第七八話「人の造りし物ならば」
――転送装置を制御している台座を調べていると、どうやらその下に動かす源があると判明しました。わたくしは台座をスライドさせる仕掛けを作動させて下に降りる梯子を発見し、ルーテシアさんと共に降りました。そこに待ち受けていたのは、侵入者を撃退する見えない魔法陣の罠でした。しかしルーテシアさんは臆することなく通路を歩き始めます。
ルーテシアさんが二メートルほど進むと、その近くに光る魔法陣が浮かび上がり、光の鎖が伸びて手脚に巻き付きルーテシアさんを捕縛しました。
「あれは拘束の魔法?!」
その直後に数メートル先の天井で魔法陣が幾つか光り、光球が浮かび上がります。
「光の矢?!」
わたくしは思わず叫びます。しかしルーテシアさんは慌てる様子も無く、深く息を吸い込み「はっ」という掛け声と共に身体を捻りました。すると「バシッ」という砕ける音と共にルーテシアさんを捕縛していた光の鎖は粒子になって霧散しました。
(ええ?! 拘束を自力で解除するとはどういう事でしょう――そういう魔法なのでしょうか?)
幾つもの光球が光の矢となり、ルーテシアさんに向かってきます。今にも命中しそうな光の矢に向かって両掌を手刀の様にして構え、目前の光の矢を掌で払う様な仕草をしました。
すると光の矢はルーテシアさんから反れて横の壁に当たって破裂し、消えました。次々と飛来する光の矢を掌で払い、それらは壁、床、天井に当たって破裂し砕け散ります。
(な、一体何が……わたくし魔法は専門外ですが、光の矢を手で払うなど聞いたことがありません!)
ルーテシアさんは腰のベルトに挿していた三〇センチくらいの長さで片手で握れる程度の太さの筒を手に取ります。それを目前に突き出すと、筒の両側が伸びて長杖に変化しました。
(あの長杖は上での戦いで武器として使っていたものですね? 持っておられなかったので何処かに置いて来たのかと思っていましたが、魔道具だったのですね。伸縮自在の杖――如意杖の一種でしょうか?)
わたくしの悪い癖でルーテシアさんの杖についてあれこれ思索していると、その如意杖で床の魔法陣を衝きました。すると魔法陣は「パリン」という破壊音と共に光の粒子となって霧散しました。
(魔法陣を破壊……あの杖は魔法を帯びた魔道具みたいですから、魔法陣を破壊出来るということですね?)
わたくしは魔剣・四〇人の盗賊の短剣を複数呼び出して光の矢を放つ魔法陣を攻撃しました。短剣が魔法陣に当たると「パリン」という音と共に光の粒子になり砕け散ります。
「それは宙を舞う剣か、珍しい魔道具だな。鑑定士と言ったが、差し詰め魔道具鑑定士ということか」
「あの、わたくしよりも……ルーテシアさんが先ほどから使っている術は一体? わたくしの知っている魔法とは根本的に違う気がするのですけれど……」
(魔法とは違うけれど、魔法に対抗するための術に見えますが……)
「私は"破術師"だ、あまり一般的ではない存在なので知らないだろうがな。まあ簡単に言うと、魔術に対抗する為に特化した術の使い手……それを伝承する一族の人間だ。我が一族は、古代魔法帝国の時代から魔術師を倒す為の特殊な技を研鑽してきた一族の末裔だ」
「"破術師"ですか……存じませんでした」
(世にはまだまだ知らない事が沢山ありますね……)
「先に言ったように、そういう一族なのでこのような古代魔法帝国の負の遺産を始末して回っているのだ。まあ、今はそういった話をしている時間は無いな」
「は、はい……すみません」
――そしてわたくしは、魔法探知で罠が無いのを確認して通路の行き止まりまで進むと、壁には小さな金属板と古代数字の描かれた文字盤が合わさった操作盤のようなものを見つけました。文字盤に触れると「ぽぅん」と音が鳴り、金属板に「数字入れる」という光る文字が点滅しています。
「これは……まさか決められた数字を入れる必要が?」
文字盤は〇から九の数字が並んでいました。そして金属板には四つの空欄があります。
「四ケタということは……えーっと、一万通りの組み合わせですか? 一体どうやって――」
ルーテシアさんは「ふむ」と言って腕組みして操作盤を見つめます。
「まあ、ものは試しだ。一二三四と入れてみようか」
「え、そんな単純な……」
わたくしはルーテシアさんの発言に呆気にとられました。
「まあ駄目で元々だ」
(確かに、考えていても始まりませんね……)
わたくしは文字盤の数字の一、二、三、四に触れました。金属板にも古代文字で「一、二、三、四」と表示されました。しかし、金属板には古代語で「誤り」と表示されます。
「まあ、当然ですよね。そんな単純に――」
「次は六七八九と入れてみろ」
ルーテシアさんは表情ひとつ変えずサラッと言います。
「ですから、そんな簡単には……」
「君に代案があるならその数字を入れたらいい」
(……ぐ、有無を言わせぬ物言いですね)
わたくしは文字盤の六、七、八、九に触れます。すると金属板には「開く」という文字が光り、壁の中央が扉の様に開きました。
「え……ええ?!」
わたくしは驚いて思わず声を上げてしまいました。
「ほう、本当に開いたか。やってみるものだな」
「え――」
ルーテシアさんも少し驚いた表情をしていました。
「まさか、あてずっぽうだったのですか?」
「――まあそうだな。しかし、古代魔法帝国の仕掛けと言っても所詮は人が扱うものだ。意外と単純なのではないか、そう思ってな」
ルーテシアさんは部屋の中を確認しながらそう言いました。
(確かにそうかもしれません。高度に発達した技術を扱うの人間も高度に発達しているとは限らない、だから滅びた――そうでしたよねガヒネアさん)
そんなことを考えながら、わたくしも部屋の中に入りました――中は三メートル四方程度の部屋で奥の壁には様々な太さの丸い石柱が床から天井へと伸びていました。そして中央には金属板のついた台座に文字盤があります。金属板の後ろの石柱には五〇センチ以上ある楕円形の青い魔術結晶らしきものがはめ込まれていました。
「これは……恐らくこれを操作すれば転送装置を停止することが出来ると思います」
「やれるか?」
ルーテシアさんにそう問われ、わたくしは「やります」と応えました。
(やるしかないでしょう……)
今までの古代遺跡の装置や上の部屋の転送装置の操作をして、少しは仕組みが理解出来ている自分に気付きます。幾つか操作していると、動力を止めるかどうかという項目まで辿り着きました。
「全ての動力を止めるか聞いていますが、どうしますか?」
「部分的に止める術は?」
「それを調べるには時間が……上の皆さんが戦っているので……」
(これ以上魔獣が転送されてきたら流石にマズいと思いますし……)
「よし、止めてくれ。ただし、何が起こるか分からんからそのつもりで」
わたくしは動力を止める指示を文字盤で入力しました。すると「ごうぅぅん」という音が鳴り響き、周囲が暗くなりました。迷宮の照明の仕掛けは消え、代わりに今までよりも弱い灯かりの黄色い照明に変わりました。
「え……っと、全部の灯かりが消えてしまったのでしょうか?」
「上に戻るぞ」
ルーテシアさんに付いてわたくしも元来た通路を戻りました――
 




