第八一話「地下迷宮からの脱出」
――魔獣たちが転送されてくる装置を止める為にどうやらこの地下迷宮全体の働きも止めてしまったらしく、昇降装置も成聖石も機能を停止していました。徒歩で階段を上り脱出も出来ますが、およそ一〇階層ほどありますし、まだ魔獣以外にも大ヤモリのような怪物も居るでしょう。
休息を取ったとはいえ、時折確認していた陽位水晶で換算すると地下迷宮に入ってから三日が経過しています。もし地下迷宮からすぐに出られたとしても近くの集落まで最短で二日です。一緒に休息していた時に聞いた話では、ルーテシアさん達でも最下層まではルートを探しながら小休止程度を挟んで丸一日かかったと言ってましたから、わたくし達だと休息を入れたら二日以上かかりそうです。
「食料も余分を見積もっていたが、それでもギリギリだな……外にさえ出られれば獣肉などを調達できるんだが」
皆さんは機能していない昇降装置の中で休息がてら保存食のチェックや今後の方針を立てています。わたくしは何かまだ仕掛けが無いかアンさんと共に周囲を探索していました。
「レティ、そっちは何かありそう?」
「そうですねえ……」
わたくしは照明石のランタンを片手に昇降装置外の通路の壁を調べています。アンさんは床や壁を観察しているようです。
「レティ、ちょっといい?」
地面に四つん這いになっているアンさんがわたくしを呼びました。
「なんかね、気になるんだけど――この床の傷さあ、この辺りだけ複雑なんだよね方向が」
「と、言いますと?」
わたくしもしゃがんで床を照明石のランタンで照らします。
「この通路一本道じゃん? だったら足跡とか人が通ったあとの床の痛みって基本的に方向が真っすぐになるんだよね」
「確かに、一本道の通路ですからそうですよね」
「で、昇降装置前の床には人が出入りしたような感じで他の箇所よりも複雑な方向の傷がついてる……」
アンさんに言われて昇降装置前の床を見てみましたら確かに昇降装置周囲の床は色んな方向に傷が見られます。
「てことは、ここにも何かあるんじゃないかって……」
アンさんは四つん這いで調べていた床近くの壁を触ったりナイフの柄で軽く叩いたりしています。
「これさ、なんか継ぎ目じゃない?」
アンさんが触っている壁には確かにわずかな筋が入っていました。その筋を目で追うと高さ三メートル、幅二メートル程の長方形の継ぎ目が二つ並んでいました――まるで両開きの扉の様に。
「ひょっとして隠し扉とか?」
――アンさんは手で押したり足で蹴ったりしますがビクともしません。そうしていると皆さんも集まってきましたので状況を説明します。
「またどこかに仕掛けがあるんじゃない?」
そのシオリさんの言葉を受けて、ファナさんもアンさんも周囲を調べています。わたくしも壁の継ぎ目の近くを調べていますと、壁に不自然な五〇センチ四方の板の様な出っ張りを見つけました。何やら蓋の様に見えますのでわたくしは首領の剣の切先でこじ開けられないか試しますが、わたくしの力では動きません。
その様子に気付いたアンさんが「代わるよ」といって自分のナイフを出して蓋の様な出っ張りの根本に当てて腰の手斧の柄で釘打ちの様にナイフの柄を叩きます。するとナイフの切先が根元に食い込みました。「こりゃいけそうだ」とアンさんは呟いて唇をペロリと舐めると「フン!」と力を入れて食い込ませたナイフを前後に揺すります。すると「バキバキ」という音と「キィン」という金属音と共に蓋の様なものが外れて床に落ちました。
「ああっ折れた!?」
どうやら食い込ませていたナイフがポッキリと折れてしまったようです。「まあいいけど……」と大きなため息をついて折れたナイフをへの字口で見つめるアンさんを横目に、わたくしは開かれた部分を観察しました。
(古代文字と……これは?)
