第八七話「双尾の主」
――狐狼達の狩りの獲物となったわたくし達は、行き止まりの崖まで追い詰められました。そして、狐狼の主と言われていた、獅子の様に大きく二股に分かれた尾を持つ狐狼、"双尾の主"がわたくし達の前に現れました。
「くっそ……まさか奴ら俺たちを罠に?」
マーシウさんは苦々しい表情で狐狼たちを睨んでいます。
「狐狼は賢く恐ろしい生き物だと言い伝えやお伽話でもよくそう言われています……」
ハサラさんは怯えながらそう言いました。すると、双尾の主が大きく咆哮を上げました。それが合図なのか、一斉に狐狼達が襲い掛かってきました。
『剣たちよ我が敵を討て!』
わたくしは首領の剣で前方を指し、召喚した魔剣四〇人の盗賊の短剣五本を一斉に飛ばします。わたくしの魔剣と同時にアンさんも矢を放ちますが、今までに見たこと無い程一度に数本の矢を片手に持って連続で矢を放ちます。
(アンさんそんな技も持っていたのですね)
まずはわたくしとアンさんによる斉射で向かってくる狐狼を数匹倒します。しかし、素早い動きの狐狼達は魔剣と矢の連射をすり抜けて向かってきます。
『……沼の精』
ディロンさんは地面に儀式用短剣を刺し、精霊魔法の沼の精でわたくし達の前方の地面を泥濘んだように柔らかくします。五匹の狐狼は泥濘に脚を取られます。
『……光の矢!』
ファナさんは長杖を振るって光の矢を五本放ち、泥濘にはまった狐狼を全て仕留めます。後続の狐狼は沼の精を理解したのか跳躍し飛び越えて向かってきました。
その狐狼をマーシウさんが迎え討ちます。盾を突き出す様にして狐狼の突進を受け、カウンターに剣を突き入れます。狐狼は致命傷ではありませんでしたが、傷を負って「ギャン」と鳴き距離を取ります。マーシウさんは深追いせずに襲い掛かってくる他の狐狼を盾で迎え討ちます。
一斉に襲い掛かって来た狐狼達に続いて双尾の主も動きます。大きな身体の割に他の狐狼に引けを取らない素早い動きで短い跳躍をしながらジグザグに向かってきます。
「ちぃっ、躱される?!」
双尾の主はアンさんの矢の連射を躱しながらどんどん距離を詰めます。
『……石礫の嵐』
ディロンさんが儀式用短剣を双尾の主に向けると地面に落ちている大小の石が幾つも浮かび上がり高速で飛んでいきます。双尾の主は飛んでくる石を全力で躱そうとしますが、数えきれないほどの石に襲い掛かられて躱しきれずに身体には無数の傷が出来ました。
「ぬう……速い、直撃できんとは」
ディロンさんは眉間に皺を寄せて唸るように言いました。そして双尾の主も唸り声の後に遠吠えを上げました。するとまだ動ける狐狼達が一斉にわたくし達に向かって四方八方から取り囲んで輪を縮めるように襲い掛かってきます。
『魔剣達よ我を護れ』
わたくしは魔剣を自分を中心に円を描くように配置します。魔剣は接近してくる狐狼をそれぞれに迎え討ちます。
「ファナ、何とかチャンスを作る。いつでも攻撃魔法を放てる様にしてくれ!」
マーシウさんは盾を剣で打ち鳴らしながら双尾の主の注意を惹きます。アンさんは矢を討ち尽くしたらしく、迫りくる狐狼に対してカタナを抜きますが、そのまま動かなくなりました。
「アンさん!?」
狐狼達が動かないアンさんに跳躍して飛び掛かりましたが、アンさんをすり抜けてしまいそのまま地面に着地しました。すると、着地した狐狼は悲鳴を上げて身体から血を噴き出して倒れます。その身体は刃で貫かれていました。そこにはいつの間にかカタナを抜いて狐狼を貫いているアンさんが立っていました。首元には残像を残して一定時間姿を消すことができる魔道具、揺曳の襟巻が巻かれています。
(アンさん揺曳の襟巻を使ったのですね?!)
