第八八話「動くキノコ」
――狐狼たちとグリフォンの戦いを尻目に、わたくし達はハラサさんの案内でなんとか迷路のような岩場を抜けて、崖と崖の間の裂け目の底にある幅三メートル位の狭い道を進みます。暫く行くと左右の崖に人工的な構造物が突き出しているのが幾つも見えてきました。それは遺跡が地面に埋もれたかのように思えます……これまでの冒険でこういった場所は何度か目にしました。
「この辺りは遺跡なのでしょうか?」
「よく知りませんが、この辺りはこういうものはよく見掛けますね……」
わたくしの問いにハラサさんはそう答えて下さいました。
(気になりますが、今は目的のキノコを探さなくてはいけませんよね……)
更に進んでくと道巾は徐々に広くなって行きましたが、下り坂で岩がゴロゴロしていて道も悪くなってきました。心無しか空気に含まれる湿気も強くなっています。昼間ですが、崖が高く空が遠くなり周囲も暗くなってきたのでわたくしは照明石のランタンを取り出します。ディロンさんも鬼火を召喚して周囲を照らしてくれます。
「この辺りに目的の洞穴があるのですけど……あれ?」
ハラサさんは前を指差します。そこには崩れた大小の岩が散乱していて崖には遺跡と思われる構造物がむき出しになっていました。
「崖崩れしてる――キノコの洞穴が埋まってしまってるかもしれません!」
ハサラさんは小走りに崩れた岩に近寄ります。
「おいおいマジか……」
マーシウさんは困惑の表情で独り言のように漏らしました。わたくし達もハサラさんに続いて行くと、屈んで地面を調べていました。
「どうしたのですか?」
わたくしがハサラさんに訊ねるとわたくしに何かを手渡してきました、それはキノコの様に見えます。
「これは……」
「これです、目的のキノコは。でもこれは洞穴の中にしか生えていないはずなんですけど――」
ハサラさんが手渡してくれたキノコは掌くらいの大きさで平たく歪な円型の笠ですが、何らかの原因で傷がついて欠けたりしています。周囲にはそういった傷ついたキノコが散乱していました。
「あの、キノコというのはこのように傷がついたりするとダメになってしまうのですか?」
「いえ、キノコは花などとは違って傷がついてもちゃんと生きているそうですよ」
ハサラさんの答えにわたくしは安心しました。
「良かったです、ではこれを持ちかえれば良いという事でしょうか?」
「そうですね、何故だかはよく分からないですけどここに幾つか落ちていますので――」
「ちょっと待って……なんか動いてない?」
ファナさんの言葉に、アンさんが周囲を警戒しています。ディロンさんは鬼火をわたくし達の周りに周回させました。わたくしもランタンを高く掲げて周囲を照らします。すると、わたくしたちの周りの地面を這い回る何かが居ることに気付きます。
「あれか、なんだ……スライムか?」
マーシウさんは盾を構えなが目を凝らしています。
「キノコ?」
アンさんがそう呟いた時、這い回るものは蠢いて盛り上がり、二メートル以上ある手足の長い人型に変化しました。それはキノコの集合体の様に見えました。
「うげぇ……何これ?」
ファナさんは舌を出して嫌悪感を顕にします。
「このキノコはこういうものなんですか?」
わたくしはハサラさんに尋ねました。
「違います、目的のものは普通のキノコで……こんなのは見たことありませんよ!?」
「これは動くキノコではないか?」
ディロンさんが呟きます。
「動くキノコ……以前わたくし達が遭遇した、動く樹木と同様に何らかの偶発的な魔力の蓄積でキノコ類が動き出したもの――ですね」
これも動く樹木の書かれていた書物に併記されていました。
「こっちに来るぞ!」
マーシウさんは盾と剣を構え、アンさんはカタナを抜きます。動くキノコが腕を振り回してマーシウさんとアンさんに殴り掛かりました。アンさんは後方に躱してマーシウさんは盾で受けからカウンターに剣で腕を斬りつけました。剣の当たった部分は削げ落ちる様に破損しました。
「こいつ大して固くないな、キノコだからか?」
マーシウさんが盾を構えながら前進して動くキノコを何度も斬りつけると、ザクリザクリと削げ落ちます。腕を振り回して来たのでマーシウさんは盾で受け流しつつ距離を取りました。
「マーシウ、悪い報告なんだけど」
「なんだよアン?」
「削ぎ落としたコイツの一部、身体に戻ってない?」
アンさんが動くキノコの立っている地面の辺りを見ながら顎で指し示しました。そこには削げ落ちたキノコの破片が這うように蠢いて動くキノコの足元にくっついていました。するとマーシウさんに斬られた場所から傷を塞ぐように新たにキノコが生えました。
「マーシウさん、キノコは傷ついても問題なく生きているとハサラさんが言っていました。ひょっとしてただ攻撃しても効果が薄いのでは?」
わたくしはマーシウさんにわたくしの考えを伝えます。
(ですがそうなると動くキノコをどうやって倒せば……)
「あの、火で焼くとかすれば――キノコも煮たり焼いたりすれば食べられますから……」
ハサラさんがぽつりと呟きます。
(確かに、火ならば倒せそうな気がします。それならばマーシウさんの剣で――)
「マーシウさん、灼熱の直剣の力を使ってください!」
「ああ、そうか――そうだな!」
マーシウさんは精神を集中するために灼熱の直剣を目前に掲げて見つめました。すると剣の刃からゆらゆらと熱気が立ち昇り刀身が焔を纏います。
「よし、いくぞ!」
マーシウさんは灼熱の直剣で動くキノコに斬りつけました。「ジュウ」という音と焦げる匂いが周囲に漂います。予想通り斬りつけられた箇所は再生することなく焦げたままでした。
「おお、効果アリだな」
マーシウさんはニヤリと笑います。その様子を見てディロンさんは儀式用短剣をかざします。
『……火精の刃』
マーシウさんの灼熱の直剣が纏う炎から火の粉がふわふわと飛び、アンさんのカタナの刃に纏わりつくと、カタナの刀身がメラメラと燃え上がりました。アンさんは「っしゃあ!」と言うと不敵な笑みを浮かべて動くキノコに斬りかかりました。
(わたくしが魔剣で攻撃しても動くキノコを飛び散らせるだけですから、お三方に任せた方が良いでしょうね……)
その時、わたくし達の来た方から甲高い咆哮が聞こえて来ました。
「え……ちょっと何?」
シオリさんとファナさんは強張った表情で振り返ります。
「あ、あれは?!」
それは先程聞いたグリフォンの咆哮です。咆哮が聞こえた直後、グリフォンがわたくし達がやってきた道を通って追ってきた様でした。
『――牢よ開け』
(マーシウさんとアンさん、ディロンさんは動くキノコをお任せしていますので、グリフォンはわたくしとシオリさんファナさんで何とか対処しなくてはなりません……)




