第八九話「グリフォンとの戦い」
――わたくし達パーティーは前に動くキノコ、後ろにグリフォンという危機を今まさに迎えてしまいました。
(シオリさん、ファナさん、そしてわたくしの三人でグリフォンを迎え撃つには――わたくしが前に出るしかありません!)
「シオリさん、わたくしにありったけの支援魔法をお願いします!」
わたくしはお二人の前に歩み出ました。
「レティ?! ……そうね、分かったわ」
――身体能力向上、疾風、護り、命の泉等々、シオリさんの支援魔法を身体に感じます。
「ファナさん、わたくしと四〇人の盗賊でグリフォンの動きを何とか止めてみますからその時まで魔力は温存してください!」
(出し惜しみ無しです、今わたくしに出来る精一杯の事を!)
『――魔剣四〇人の盗賊よ、我に大いなる力を!』
わたくしは首領の剣を天に掲げます。すると宙に幾つもの光る紋様が浮かび上がります。斧、偃月刀、槍、一対の大きな包丁……今まで危機を救ってくれた強力な魔剣たちが一度に出現しました。
「これは?! ――ありがとう、行ってください!」
魔剣達はグリフォンに向かって行きます。まず槍が頭を狙って飛んで行きますがそれを一度羽ばたいて後方に躱します。
更に追撃するように、左右から挟み込む形で偃月刀と斧が襲いかかりました。グリフォンは真上に上昇してこれを回避します。そこに一対の大包丁が真正面から斬り掛かりました。
グリフォンは翼を羽ばたかせて宙に浮き、前脚の猛禽の爪で双包丁を弾きます。そして地面に着地すると後ろ脚で立ち上がって翼を広げます。するとグリフォンの前の空気が歪んだように見えました。
「っ!?」
「耳鳴り?!」
わたくし達は急に耳鳴りの様な「つん――」という痛みを感じました。シオリさんは「いけない!」と血相を変えて魔法を唱えました。その直後グリフォンが羽ばたき、空気の塊のようなものをこちらへ放ちました。
『……障壁!』
シオリさんは障壁の魔法で淡く光る半球の壁を発生させます。空気の塊は障壁に当たって破裂音と共に砕け散り、身体が揺さぶられる位の突風が吹きつけました。恐らくは完全には防げなかったものの、かなり威力を殺せた様です。
(わたくしが読んだ文献だとグリフォンの発する空気の塊は岩をも砕くとも書かれていました……)
グリフォンは再び後ろ脚で立ち上がり翼を広げて空気の塊を作り始めました。わたくし達の耳にまた「つん――」という痛みが走りました。
(動きが止まった?!)
『――四〇人の盗賊!』
わたくしが命じると、四方から魔剣がグリフォンに襲いかかりました。
空気の塊を溜め込んでいたグリフォンは慌てた様子で魔剣たちを躱します。空気の塊は風になって霧散しました。魔剣達はグリフォンに退路を塞ぐ様に四方から次々と斬り掛かります。
「!! ファナ、レティがグリフォンの動きを制限してくれているわ!」
「じゃあ手数で行くよ!」
ファナさんは長杖を両手で構えました。
『……光の矢!』
ファナさんの周囲に幾つもの……凡そ二十以上ある光球が浮かび上がると、それは光の矢となり一斉にグリフォンへ向かいました。
グリフォンは真上に跳躍してから羽ばたいて上空へ逃れようとしますが、二十もの光の矢はそれを追尾します。
『魔剣達よ!』
魔剣は浮遊していますが空を飛べるわけでは無いので、グリフォンが低空に逃れて来たのを見計らって進路を塞ぐ様に命じました。グリフォンは踵を返しますが、そこに光の矢が命中しました。一発命中し移動速度が落ちると二発三発と次々に命中し、グリフォンは悲鳴の様な鳴き声を上げながら地面に墜落します。
「よっしゃ!」
ファナさんは片手に握り拳を作って天に衝き上げて叫びます。しかし、グリフォンは藻掻きながら起き上がりました。翼を広げ羽毛を逆立てて怒りの形相を浮かべている様に見えます。
「まだよ、気を付け――」
シオリさんが言い終わらないうちにグリフォンは広げた翼を羽ばたかせました。強い風が起こり、わたくしが姿勢を低くしたその時身体に痛みが走りました、頬に痛みを感じ触れてみると「ヌルっ」という感触があり、触れた指には血が付いていました。頬が裂かれたように切れている様です。
「痛っ?!」
頬に触れる為に動かした右腕にも鋭い痛みが走ります。それもそのはずです、肩に短剣程のサイズがある大きな鳥の羽根が刺さって血が滲んでいました。羽根の真ん中の硬い羽軸は太い針の様に硬く尖っています。わたくしは慌てて羽根を抜きましたが、痛みに「ぐっ!」っと声が出ます。慌てて生活魔法の手当てを自分に唱えました。
「ファナ!?」
シオリさんの悲鳴に近い叫び声が聞こえます。シオリさんの視線の先でファナさんが倒れているのです。シオリさんはファナさんに駆け寄りますが、グリフォンは苦しみながらも動き始めました。
(――いけません、わたくしが何とかしないと)
『――|魔剣たちよ敵を我に力を《皆さん力を貸して下さい》!』
わたくしは魔剣・四〇人の盗賊の首領の剣に無我夢中で願いました。すると斧が、偃月刀が、槍が、双包丁がわたくしの前に揃います。そして新たに手のひら大の光る魔法陣が幾つも宙に現れ、そこから様々な短剣が出現します。凡そ一〇本はあるでしょうか?
