンの上を這っています。
「まだ動くキノコがいます!」
わたくしが動くキノコを指差したその時、動くキノコの下にあるグリフォンがゆっくり立ち上がりました。
「おいおいまだ生きてんじゃん?!」
――アンさんはカタナを構えながらマーシウさんと共にシオリさんとファナさんを庇うように立ちはだかります。グリフォンは動くキノコを全身に張り付かせたまま歩き出します。しかし翼は垂れ、先程まで発していた甲高い咆哮もありません。左右前脚や後ろ脚を不器用に動かしながらフラフラと歩いていますが、徐々に足並みが揃い始めました。
「気持ち悪いな、とっとと焼いちまおう」
マーシウさんが腕を横に伸ばして灼熱の直剣を構えると刀身から熱気が立ち昇り、火炎が発せられました。次の瞬間キノコが纏わりついたグリフォンはマーシウさん達目掛けて突進します。マーシウさんは盾を構え、アンさんはシオリさんとファナさんを逃します。
グリフォンはマーシウさんを掠めるように通り過ぎて後方の崩れた崖の岩に当たりました。上の方の不安定だった岩が崩れてグリフォンの翼を押し潰します。しかし、構わずに起き上がり振り向きました。力まかせに振り向いたせいか、翼は千切れますが意に介さない様子です。千切れた翼の先端部分はどす黒い粘液になって崩れました。
「なんだコイツ……どういうんだ?!」
アンさんは、怪訝な表情でカタナを構えて警戒しています。わたくしはグリフォンの様子を見ながら自分の中の動くキノコに関する知識を探りました。
「あ――確か動くキノコはキノコの特性から生物の死骸などに付着した場合、それを利用して動く事があるそうです! 記録に残っている最大のものは竜の死骸に付着したもので、"菌糸に侵された竜"と呼ばれたという記述も……」
仲間たちはわたくしを見つめてからグリフォンに向き直ります。
「という事は、あれはグリフォンの身体に取り憑いたってこと?!」
ファナさんはとても気持ち悪い物を見る表情で、わたくしに訴える様に問いかけました。
「わたくしも実際に見るのは初めてですので推測ですが、簡単に言うとそういう事になり――来ます!」
グリフォンが突進してきましたのでわたくし達は目配せをして散開しました。敵一体の突進なら固まる方が危険です。
「ディロン、アンに火精の刃を! ファナ、火球使えるか?」
「多分一発くらいなら……」
「アン、俺たちでヤツの注意を引くぞ。レティ、魔剣はまだ使えるか? 正直に言ってくれ」
(ここは弱音は吐いている場合では無いですが、下手にやせ我慢して仲間の命を危険に晒せませんね……)
「すみません、今の体力では短剣一、二本が限界だと思います……」
(後先考えなければもっと出来ると思いますが、さっきも気を失いかけましたからね……)
「分かった、レティはシオリとファナの護衛を頼む」
そう言うとマーシウさんはディロンさんに援護を頼んでから菌糸に侵されたグリフォンへ向かって行きまます。
アンさんは菌糸に侵されたグリフォンの前脚や後ろ脚での攻撃を躱しながら進行方向に回り込む様に立ち回っていました。しかし突然、うな垂れるように地面に垂れているキノコに覆われた翼を鞭のように振り上げて真上から振り下ろします。アンさんは不意を打たれ、鞭のような翼に上半身を打ち据えられてうつ伏せに転倒しました。
打たれたのが元々翼だったからか、威力は左程無いみたいでアンさんは「痛っつぅ……」と言いながらすぐに立ち上がりましたが、鞭のような翼から伸びたキノコがやはり鞭のようにアンさんに巻き付いてそのまま持ち上げます。
「うわぁ?!」
アンさんはカタナを取り落として二メートル程の高さまで持ち上げられました。そこにマーシウさんが駆け付けて鞭のような翼を「であっ!」という気合い一閃、灼熱の直剣で切断します。