何か拳大のものをはめ込む窪みが三つあります。古代文字を読むと"開、閉、装置"と"結晶、使う"と書かれています。
「恐らくここに魔術結晶を嵌めればここの壁が開くのだと思いま……す」
わたくしがその仕掛けを見ながら独り言の様に喋っているといつの間にか皆さんが興味津々にわたくしの真後ろに集まっていました。
「み、皆さん?」
「やっぱり隠し扉か?」「うそ、なになに?」「でも罠とかないかしら?」
などと、皆さんわたくしの周りに集まって仕掛けを指さしながら口々に話し合っています。
「あの……魔術結晶まで使用しますから、罠という事はないとは思います。わたくしの推測ですが、恐らく地下迷宮――この建物の機能が止まった状態でも、魔術結晶の力を使って動かす仕掛けじゃないかと……」
――そして話し合いの結果、ルーテシアさんに報酬として頂いた魔術結晶を使ってみようということになりました。頂いた五つの魔術結晶のうち三つを窪みにはめ込みました。その瞬間窪みの部分がくるりと回転して裏返って魔術結晶は壁の中へ消えました。すると「ゴゴゴゴ」と振動が起きて天井から細かな石や埃が落ちてきます。わたくし達はそれを避ける為に後ろへ下がりました。
「ぶへぇ?! なんだなんだ?」「うええ!? 口に埃が入ったぁ……」などと皆さん咳き込んだりしていました。埃で周りの視界が塞がり、振動が治まるまで床に伏せていました。やがて「ガコン」という音で振動は治まりました。舞っていた埃は吹きこんできた風で散って行きました。
(って――風?!)
地下迷宮内でこんなに風が吹くなんて……わたくしが顔を上げると皆さんも同じ事を感じたようで、顔を上げたり立ち上がったりしていました。わたくし達が目にしたのは先ほど壁だった所が外開きの扉の様に開いていました。その先には両脇から岩や土が崩れていますが、よく見ると人工物で意匠を施された大きな石柱か並んだ通路の様でした。その先は岩が積み重なった崖のみたいで、上から日光が差し込んでいました。
「あれって、外ってこと?」
シオリさんが日光に照らされた崖を指さして呟きます。アンさんを先頭に皆でそちらに向かって行きます。
「おーい!」
先行していたアンさんは上を指さします。岩が階段状に崩れた崖で上にはぽっかりと青空が見えました。
「外だ……本当に出られたのか!?」
マーシウさんは空を見ながら驚いていました。
――アンさんの先導で崖を一〇メートルほど登っていくと辺境の荒野に出ました。振り返ると下には朽ちかけてはいますが立派な遺跡があります。それがわたくし達の出てきた場所でした。その遺跡は切り立った大きな岩山の中にあり、所々が崩れて遺跡の部分が露出していました。
「あれってさっきまで潜ってた地下迷宮? でもファナたち地下に潜ったんじゃなかったっけ?」
ファナさんが怪訝そうな表情で指さします。
「あれ、あの遠くの道ってあたしらが来るときに通った道だよ。んで山道を登って入り口まで行ったから……」
アンさんは遠くに見える細い道を指でなぞりながら言いました。確かにわたくし達が来た道です。
「あ……ひょっとして、あの地下迷宮は元々塔か何かだったのでは? 長い年月をかけて埋まってしまったとか――」
皆さんわたくしを見つめています。何か見当違いの事を言ってしまったでしょうか?
「吾輩たちが出てきたあの隠し扉、案外あれが元々の出入り口だったのかもしれん――」
ディロンさんはこめかみに人差し指を当てて考えながら呟きました。
「げー! だったらわざわざ上から遠回りしてたの!?」
ファナさんは顔をしかめて嘆きます。
「でも、この周囲の住人もあの地下迷宮の入り口は山の上だって言ったからな、この出入口は誰も知らなかったってことじゃないか?」
マーシウさんは苦笑いしながらファナさんを諭します。
「誰も今まであの仕掛けを見つけられなかった――そういうことだと思います。それに上から見ると最下層ですから、上から内部を通ってあそこに辿り着く人も少なかったでしょうし」
わたくしなりの結論を皆さんに述べます。
「またレティの知識で助けられたわけだな、助かったよ」
マーシウさんは親指を立ててニコリと笑いました。
「いえ、あそこに何かあるって気付いたのはアンさんですから――」
「たまには遊撃兵らしい活躍しないとね~」
アンさんは腕組みして頷いていました。
「ああ?! あの扉開けるのにつかった魔術結晶!」
ファナさんが突然思い出したように叫びました。
「あー……取りに行く?」
アンさんが苦笑いしています。
「取り外すと扉閉まるかもしれませんけど……」
わたくしは苦笑いします。
「止めておこう、他にも手に入ったものがあるからな。欲をかいて死んだら元も子もない」
マーシウさんはファナさんの頭にぽんぽんと軽く触れてなだめました。
(皆さん無事で脱出できました……それに秘薬の大きな手掛かりも得ましたし、大成功ですよね?)
――こうしてわたくし達は近隣の集落を目指して帰路につきました。




