第七七話「転送装置の謎」
――ルーテシアさん達がキマイラの山羊頭を集中攻撃して魔法の盾が唱えられない状態にしてくれました。
その好機にファナさんが攻撃魔法を唱えようとした時、攻撃で藻掻き苦しんでいたキマイラの竜の首が起き上がり炎の息吹を吐き出しました。
「みんな伏せて!」
シオリさんはそう叫ぶと、障壁の魔法を唱えようとしますが、その更に前方にヤイ・ヲチャさんが躍り出ました。ヤイ・ヲチャさんは床に手を付くと精霊魔法を唱えます。
『……石の壁』
すると、床から突然石の壁が生える様に伸びてきました。キマイラの吐いた炎の息吹は石の壁で防がれます。
石の壁は二メートル四方くらいの大きさがありましたが、火炎は防げても熱気の全ては防ぎきれず壁を迂回して伝わってきました。
「炎の息吹は火炎の直撃が防げても熱を防ぐのは防御魔法でも難しい……」
ヤイ・ヲチャさんは後ろをちらりと振り返って言いました。
「ヤイ・ヲチャ!」
ゲイルさんが叫びながら片手半剣を担いでキマイラに向かって走ります。キマイラは竜の首をゲイルさんに向けて口を開きました。
(駄目です間に合いません!)
『……石の壁』
ヤイ・ヲチャさんは再び石の壁を召喚しました。壁はゲイルさんが走り込んでいる目の前に出現します。しかしそれは垂直ではなく斜め前、ゲイルさんに対して登り坂の様に現れました。
キマイラは炎の息吹を吐きますが逆勾配で現れた石の壁に阻まれ、炎が逆流するようにキマイラに吹き返しました。キマイラは自分の炎の息吹を浴びて悲鳴の様な咆哮を上げます。
「オラァ!」
ゲイルさんは石の壁の勾配を駆け上がり、キマイラ目がけて跳躍して竜の口へ片手半剣を突き刺しました。キマイラは怒り狂うような咆哮を上げて獅子の前脚でゲイルさんを叩き落とします。
ゲイルさんは前脚の強力な一撃をまともに受け数メートル飛ばされて床に転がりました。
「攻撃魔法だ!」
ルーテシアさんが叫びました。それに呼応してファナさんは稲妻を、ディロンさんは鬼火をキマイラに向けて放ちました。キマイラは悲鳴のような鳴き声を上げ、力無くヨロヨロと歩き倒れました。
マーシウさんとアンさんはゆっくり近付きます。アンさんは真っ先にキマイラの毒蛇頭の尻尾をカタナで切断しました。マーシウさんはそれを確認してから盾を構えてキマイラに剣を突き入れ生死を確認します。するとキマイラはどす黒い粘液状になって溶けていきました。
「ふぅ、やったみたいだ――」
マーシウさんが言いかけたその時、再び転送装置から「ふぉんふぉんふぉん」という音が鳴り始めました。わたくしが台座の金属板を見ると古代文字が明滅しながら移り変わってゆきます。
「再び……転……送……始……いけません、また何か転送されてきます!」
わたくしは先程のように止める方法を試しますが同じように行きません。部屋の中央の床に描かれた魔法陣が光り、青白い光の渦が起こり始めました。
「こりゃまた何か来るな……」
ゲイルさんはいつの間にか起き上がってわたくし達の元に戻って来ました。
「あんた、怪我は大丈夫なのかい?」
「まあ、人より頑丈なんでな」
アンさんは心配そうに尋ねましたが、ゲイルさんは事も無げに返しました。
(結構激しく打ち付けられていましたが……本当に大丈夫なのでしょうか?)
「来るぞ!」
マーシウさんが叫びました。光の渦の中から小さな影が幾つも現れました。
「インプ?! 多いな……」
アンさんは舌打ちします。インプはどんどん増え、一〇体以上は居ます。そしてインプが途切れたかと思うと、光の渦の中に大きな影が見えました。
「キマイラ?!」
インプの後に、もう一体のキマイラが転送されてきました。わたくしも仲間達も驚愕の表情をしています。ルーテシアさん達も流石に険しい表情でした。
「俺たちでキマイラは何とかする。あんたらはインプを頼むぜ!」
「そっちの魔術師と精霊術師は我らと共にキマイラを狩るぞ」
ゲイルさんとヤイ・ヲチャさんはわたくし達に指示をしてからキマイラの気を引く様に声を上げて接近します。
皆さん顔を見合わせて頷いてからゲイルさんたちの指示に従います。
「君、レティだったか? 君は何としてもこの転送装置を止めて貰いたい」
(ですよね……これを何とかしない事には、これ以上キマイラに出て来られては……ミノタウロスもこれが転送している可能性が高いですから、危険極まりないですよね)
「……何とかやってみます」
わたくしは台座の金属板に表示されている古代文字を隅から隅まで読んで行きます。その中で地図らしき項目を見つけたので触れると図面の様なものが表示されました。
「これは……ひょっとしてこの部屋でしょうか?」
半球形の中央に円柱が円形に並んでいます。これは恐らくこの部屋の略図でしょう。
「円柱の並びに一つだけ四角柱がありますからこれのことですね」
わたくしは台座に目をやります。
「なるほど、言われるとそう見えるな。ではこの図だと、台座の下が扉になっているということだな」
ルーテシアさんはしゃがんで床を見つめています。わたくしも床を見ますと、台座のすぐ足元の床に浮き彫りがありました。それは扉の開閉と同じ印です。
わたくしは「開く」の浮き彫りに触れました。すると台座が前に滑り、一メートル四方程度の四角い穴が現れました。その穴は梯子が下に伸びています。二メートル程下に床と通路のようなものが見えます。
「この下に転送装置を動かしている源があるようです」
ルーテシアさんも穴を覗きます。
「下に何があるか分からんが、君と私の二人で突入するぞ、いいな?」
わたくしは近くに居たシオリさんにその事を告げてルーテシアさんと共に梯子を降りて行きました。下まで降りると、高さと幅が二メートル四方くらいの通路が真っすぐに伸びていて、一〇メートルほど先には壁があり、古代文字が浮き彫りされています。
わたくしが先に進もうとした時、ルーテシアさんは腕を横に伸ばしてわたくしを制止しました。
「君は大胆なのか迂闊なのか――魔法探知で見てみなさい」
わたくしはハッとして立ち止まり、魔法探知で通路を調べてみました。すると通路の天井、壁、床に複数の魔力を見つけました。それは肉眼で見るとただの床や壁にしか見えません。
(本当にわたくしの悪い癖です……気になることがあるとそちらにばかり注意が向いてしまいます)
「見えたかい? 恐らくは不可視化魔法陣――接近すると攻撃魔法等を発動するやつだな」
確かに、魔法探知でよく観察すると通路の所々に小さな魔法陣が描かれています。
「これは……この施設を護るための罠でしょうか? 一体どうやって通り抜ければ――」
ルーテシアさんは「伏せていろ」と言っておもむろに歩き始めました。