アンさんは落下して地面に叩きつけられました。二メートルとはいえキノコに縛られているので受け身が取れず、身体を地面に打ち据えたせいで痛みに悶えています。
「アン動くな!」
ディロンさんがアンさんの元に駆け付けて儀式用短剣と掌をかざしました。
『……火精召喚』
アンさんの近くに落ちている、火精の刃で刀身が燃えているカタナの炎から火の粉がふわふわ飛び、アンさんに巻き付いたキノコに集まります。火の粉はキノコに触れると炎になって燃え上がりました。
「ぅぁ熱ちぃっ!?」
アンさんは転がって炎を消そうとしますがディロンさんが「だから動くな」と制止します。炎はよく見ると小さなトカゲの様な形をしてモゾモゾとアンさんに巻き付いたキノコを食べていました。キノコが燃えて減った所でアンさんは自力で引きちぎりましたが、まだ苦しそうに地面に転がっています。
「アン? ……まさか、キノコの毒か?!」
ディロンさんは藻掻き苦しむアンさんを引き摺って下がります。マーシウさんは灼熱の直剣を振るい菌糸に侵されたグリフォンの身体を焼きながら引き離す様に誘導していました。
「ファナ、火球を!」
「えぇ?! マーシウ巻き込んじゃうよ?」
マーシウさんの指示にファナさんは戸惑います。
「大丈夫だ、ちゃんと逃げるから撃ってくれ!」
マーシウさんの強い語気にファナさんは意を決して長杖を構えました。
『火球!』
長杖の先端付近から火の粉が吹き出し、人の頭部程の大きさの火球が出現して菌糸に侵されたグリフォンに向かって放物線を描いて飛びました。
マーシウさんは盾を構えながら後方に下がり、直後に菌糸に侵されたグリフォンの足元に火球が命中し火柱が上がり炎に包まれます。それに合わせてディロンさんが儀式用短剣をかざしました。
『……火精召喚』
火球を受けて燃えている|菌糸に侵された菌糸に侵されたグリフォンの炎の中に先程のトカゲのような炎が現れました。アンさんのキノコを食べたものよりもかなり大きく、頭から尾の先まで三〇センチ以上はありそうな炎のトカゲです。
(あれは火の精ですね? 本の挿絵で見たことがあります)
よく見ると火の精は、今見えるだけで三体はいるでしょうか? 火球の炎で燃え上がった動くキノコを貪るように食べ始めました。食べていると火の精は徐々に大きく、纏う炎も強くなって行きます。菌糸に侵されたグリフォンの身体はどす黒い粘液状に溶けて行き、纏わりついていた動くキノコも火の精たちに食べられています。
その様子を見守っていると、マーシウさんがこちらにやって来ました。髪の毛が所々焼け縮れ、顔に火傷を負っています。
「マーシウさん、大丈夫ですか?! 手当てを……」
「ああ、ちょっと熱かったけどまあ大丈夫だ。それよりアンの方が……俺は動くキノコの破片があったら始末してくるから、アンの様子を見てやってくれ」
マーシウさんの視線の先では藻掻き苦しむアンさんとそれを介抱するシオリさんが居ます。わたくしはお二人に近付きました。シオリさんは魔法発動体の指輪をはめた手でアンさんの身体に触れています。
「解毒は効かないみたい……とりあえず癒ししてから抗毒と命の泉で時間稼ぎをしているんだけど――」
「これを飲ませてみてください、キノコの毒に有効なポーションです」
ハサラさんが鞄から瓶を取り出して口を開けます。中からは色んなハーブを混ぜた様な匂いが漂いました。シオリさんは瓶を受け取り、アンさんに飲ませました。ハサラさん曰く、効果が出るには少し時間がかかるという事でアンさんの容態をシオリさんとファナさんで見守って貰い、マーシウさんとディロンさんが動くキノコが残っていないかを調べる事になり、わたくしはハサラさんの案内で目的のキノコを探しに行くことになりました。




