第八〇話「戦い終えて」
――わたくしとルーテシアさんは梯子を上がり転送装置の部屋に戻ってきました。やはり地下迷宮の照明の仕掛けは下と同じように暗く黄色いものに変わっていました。
転送装置の床の魔法陣も消え、台座の金属板にも何も表示されていません。どうやら止まった様ですけれど……。
「レティ大丈夫か?」
マーシウさんがわたくしに声をかけて来たので特に怪我等ないわたくしは無事を伝えます。その横でディロンさんとヤイ・ヲチャさんが鬼火を召喚して辺りを照らしてくれました。
ルーテシアさんはゲイルさん、ヤイ・ヲチャさんと状況を報告しあっています。わたくしもその様子を見て仲間たちに報告しなければと思いました。
「あの……」「レティ」
マーシウさんも同じ考えだったようで、同じタイミングで喋ってしまいました。
「すみません……」
「いや、レティが先に」
マーシウさんは苦笑いしながら言ったのでわたくしは先に下で制御装置らしきものを止めた事、その結果灯りが消えた事を報告しました。わたくしもマーシウさんからインプやキマイラを倒した事とファナさんが魔力の消耗で眠っている事をお聞きしました。
マーシウさんの報告を聞きながら、その身体が傷だらけなのが気になりました。
「ん、レティどうした?」
「あの……大丈夫ですか?」
マーシウさんはピンとこない様で怪訝そうな表情をします。
「あの、血が……」
「あ? ああ。インプ結構多かったからな。多少のかすり傷は……痛っ?! なんだこりゃ!」
マーシウさんは腰の辺りに触れるとのけ反って苦悶の表情を浮かべます。そして掌を確認すると血がベッタリと付いていました。
「気付いてしまったら急に全身痛くなってきた……結構集られたからな」
マーシウさんは座り込んで手甲や足甲を外して傷を確かめていました。
「シオリ、癒しをたの……」
シオリさんはアンさんの治療中でした。アンさんもかなり傷だらけで色々な所に切り傷があるようです。
「あの、手当てで傷口だけでも塞ぎましょうか?」
「……頼むよ」
マーシウさんは「痛てて」といいながら袖を捲るなどしました。
――わたくしは手当ての魔法でとりあえず応急処置としてマーシウさんの傷口を塞いでいると、ルーテシアさんがマーシウさんに話しかけてきました。
「君らがいてくれて助かった。これはこの地下迷宮で拾ったものだ、換金すればそれなりの額にはなると思う。これを先に言った報酬として欲しい」
ルーテシアさんはマーシウさんに皮袋を渡します。中には子供の拳位の大きさの綺麗な結晶が五つ入っていました。わたくしはマーシウさんから皮袋を受け取り中身を検めます。
「魔術結晶ですね……これはゴーレムのものですか?」
「ほう、よく分かるな。この地下迷宮内で何体か処理してな。そのうち破損しなかったものは回収した」
わたくしはふわふわ飛んでいる鬼火の光に魔術結晶を透かして鑑定します。術式刻印が入っている赤い結晶です。初めてこの地下迷宮に飛ばされた時仲間達が倒した自律甲冑のものと同系統のものでした。
「無傷ですね、こんな価値のありそうなもの……いいのですか?」
「君ら……特にレティ・ロズヘッジ。君と出会わなければもっと厄介な事になっていただろうからな、せめてもの礼だ。それに我らはこの件の報酬があるからそれで満足している」
マーシウさんは「わかった、では頂こう」と言い、受け取ることにしました。
――交代で治療や休憩をしていると、ルーテシアさん達は先に出立すると言いました。
「我らはもう迷宮から出てこの依頼の終了報告に戻る。我らの目的はこの転送装置の停止だったので他は何も探索していないから手付かずのはずだ。君らの目的の物が見つかるといいな」
「気ぃ付けろよ? こいつが動いてる時に転送されたやつがまだ居るかもしれねぇしな」
ゲイルさんはいつの間にか黒焦げの服を着替えていました。
「縁が有ればまた会うこともあるかもしれん、達者でな。そちらの眠っている偉大な魔術師に宜しく伝えてくれ」
ヤイ・ヲチャさんは優しげな笑みを眠っているファナさんに向けました。
――そして、ルーテシアさん達が去った後しばらくしてからファナさんが目覚めました。わたくし達も治療や休息を終えて出発します。薄暗くなった地下迷宮でインプの生き残り等に奇襲されないようにディロンさんの鬼火にわたくしとシオリさんは灯かりの魔法で周囲を照らしながら迷宮内を探索します。
驚いた事に、来るときは通路の壁だった場所が扉の様に開いている箇所が幾つかありました。これはわたくしがあの装置を止めた事で地下迷宮自体の働きを止めたからという事なのでしょうか?
わたくし達は片っ端から探索して行きました。隠し扉の様なものの中は武器や防具などの保管庫らしきものでした。とりあえず鑑定はさて置いて持ち帰ることにします。それら保管庫の中に薬品のような物の保管庫がありました。液体が入った瓶やそれらの製法と思われる書物などが雑然と置かれていました。
「これは……ポーションでしょうか?」
わたくしは瓶の蓋を開けてみました。すると何とも形容しがたい匂いが漂ってきたので慌てて蓋を閉めました。
「うぇ……ヤバいねこれ」
一緒に興味深そうに見ていたファナさんもその匂いに顔をしかめています。
「とても飲めるような感じはしないわね……」
シオリさんも鼻をつまんで眉間に皺を寄せています。
「しかし、これは目的の秘薬かもしれません。古くて飲めなくても調べれば成分が分かるかもしれませんから持ち帰りましょう」
とりあえず目的と思われるものは入手できましたのでわたくし達は元来た道を戻り、なんとか昇降装置まで辿り着きました。しかし、昇降装置も成聖石も機能していませんでした。
「すみません、わたくしが止めてしまったので……」
「仕方ないさ、そうしなければあの装置で延々とキマイラやインプと戦い続けないといけなかったしな」
マーシウさんは苦笑いしながら肩をすくめました。アンさんも「気にしない」と言って掌をひらひらと振って笑っています。
(ということは、途中にあった階段を登って上を目指さないといけないということですね……いえ、もう少し何か仕掛けが無いか探してみましょう)
「わたくしもう少し周囲を調べてみます」