仲間を殺された狐狼達は突然姿を見せたアンさんに襲いかかりました。しかし、狐狼はまたアンさんの身体をすり抜けてしまいます。そしてすり抜けた狐狼はまた突如現れたアンさんがカタナで突かれて絶命しました。アンさんはそうやって一匹ずつ狐狼を倒して行きます。
一方で双尾の主はマーシウさんと一騎討ちで戦っていました。マーシウさんは素早い動きに翻弄されて攻撃が出来ずにいました。双尾の主の突進を回避したので、背後から斬り掛かろうとしましたが、二股の尾を薙ぐように振りました。マーシウさんは咄嗟に盾を構えましたが、二股の尾のひとつがマーシウさんの頭部に当たった様に見え、後方に弾かれて転倒しました。
転倒したマーシウさんに双尾の主が襲い掛かろうとしましたが、急に跳躍して距離を取りました。そこには突然アンさんが現れたのでした。恐らく揺曳の襟巻での奇襲を双尾の主は気付いたのでしょうか。
「レティ、牽制して。マーシウが気絶してる!」
「はい! 四〇人の盗賊たちよ」
わたくしは現在召喚している短剣五本をマーシウさんを護るように向かわせました。
アンさんは揺曳の襟巻で姿を消しながらマーシウさんに近づき、姿を現してシオリさんの元へ引き摺って行きます。それを追ってくる狐狼や双尾の主を、わたくしの魔剣とファナさんの光の矢やディロンさんの精霊魔術、石礫で遠ざけました。
その時、狐狼とは明らかに異なった咆哮が響き渡りました。甲高い、鳥を思わせる声です。すると、双尾の主と狐狼達は一斉に逃げようとしています。
「なんだぁ?」
アンさんは怪訝な表情で周囲を見渡します。ディロンさんも精霊探知を使っている様です。シオリさんに癒しを受けていたマーシウさんも意識を取り戻して起き上がります。
「すまん、どうなった?!」
「マーシウ! それが、狐狼たちが……」
けたたましい鳥のような鳴き声と共に崖の上から大きな影が飛び降り……いえ、飛んで降りてきました。それは羽毛の翼を持つ大きな四足獣でした。頭部から前脚と背中の翼は鷹や鷲のような猛禽の様でしたが、胴から後ろ脚は獅子などの猛獣の如く太い脚に鋭い爪が備わっていました。
(あれは、本で見ました。猛禽と獅子の身体を持つ魔獣……)
「あれは魔獣、グリフォンです!」
わたくしのかつて読んだ本では、グリフォンはキマイラのように古代魔法帝国で魔術師たちの探求の果てに産まれた負の遺産です。
「わたくしの読んだ文献ではグリフォンはキマイラと同等かそれ以上に恐ろしい魔獣だと記されていました。空を飛び風を操ると――皆さん気を付けてください!」
翼を広げて滑空し、逃げる狐狼達を追っていたグリフォンは「バサッ」と翼をはためかせて制動をかけ、急降下して上から狐狼を前脚の爪で押さえつけました。狐狼は「ギャン」と悲鳴を上げます。
グリフォンは前足で狐狼を握り、爪を喰い込ませました。狐狼は咳き込むように吐血して絶命します。それをグリフォンは無造作に投げ捨てるように放しました。それは、ある意味野獣でもある怪物とは異なり、食べるためではなくただ殺すために殺戮している様に感じました。
(この状況は……不味い事になってきました)
双尾の主は唸り声を上げてグリフォンと対峙しました。他の残った狐狼達も同様に唸りながらグリフォンを取り囲みます。
「こいつは……どういうんだ?」
マーシウさんはその状況を見て困惑しています。
「い、今のうちに逃げましょう!」
ハサラさんはわたくし達が来た方向を指します。
「そうだね、あたしらの目的はこの化け物共と戦うこっちゃないからねえ」
アンさんも同意し、わたくし達も皆頷くとハサラさんは「こっちです」と先導してくれます。狐狼達とグリフォンの咆哮と争う喧騒が聞こえてきましたが、それを背にわたくし達は岩場を抜けて行きました。




