第八二話「次なる目的地」
――地下迷宮を脱出したわたくし達は辺境の集落を幾つか経由し、一度仕切り直す為に辺境と帝国の境にある大きな街、ファッゾ=ファグまで戻ってきました。前にも訪れた冒険者の集まる子牛の鐘鈴亭という酒場で宿を取り、休息と今後の方針を話し合います。
わたくしとシオリさんはマーシウとディロンさん男性陣の部屋に集まっています。アンさんとファナさんは情報収集とギルドマスターへの状況報告の手紙を伝書精霊ギルドへ依頼に行っています。
「とりあえず辺境からここまでの道中から、合間を見て地下迷宮で手に入れた秘薬関連らしき書物を読んでいますが……専門用語が多過ぎてなかなか読み進めません」
わたくしは読んでいた大きな書物を広げながら皆さんとお話しています。
「そうねえ、今は私みたいな治癒魔術師が怪我も病気もある程度治療できるから、ポーションや薬草は補助的なものとして専門的に研究してる人も少ないわね……」
シオリさんは以前書物大祭で購入した古い薬草学の本を出して何かのヒントが無いか調べてくれています。
「うむ、治癒魔術師の身近に居ない小さな町や村では、行商人や大きな街で入手したポーションの買い置きや、一部の魔術師などに生活魔法の手当てを唱えて貰うか、独学で薬草知識のある者が個人的に対応しているのが現状だ」
ディロンさんは自分の使っているベッドの上で胡坐をかいて座っています。
「まあ、治癒魔術師に世話になってる俺達からすれば、怪我だろうが毒だろうが病気だろうが、大体は治癒魔法で事足りるからな」
そういうマーシウさんは剣の手入れをしながら聞いていました。マーシウさんの持っている剣は地下迷宮で見つけたものです。ここまでの道中で鑑定したところ魔剣の一種で"灼熱の直剣"だとわたくしは鑑定しました。普段はミリス銀製の"軽くてよく斬れる両刃片手剣"ですが刀身に刻まれた術式と刀身の鍔元にある魔術結晶に精神を集中させると――
「熱っ!」
マーシウさんは刀身の平たい部分に指で触れると驚いて剣を床に落としました。落ちた剣の下の床から焦げ臭い煙が薄っすらと上がってきます。
「マーシウさん早く剣を鞘に!」
マーシウさんは慌てて剣を拾い上げて鞘に納めます。再びそっと抜いて刀身に恐る恐る指で触れると「おお、やっぱ冷たいな」と不思議そうに笑っていました。
「その灼熱の直剣は古代魔法帝国関連の遺跡から時折発見されるそうです。使用者が念じると刀身が灼熱化して炎を発するという魔剣で、わたくしも実物を見るのはこれが初めてです。ちなみに鞘に納めるとそのように元の剣に戻ります」
「もう、マーシウ床が焦げてるじゃない……絶対あとで弁償させられるわよこれ?」
シオリさんに叱られてマーシウさんは「すまんすまん、つい」と苦笑いしていました。
(わたくしが鑑定して皆さんとの話し合いで、この剣はマーシウさんが使うと決めてから暇を見つけては灼熱の直剣を弄っていますね……ひょっとして嬉しいのでしょうか?)
「マーシウさん、その剣の灼熱の力を使うには精神力や集中力をとても消耗しますので普段は普通の剣として使って、ここぞという時に力を使うのが良いと思います」
「ああ、やっぱりそうか……こいつの力を使うとなんだかやたら疲れるなって思ってたんだよ」
マーシウさんはしげしげと灼熱の直剣を見つめていました。するとディロンさんが手を挙げます。
「話を戻そうか。とりあえずはその書物を読み解かないといかんという事かな、レティ嬢?」
「あ、はい。そうですね……でも、わたくしポーションや薬草に関しては本当に専門外ですので――」
その時ドアがノックされたと同時に開き、ファナさんが戻ってきました。
「ただいま! ドヴァン爺ちゃんに手紙出してきたよ~」
ファナさんは笑顔で部屋に入ってきます。そして「レティはい」と封書をわたくしに差し出しました。
「えっと、これは?」
「うん、ファナがアン姐と伝書精霊出しに行ったら、ギルドからの手紙が預けられてたから貰って来た、レティ宛だよ」
「わたくし宛……ですか?」
ファナさんから封書を受け取り確認すると、差出人名義はおさんぽ日和です。わたくしは封を切って中から手紙を取り出して読んでみるとそれはガヒネアさんからでした。
『レティに届き易い様にギルド名義を使わせてもらったよ、個人同士よりギルド名を出した方が届き易いらしいからね。さて、今レティがどういう状況かは分からないけど、アタシなりにツテを頼ってみた。古代の秘薬を探してるなら、薬師の知り合いがいるから紹介しておくよ。まだ生きてたみたいだからこちらからも手紙を出しておいた。だがアタシ以上に偏屈な奴だから上手いこと話をしないと門前払い食らうからね。場所は――』
わたくしは他の仲間にも情報を共有するために手紙に目を通してから再度音読しました。
「ガヒネアさん、本当にレティの良い師匠よね」
シオリさんは微笑みます。皆さんも「うんうん」と頷いいています。
「初めて会ったとき俺達は門前払いされそうになったのにな、あの婆さん以上に偏屈ってどんなだよ……」
マーシウさんは溜め息をつきながら肩を竦めます。わたくしはそれを見て苦笑いしました。
「ファナはガヒネア婆ちゃん好きだよ?」
(確かに、ファナさんは用もないのに薔薇の垣根に度々来ていましたね。ガヒネアさんは「用が無いなら帰りな」と言ってましたが、何処か嬉しそうでしたし)
「手紙に書かれているブロッヘという場所って分かりますか? わたくし帝国の大きな街は分かりますけれど、細かい地名は余り得意では無いので……」
仲間達は「何処だったか?」「ええっと」等思い出そうとしてくれています。
(という事は僻地なのでしょうか?)
「ブロッへか、確か帝国と辺境を隔てる北嶺山脈の麓にある小さな町だ。このファッゾ=ファグからだと西だな、左程遠く無いだろう」
ディロンさんは手紙を確認しながら答えてくれました。
「そういえば帝国の西部ってあまり行かないわよね?」
シオリさんが独り言の様に言いました。
「まあ、俺たちおさんぽ日和の拠点が帝国の南東の端、イェンキャストだからな。この辺境に来るだけでも結構大変だったろう?」
辺境との唯一の出入り口であるこのファッゾ=ファグは帝国領のほぼ真北に位置しています。つまりここから西側が帝国領西部となります。西部といっても正確には帝都より北西に辺り、わたくし達が活動する東部よりも気温が低いらしいです。
「西部か、そうなると何処かで防寒着を手に入れないとな……よし、次はブロッへを目指すって事だな?」
マーシウさんはわたくしに確認するように視線を向けました。
「はい、宜しくお願いします」
わたくしは仲間達の顔を見てから返事をしました。皆さん快く返事をくれます。
「えっと……ところでファナさん、アンさんは?」
「え、あれ? 一緒に帰ってきたのに……ああっ! もしかしてもう一人でご飯食べてる?!」
ファナさんはプリプリと怒りながら下の酒場へ降りて行きました。
「俺たちも飯にしようか、食べながら明日からの事を打ち合わせをしよう」
マーシウさんの提案で皆さんと共に下階へと向かいます。