まず短剣たちが一斉にグリフォンに襲い掛かりました。グリフォンは先程までの様に飛行は出来ませんでしたが、それでも跳躍して短剣たちを回避します。しかし、回避した先に槍が放物線を描いて飛んでいき、グリフォンの翼を貫きました。
グリフォンは絶叫のような咆哮を上げて倒れます。そこに残り全ての魔剣たちが襲い掛かり、グリフォンの身体に突き刺さり、食い込みました。苦しみのたうっていたグリフォンもやがて動かなくなりました。
わたくしはグリフォンがまだ動き出す可能性を考えて魔剣はそのままにしてファナさんとシオリさんの元に駆け付けます。といってもわたくしも魔剣をこれだけ召喚していますので疲労で身体が水の中を歩くように重いのですが――
「ファナさん、大丈夫ですか?」
わたくしが駆け付けるとシオリさんはファナさんを抱き起して身体を調べていました。
「お腹が……シオ……りん」
ファナさんは苦悶の表情を浮かべながら押さえた脇腹にはグリフォンの羽毛が刺さっていました。服には血が滲んでいます。シオリさんは鞄から布を取り出してわたくしに手渡しました。
「レティ、私が合図したらこの布で傷口を押さえながら羽根抜いて……もし痛がって動いてもしっかり押さえて――」
シオリさんは普段はあまり見ない険しい表情をしています。
「いい? 合図で抜いたらすぐに癒しを唱えるけど、どれだけ出血するか分からないから……お願いねレティ?」
「は、はい――」
わたくしは布を持ってファナさんの脇腹に添えます。
「今よ!」
わたくしは布でファナさんの脇腹を抑えながら刺さった羽根を抜きます。ファナさんは悶絶して身体を内側に曲げますが、わたくしは力強く布で押さえます。布は瞬く間に血で染まり、わたくしの手にはファナさんの血の温かさが伝わってきました。
『癒し!』
ファナさんの傷口にかざしたシオリさんの右手の人差し指の魔法発動体の指輪が淡い緑色の光を放ちます。すると、ほんの数秒でファナさんの表情は少しづつ穏やかになりました。
「もう、離してもいいわ。レティありがとう」
シオリさんはホッとした表情でわたくしに微笑みかけてくれました。シオリさんはそのまま続けて浄化を唱えます。すると血で染まっていた布や服が元通りになりました。もちろん破れた部分はそのままですけれども。
「ごめん、ありがとう……」
身体を起こしたファナさんの頭をシオリさんは撫でます。
「ううん、癒しで治癒できる傷で良かったわ」
わたくしはファナさんの無事を見届けるとグリフォンに近づきます。するとグリフォンは完全に動かない様子でした。
(これは――もう大丈夫でしょうか)
グリフォンの死亡を確認してわたくしは魔剣たちの召喚を一度解除します。すると立ち眩みのように目の前が白くなり平衡感覚が無くなりました。気付くとわたくしは手足を地面に付いて四つん這いになっていました。
「レティ!?」
シオリさんの声が聞こえて、肩に手が触れると疲労感がスッと消えて意識がはっきりしました。どうやらシオリさんが休息の魔法を唱えてくれたようでした。
「大丈夫? 無理をさせてしまった様ね……」
「いえ、仲間の危機ですから当然です――」
――わたくし達がグリフォンを倒した時、マーシウさんたちも動くキノコを倒したみたいでした。マーシウさんたちはファナさんの事を把握していた様で、心配してこちらに走ってきます。わたくし達は一度集合して無事を確かめ合いました。




